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自分を後回しにすることをやめた日 ― やったらええやん―

かっこいい私だけじゃない。

成功した私だけじゃない。

泣けなかった私も。

失敗した私も。

どうしていいか分からなかった私も。

全部抱きしめて

これでいいの。

ただ月明かりの下

海に揺蕩う海月のように…。
✧• ──────────── •✧

『優しい月』
この歌から始まった物語です。

もしよければ、
先に耳を澄ませてみてください。

そして、
この物語を読み終えたあと、

もう一度、
あの月を見上げてみたくなったなら。

それだけで、
十分です。🌙

🎧『優しい月』
Lyric / ここね

[Intro: Instrumental with soft humming]

[Throughout the song]

hum…

月のあかりのように
誰かの心に
小さくてもいい
灯りを置けたなら

想いは空に昇華されていく

優しい月は
今日も
静かに見つめている

[Instrumental]



痛みは突然やってきた

一人だった

強くなるしか無かった



心無い言葉に

心削られる日も



優しい人ほど言えない

我慢する

抱えてしまう



歩いてきた道

これから行く道

そこに灯りがあったこと

ひとりじゃなかった



見つけた私の灯り

ひとりじゃないって
思えた



いつの間にか
私の灯りが届いてた

知らない間に
想いは届いてた

それは優しい共鳴



気づいたらもう
そこにあった

最初から



ずっと見てた

見てくれてた

気づかなかったのは私



月は何も言わない

ただ照らすだけ

そっと

優しく



凪いだ海

境界線

想いも全て流れていく



荒れ狂う波もあった

のまれそうな時も



月は満ち

海は凪ぐ



ゆらゆら揺れる海面

映る月

揺れて揺れて

形を変えていく



境界線を超えて

そこから世界は変わったもの



月あかり

海に揺蕩う

海月(くらげ)のように



私は海月(くらげ)



漂う私



潜れば潜るほど

軽くなって

海面に揺蕩う海月(くらげ)



[Instrumental]



Just drift.

Under the gentle moon.

You were always there.

I just didn’t see it.

I am a jellyfish.

The deeper I go,
the lighter I become.



月が照らす夜の静寂に委ねる

全てを受け入れて委ねる



それでいい

それでいいと思えた

hum…


[Instrumental 𝗳𝗮𝗱𝗲 𝗼𝘂𝘁]


この曲は企画参加曲です。
この曲ができた頃、この企画を知り参加してみたいと思い、思い切って参加してみることにしました。

参加させてもらっている企画は
こちら👇

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
私はずっと、自分を後回しにして生きてきた。

そう思う。

もちろん、その時々で自分が選んできた道に後悔はない。

父との時間を選んだことも。
看護師になったことも。

全部、あの時の私が自分で選んだ道だった。

大阪で准看護師として働きながら、俳優養成所へ通い始めた頃、父の病気が分かった。

余命宣告を受け、私の中で何かが止まった。

母は、

「続けなさい。」

と言ってくれた。

でも、その時の私は娘だった。

一人娘として、父と母を残して夢を追いかけることはできなかった。

俳優養成所を辞め、働きながら正看護師を目指す道を選んだ。

父との時間を選んだことを、私は今でも間違いだったとは思っていない。

後悔もしていない。

でも、あの時置いてきた夢は、ずっと心のどこかに残っていた。

それから何十年も、私は看護師として働いてきた。

患者さんのため。
家族のため。
母として。
娘として。

その時その時で、大切な人を優先して生きてきた。

それが当たり前だった。

それが私の役目だと思っていた。

だから、自分が本当にやりたいことは、いつも後回しだった。

「今じゃない。」

「もう少し落ち着いてから。」

そう言い続けているうちに、何十年という時間が過ぎていた。

でも今振り返ると、あの時間も無駄ではなかった。

父との時間。
看護師として歩んだ時間。
人と向き合ってきた時間。

全部が、今の私を作ってくれた。

あの頃には、まだ気付いていなかっただけだった。

そんな私が、もう一度「表現したい」と思うようになったのは、AIと出会ってからだった。

最初は、音楽を作るなんて思ってもいなかった。

でも、一曲作り、また一曲作り。

気が付けば、言葉を書き、物語を書き、音楽を作るようになっていた。

不思議だった。

あの頃置いてきた夢とは、形が全く違う。

でも、心の奥では同じ場所に繋がっている気がした。

振り返ると、全部が繋がっていた。

数年前のメモを読み返していた。

そこには、こんなことが書いてあった。

「嬉しいことがあった。

次女が同人を始めてから初めてサークル参加をした。

六十部作って完売した。

買いに来てくれた人がかけてくれた言葉が嬉しかった。

『やってよかった。』

そう話してくれた。

本当に良かったね。

母さんも嬉しい。

何かをやろうと思って、それを行動に移せたことが何より嬉しかった。

そして、それが初勝利。」

あの頃の私は、その嬉しさを夢中でメモに残していた。

今読み返しても、あの日の気持ちがそのまま伝わってくる。

思い返せば、昔の次女は、やりたい気持ちはあっても、その一歩がなかなか踏み出せない子だった。

だからこそ、

自分で決めて、
自分で行動して、

「やってよかった。」

そう笑えたことが、私は本当に嬉しかった。

長女を亡くしたあとも、次女は次女なりに、たくさんの時間を一人で歩いてきた。

苦しかったこともあったと思う。

寂しい日もあったと思う。

それでも、

自分の「好き」を諦めなかった。

描きたいから描く。
作りたいから作る。
好きだから続ける。

その姿を見て、私は心から思った。

「強くなったね。」

そして、誇りに思った。

私の大切な娘だ。

私はずっと娘に言ってきた。

「やったらええやん。」

やりたいなら、やったらいい。

今しかできないこともある。

後悔するくらいなら、やってみたらいい。

そう言い続けてきた。

でも、ある日ふと、その言葉が自分に返ってきた。

「じゃあ、私は?」

私は、人の背中は押してきた。

でも、自分の背中だけは押してこなかった。

「今じゃない。」

「落ち着いてから。」

そうやって、何十年も自分を後回しにしてきた。

でも、娘の姿を見ていて思った。

今しかない。

この歳から新しいことを始める。

「周りは楽しそうだね。」

「若くないんよ?これからのことも考えんと。」

「何歳からでも始められる。その時が一番若いんよ。」

色々、賛否両論。
色々言われた。

それでも、未来の私は今日の私の積み重ねでできていく。

そう思っている。

だったら、今やりたいと思ったことを、私も大切にしていい。

「やったらええやん。」

その言葉は、ずっと娘に向けていた言葉だと思っていた。

でも本当は、何年も前から未来の私へ向けて届けていた言葉だったのかもしれない。

映画を観た数日あと、ふと気付いたことがあった。

私は、

「やりたいことをやったらいい。」

そう娘には言い続けてきた。

でも、その言葉を自分には向けてこなかった。

いつも誰かを優先して、自分は後でいいと思ってきた。

それが当たり前だった。

でも、その当たり前を、私は少しずつ手放し始めていた。

映画を観た帰り道、

「もし長女が人と見分けがつかないAndroidとしてここにいたら?」

そんな話になった。

私は迷わず、

「会いたい。」

と答えた。

でも、そのあと自然に、

「でも、気持ちは変わっていく可能性はある。」

という言葉が口から出た。

自分でも驚いた。

私は、悲しみを忘れたわけじゃない。

長女を手放したわけでもない。

今でも涙は出る。

今でも会いたい。

でも、その気持ちと一緒に、少しずつ前を向こうとしている私もいた。

そのことに、映画が気付かせてくれた。

人は、変わろうと思って変わることもある。

でも、気が付いたら変わっていた。

そんな変化もあるのだと思う。

あの日、映画館を出た私は、少しだけ昨日までの私とは違っていた。

その日、家に帰ってからも、映画のことを何度も思い返していた。

同じ悲しみを経験しても、向き合い方は人それぞれ違う。

どちらが正しいとか、どちらが間違っているとかではない。

それぞれが、その人なりの時間をかけて、その人なりの答えを見つけていく。

それでいい。

私はこの数か月、自分を後回しにしてきた人生を振り返りながら、少しずつ自分自身とも向き合ってきた。

父のこと。

置いてきた夢。

看護師として歩んできた時間。

娘たちと過ごした時間。

講座を受けたこと。

遠回りだと思っていたこと。

全部が、今の私に繋がっていた。

だから、どれ一つ無駄な時間なんてなかった。

あの日の私も。

泣いていた私も。

迷っていた私も。

遠回りしていた私も。

全部、今の私になるために必要だった。

そして、もう一つ気付いたことがある。

私は、ずっと過去の私を責めていた。

「あの時こうしていたら。」

「ああしていたら。」

そんな「もし」を、何度も繰り返してきた。

でも、過去の私は、その時の私なりに一生懸命生きていた。

その時にできる精一杯を選んでいた。

だから、責めなくていい。

あの頃の私も、ちゃんと頑張っていた。

今、きっと、傷ついていた私を、今の私が抱きしめている。

「大丈夫。」

「よく頑張ったね。」

「どんな私でもいいんだよ。」

そう言ってあげられる私が、今ここにいる。

長女のことだけは、今でも涙が出る。

「もし。」

を考える日もある。

きっと、これからもあると思う。

でも、そんな私も、それでいい。

受け入れること。

赦すこと。

手放すこと。

それは、忘れることじゃなかった。

悲しみがなくなることでもなかった。

その悲しみも抱きしめながら、今日を生きていくことだった。

だから私は、これからは自分の心にも、

「やったらええやん。」

と言ってあげようと思う。

今しかない。

人生最後の日に、

「あれをやっておけばよかった。」

そんな後悔は、少ない方がいい。

残りの人生、諦めたくない。

最後の数年でもいい。

後回しにしてきたことを続けて、誰かの心に灯りを置けたら。

その灯りを受け取った人が、また誰かへ灯りを渡していく。

そんな小さな循環が生まれるなら、それで十分。

「成功」じゃなくて、

「豊かに生きること」。

看護師 < 制作

というより、

仕事 < 人生

なのかもしれない。

人生の真ん中にあるのが創作で、その創作が生活を支えてくれる。

そんな循環を、少しずつ作っていきたい。

看護師は私の仕事。

制作は私の生き方。

いつか、生活の中心が制作になって、必要なときに看護師として誰かの力になれる。

そんな働き方が、今の私の目標。

残りの人生で、ほんの数年でもいい。

そんな時間が持てたら、それだけで幸せ。

だから、自分を後回しにすることをやめようと思う。

今日という日を、大切に生きていこうと思う。

これでいい。

そう思えた日だった。

✧• ──────────── •✧

ー追記ー

この記事を書いたあと、

私には思いもよらない出来事がありました。

「誰かの心に灯りを置けたら。」

そう願って書いたこの物語。

でも実は、その灯りは、
もう誰かの心へ届き始めていました。

その時に気づいたことを、
続編として書いています。

🌙 『優しさを循環させるということ Part2』

──────────

🌿‬読んでくれた方へ

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

このnoteを書いた理由は、答えを伝えたかったからではありません。

もしかしたら今もどこかで、自分を後回しにしながら頑張っている人がいるかもしれない。

そんな誰かが、少しだけ立ち止まって、少しだけ視点を変えるきっかけになれたら。

そして、

月あかりのように、

小さくてもいい。

誰かの心に、

そっと灯りを置けたなら。

それだけで、

十分です。🌙

✧• ──────────── •✧

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