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【日本酒学】#79 活性炭処理の科学

日本酒造りにおいて,醪を搾る「上槽」は非常に大きな節目です.
米,麹,水,酵母によって造られた醪は,上槽によって清酒と酒粕に分けられ,ここではじめて一般に「日本酒」として認識される液体が得られます.

酒税法においても,清酒は「米,米こうじ及び水を原料として発酵させて,こしたもの」と定義されており,この「こす」という操作は醪を液体と固体に分ける上槽に対応するものと理解できます.
つまり,上槽は単なる工程の一つではなく,法的に清酒を成立させる重要な操作となっています.

ただし,実際には上槽した直後の清酒がそのまま完成品になるわけではなく,滓引き,濾過(活性炭処理),火入れ,貯蔵,割水,瓶詰といった後処理工程を経て商品化されます.
今回はその中でも特に「活性炭処理」に焦点を当ててみたいと思います.

重要なのは,「活性炭処理」と呼ばれる操作の本質は,厳密には濾過ではなく吸着であるという点です.
そこでまず上槽後の後処理工程の位置づけを整理した上で,活性炭処理では何が起きているのか,化学工学的な視点から考えてみたいと思います.



1. 日本酒造りの後処理

(1) 後処理工程の全体像

発酵させた醪はいくつかの後処理工程を経て清酒として商品になります.
まず初めに,各工程の役割を整理しておきます.

図79-1:上槽(搾り)後の後処理工程の全体像

後工程の入口となるのが搾り・上槽であり,これによって醪を清酒と酒粕に分け,滓引きによって上槽後に沈降した滓を取り除きます.
必要に応じて濾過を行い,微細な懸濁物や酵母などを除去した後,火入れによって微生物を殺菌し,酵素を失活させます.
近年は目の細かいフィルターによって酵素を除去することも可能であり,火入れを行わずに品質安定性を確保する方法が採られることもありますが,一般的な清酒の後処理では,酵素制御は火入れによって行われると考える方が自然です.

このように見ると,清酒造りの後処理工程は上槽を入口とする様々な操作によって,清酒の安定性や香味の輪郭が整えられていく過程だということが分かります.

(2) 上槽

上槽とは発酵した醪を清酒と酒粕に分ける工程であり,前述の通り,清酒を法的に成立させる重要な操作です.
醪には液相の清酒成分に加えて,米粒や麹,酵母,未溶解の固形分などが混在しているため,これらを圧搾や自然流下によって分離して液体部分を取り出します.
ただし,ここで分離されるのは主に酒粕として残る比較的大きな固形分であり,上槽後の清酒中には微細な懸濁物が残っています.
これらは酵母や米,麹由来の細かい粒子であり,「滓」とも呼ばれます.

上槽直後の清酒をしばらく静置すると滓は徐々に沈降します.
この沈降した滓を取り除く工程が「滓引き」であり,最初の滓引きは一般的に上槽から5 ~ 10日で行われることが多いです.

滓の中には酵母が残っているため,温度条件によっては再発酵を始める可能性があります.
また,酵母が自己消化(自ら産生した酵素で酵母の細胞自体を分解・液化)したり,麹や酵母由来の酵素が働き続けたりすることで,清酒中のアミノ酸や糖分などが増加し,酒質変化や品質劣化の原因となる場合もあります.

(3) 濾過と活性炭処理

清酒造りの後工程では「濾過」という言葉が広く使われますが,実際にはいくつかの異なる単位操作が含まれています.
一般的に「濾過」と言われる操作の中には活性炭を添加する処理が含まれますが,活性炭処理の本質は懸濁物を篩い分けることではなく,清酒と活性炭を接触させ,色・味・臭いの成分を吸着させることで香味や色調を調整することにあります.
英語では "Charcoal fining" と表現されることからも,「濾過」と呼ばれつつもその本質が「吸着」にあることがわかります.

単位操作としての濾過は,液体中に分散した粒子を濾材によって捕捉し,液体と固体を分離する固液分離操作です.
除去対象は滓,酵母,微細な米や麹由来の粒子などであり,粒子の大きさや濾材の目の細かさ,濾過助剤の使用有無,圧力差などによって分離性能が決まります.

一方,活性炭処理は本質的には吸着操作であり,目に見える粒子ではなく,清酒に溶解している着色成分や香気成分,雑味成分などを分子レベルで活性炭の表面や細孔内部に取り込むことが主な目的です.

つまり,濾過と活性炭処理は次のように区別できます.

図79-2:化学工学的視点から見た濾過と活性炭処理の違い

ただし,実務上は活性炭を添加して吸着させた後に,その活性炭を取り除くための固液分離が必要になります.
そのため「活性炭濾過」もしくは省略して「濾過」と呼ばれますが,活性炭が担っている本質的な役割は「濾す」ことではなく「吸着する」ことです

この区別は非常に重要であり,濾過は主に粒子を取り除く操作であるのに対し,活性炭処理は溶存成分を選択的に減らす操作であるため,見た目の清澄度だけでなく,香りや味わいにも大きく影響することになります.


2. 活性炭の吸着機構

(1) 活性炭とは

活性炭は多孔質の炭素材料であり,ヤシ殻や木材,石炭などの原料を高温で炭化・賦活することによって多数の細孔と高い比表面積を持つ材料です.
その比表面積は一般的に数百 ~ 千数百 m²/gにも達し,非常に多くの分子を吸着することができます.
活性炭への吸着の主な推進力は,炭素表面と吸着質分子との間に働くファンデルワールス力(分子間力)による物理吸着です.
活性炭の表面は基本的に疎水性が高く,同じく疎水性を持つ有機分子を吸着しやすい一方,水や極性の高い分子は相対的に吸着されにくい傾向があります.

活性炭の細孔は,分子の入口であると同時に吸着の場でもあります.
ミクロ孔と呼ばれる非常に小さな細孔は小さな分子の吸着に寄与し,メソ孔やマクロ孔は分子が材料内部へ移動する通路としても機能します.

化学工学的に見ると,活性炭処理は以下のような過程で進みます.
 ①清酒中の成分が液相中を拡散する
 ②吸着物質が活性炭表面へ移動する
 ③吸着物質が細孔内部へ拡散する
 ④吸着物質が細孔内壁の表面に吸着する
 ⑤吸着平衡に近づく

図79-3:活性炭への物質吸着における移動現象

分子と活性炭表面との親和性や,分子サイズと細孔径の関係によっても吸着されやすさは変化します.
そのため,活性炭であれば何でも同じように働くわけではなく,活性炭の種類によって脱色に強いもの,脱臭に強いもの,作業性に優れるものなど,特性が異なります
したがって,目的とする酒質を考えた上で適切な活性炭を選定することが重要です.

(2) 活性炭処理の目的と効果

清酒造りにおいて活性炭処理を行う主な目的は,色調と香味の調整です.

清酒は搾りたての段階でも麹由来のデフェリフェリクリシンが鉄イオンと結合して生成するフェリクリシン,貯蔵中に生成するメラノイジン,光による着色成分など複数の要因によってうっすらと黄色がかった色を呈することがあります.

活性炭はこれらの着色に関わる成分の一部を吸着し,清酒を無色透明に近づける効果があります.
また,香味面でも,老香ひねかや雑味に関わる成分や硫黄系化合物などを低減できる場合があります.

このように,活性炭処理では着色成分や雑味成分,劣化臭成分とその前駆体を取り除き,熱や光の影響による着色や品質劣化リスクを低減させることができます.
しかし,全ての原因物質が活性炭で簡単に除去できるわけではなく,さらに注意すべきこととして,活性炭は悪い成分だけを都合よく選んで取り除くわけではありません

香味を損なう成分を吸着する一方で,清酒にとって望ましい香りや味わいの成分も吸着する可能性があります.
つまり,活性炭処理は清酒を整える技術であると同時に,清酒の個性を削る技術でもあります.
色を取る,臭いを取る,雑味を取るという効果がある一方で,過剰に行えば香味が平坦になったり,味が痩せたりする可能性があります.
したがって,活性炭処理で問われるのは「どれだけ綺麗にするか」ではなく,何を除き,何を残すかという設計の判断です.


3. 活性炭処理の実際

(1) 活性炭処理方法

活性炭による処理には,大きく分けてプレコート法とボディーフィード法の2つの方法があります.
プレコート法は,濾材表面に予め活性炭の層を形成しておき,そこへ清酒を通すことで吸着と濾過を連続的に進める方法です.
活性炭の積層量や層の厚み,透過線速によって工程制御しやすく,連続処理に向いていますが,処理の進行とともに活性炭層の吸着能力が変化するため,品質のばらつきに注意が必要です.
ボディーフィード法は,清酒中に活性炭を直接分散させ,十分な接触時間をとって吸着を進めた後,濾過によって活性炭を除去する方法です.
活性炭と清酒を均一に接触させやすく,処理能力が比較的安定する一方,接触時間が長すぎると望ましい成分まで除去されてしまうリスクがあります.

活性炭の処理効果を決める主な因子は,活性炭の種類,添加量,接触時間,温度,撹拌状態,清酒の成分組成などであり,品質を安定化させるには,これらの条件を管理することに加え,処理後に活性炭が清酒中へ漏れないよう,確実に固液分離することが重要です.
そのため,活性炭処理には濾過による固液分離操作が伴いますが,ここでも本質は変わらず,活性炭が行うのは吸着であり,濾過は活性炭や濁質を最終的に取り除くための固液分離操作です.

(2) 活性炭処理の留意点

活性炭処理における最大の留意点は香味損失とのトレードオフです.
活性炭処理では着色成分や劣化臭成分を取り除くことができる一方で,清酒の良い香りや味わいに関わる成分も吸着してしまう可能性があります.
特に吟醸香やフレッシュな香りを重視する清酒では,活性炭処理の条件次第で香りの立ち方が大きく変わる恐れがあります.

また,活性炭処理では酸素接触にも注意が必要です.
活性炭はその大きい表面積から酸化反応触媒として作用する場合があり,活性炭の投入,撹拌,移送,濾過といった一連の操作の中で清酒が酸素に触れる機会が増加すると,酸化劣化のリスクが高まります.
清酒の色や香味を整えるために行った処理が,かえって酸化のきっかけになる可能性もあるため,作業条件の管理は非常に重要です.

さらに,活性炭そのものの品質管理も重要であり,活性炭自体に不純物が含まれていたり保管状態が悪かったりすると,処理後の清酒に異常な香味や色調をもたらす恐れがあります.
特に醸造用活性炭では,活性炭中に含まれる鉄分が清酒に溶出することでフェリクリシンの生成が促され,処理後にかえって着色が進む「色戻り」と呼ばれる現象が問題となることがあり,活性炭の品質管理は非常に重要です.

このように,活性炭処理は便利で有用な技術である一方,扱いを誤ると酒造りの終盤で酒質を損なう可能性もあります.
だからこそ,処理の有無,活性炭の種類と添加量,接触時間,処理温度,濾過条件を含め,目的とする酒質に応じた設計が求められます.


4. 「無濾過」という表現

ここまでの整理を踏まえて「無濾過」という表現について考えてみます.

近年,「無濾過」や「無濾過生原酒」と表示された日本酒を目にする機会が増え,消費者にとっては搾りたてのフレッシュさや手を加えていない生きた酒質を連想させる魅力的な表現になっているように思います.

しかし,「無濾過」とは何を意味するのかには,やや注意が必要です.

前述の通り,清酒は酒税法上「こしたもの」である必要があるため,醪を全く分離していないものはそもそも清酒には該当しません.
この「こす」は,上槽によって醪を清酒と酒粕に分けることを意味しており,「無濾過」といっても上槽をしていないという意味ではありません

「無濾過」と表示されていても,滓引きや粗い濾過,あるいは瓶詰前の最低限の異物除去は行われている場合があり,実際は「活性炭処理をしていない」という意味で「無濾過」と使われる場合が多く,フィルターのみで濾過したものを指すこともあります.
したがって,「無濾過=何も取り除いていない酒」と単純に理解するのは適切ではなく,「無濾過」という言葉は,どの程度の清澄化や香味調整を行わないのかを示す商品設計上の表現に過ぎず,実際の意味は蔵や商品によって異なります.
表示だけを見て単純に判断するのではなく,その酒がどのような後処理を受け,どのような酒質を目指しているのかを考えることが重要だと考えます.


5. おわりに

上槽は醪を清酒と酒粕に分ける重要な工程ですが,それだけで日本酒が完成するわけではありません.
上槽後の清酒には滓や酵母,微細粒子,香味成分,着色成分が残り,それらをどう扱うかによって,最終的な酒質は大きく変わります.

滓引きは沈降した滓を取り除く工程,濾過は微細な懸濁物を取り除く固液分離操作,そして活性炭処理は清酒中に溶けている色や香味の成分を活性炭表面に取り込む吸着操作です.
実務上は「(活性炭)濾過」と呼ばれますが,その本質は濾過ではなく吸着であり,活性炭は着色成分や雑味成分,劣化臭成分を低減できる一方で,望ましい香味成分まで削る可能性があります.
そのため,活性炭処理とは清酒をただ綺麗にする工程ではなく,何を除き,何を残すかを判断する,極めて繊細な酒質設計の工程です.
これらを区別して考えることで「無濾過」という表示が何を意味しているのかも,より正確に理解できるようになります.

後処理工程は清酒の輪郭を整える工程でもあり,次回は特に「濾過」に焦点を当てて固液分離操作としての清酒濾過を化学工学的に整理してみたいと思います.

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