【海に眠る初恋】-⑩大人は判ってくれない

洋子は苛立っていた。
秘密のメモは見せていないが、曾祖父の兄であり海軍将校だった古川秀雄が、戦前戦後に何か重大な国家機密に関わっていないか、と思い図書館で当時の資料を調べたり、学校の社会の先生に訊(たず)ねたが成果は無い。

学校の先生に至っては、進駐軍への報復計画?そんな話は聞いたことが無い。 
洋子は食い下がる。でも罪が無い沢山の民間人が、殺されたのでしょう?
あれは戦争やったからなぁ。日本人はそう言うとことに柔軟な人が多いからねぇ。運命を受け入れるというか…臥薪嘗胆は大陸的な考え方だよ。この日本で転覆計画を考えている組織や人物がいるなど、と相手にされない。
洋子は苛立ち、自分の席を両手で叩いた。
もっと調べなきゃ。調べて木村さんに伝えなきゃ。

変わって五階派の事務所。応接室にダークスーツ姿の銀髪で顔色の悪い年齢不詳の男が座っていた。
ほどなく五階実道が応接室に入ってきた。
「鬼島さん、わざわざすいません」
鬼島鎌三と名乗る男は、この世界では名の知れたフィクサー、いわゆる黒幕だ。
早速鬼島は、挨拶も無く実道に向かい、
「いくら集まりましたか?」と問いかける。
「ああ、三千万くらいは用立てた」
鬼島は鼻で笑った。
「そんなはした金ではどうにもなりませんなぁ。本気なら三億は必要ですよ。
イニシャルだけで無くランニングも必要ですしね」
「え、とてもそんな…」と汗ばむ実道。

鬼島によれば、やるからには徹底的にしないと、結局国会で、また否決されるだけの無駄金になる。と言い放った。
実道もそんなことは分かり切っている。彼は焦っていた。
五階家の土地を担保に資金を調達しようと思ったが、実印も、権利書も父親の道造が握っているので手も足もでない。
鬼島はテーブルの灰皿に煙草を押しつけながら言った。
「先生、M資金ちゅう話、聞いたことありませんか?」
「M資金?」
実道は眉をひそめた。
「政治家なら、戦中戦後の日本をもう少し勉強しないとあきませんな」
鬼島は笑っていない。
「敗戦間際、日本軍は莫大な資金を隠した。それを戦後、進駐軍が探しまわった――それがM資金です」
実道は身を乗り出した。
「そんなもの、まだ残っているのか?」
鬼島は細い煙を吐いた。
「残っている可能性があるから、こうして先生のところに来ているのですよ」
戦後GHQ主導でその捜索に躍起になっていた。数多くの風評が流れたが、真偽も含め今も見つかっていない。単なる都市伝説という見方が定着し、もう誰も探そうとしていない。

「ところがですね。私の遠縁の者が、その存在をほのめかす情報を入手しましてね。どうやらそれが友ヶ島に隠されているという話です」
「ホンマか?」実道は身を乗り出した。
「埋められているのか岸壁に沈められているのか、対岸の加太か洲本の家の軒下にあるのか…」と宙に浮かぶ紫煙を見つめる鬼島。
「今すぐそれを探せ!いや、探し出してください」と実道。

「息のかかった古銭買取り専門店チェーンを使って、旧札と金貨の買取りキャンペーンでも打ちますかねぇ。旧札や金貨を市場価格の倍で買い取る、即効性があるでしょうね。しかも期限付きで」
M資金を隠し持っている連中も代替わりしていて、高値で換金できるなら飛びついてくるはず。しかも足がつかないよう、分割して処分しようとする。精々その場では一、二億の取引だろう。その後、該当する人物の居場所をつきとめ、残りをいただく。場合によっては大阪湾に沈んでもらう。ざっと五百億円はあるはず。とのこと。
「そんな上手く事が運ぶとは思えないが…しかも、その差額はどうするつもりですか?」
「何もせず、無駄に時を過ごすよりもましでしょう。その分は低金利で貸しますよ。借用書はいりません。その代わり先生の私設秘書を数名やとってください。政治家へのつながりも強化する必要もあるので。給料はいりません」
実道は黙り込んだ。
「先生、そろそろお父様の手を離れて、政界に自分の風を吹かす時期とちがいますか?それをお望みかと」
やるしかない。実道は鬼島の細い右手を両手で強く握った。
銀髪の鬼島の目は、握られた手ではなく、机の上の灰皿の煙を見つめていた。
ニヤリと笑いながら。

洋子は苛立っていた。
授業中、ノートのページをめくる手が、つい強くなる。
先生も、図書館の本も、何も答えてくれない。
大人は、誰も本気で調べようとしてくれない。

一方――
実道も苛立っていた。
自室に戻り、机を何度も掌で叩いた。


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