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優しさを循環させるということ Part2

※この記事は、一年前に書いた
『優しさを循環させるということ』
の一年後の物語です。

よければ先に、
こちらの記事から読んでいただけると嬉しいです。

🔗『優しさを循環させるということ』

一年前

私は、
『優しさを循環させるということ』
という記事を書いた。

あの記事は、

先にお空へ帰った長女から受け取った言葉を
書き残したものだった。

「優しさを循環させる。」

あの時の私は、

その言葉を、
看護のことだと思っていた。

疲れていても。

余裕がなくても。

思い出せる自分でいたい。

誰かから受け取った優しさを、

また誰かへ渡せる人でありたい。

そんな思いで
記事を書いた。

その記事を書いた頃、

私は、
生活を立て直そうと思い、
施設看護師から病院へ転職していた。

五年ぶりの病棟勤務だった。

新しい環境。

新しい挑戦。

頑張ろう。

そう思っていた。

でも、

現実は、
思っていたものとは違った。

今まで積み重ねてきた
看護師としての経験。

大切にしてきた看護。

その一つひとつが、

少しずつ、

少しずつ、

否定されていくようだった。

心が削られていった。

夜勤にも入れなかった。

生活を立て直すために
選んだ道だったのに、

気づけば、

心まで
立て直せなくなっていた。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

そんな時だった。

ふと、

以前働いていた施設のことを
思い出した。

働いている時は、

もっと違う場所があると思っていた。

もっといい環境が
あると思っていた。

でも、

一度離れたことで、

初めて見えた景色があった。

そこには、

人との繋がりがあった。

誰かの顔色を見ながら
働く空気ではなかった。

上辺だけの関係でもなかった。

安心して、

自分らしく働ける場所だった。

離れて初めて、

その大切さに気づいた。

そして、

私は一つの決断をした。

戻ろう。

でも、

前と同じ働き方では戻らない。

常勤ではなく、

非常勤という働き方を選んだ。

不安がなかったと言えば
嘘になる。

収入はどうなるんだろう。

生活していけるんだろう。

そんな思いもあった。

でも、

実際は違った。

夜勤専従という働き方を
掛け持ちすることで、

収入は思っていたより
安定した。

休みも、

自分で決められるようになった。

時間もできた。

その余白が、

少しずつ、

私自身を
取り戻してくれた。

そして、

その頃から、

私はまた、
noteを書き始めた。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
最初は、

ただ自分の気持ちを
書いていただけだった。

心の中で整理できなかったことを、

言葉にして残していった。

すると、

少しずつコメントを
いただくようになった。

「気持ちが軽くなりました。」

「救われました。」

そんな言葉をいただくたび、

もちろん嬉しかった。

でも、

その頃の私は、

その嬉しさの本当の意味までは、

まだ分かっていなかった。

そして今年一月。

私は、
Sunoと出会った。

まさか、

自分が音楽を
作るようになるなんて、

思ってもいなかった。

一曲作り。

また一曲作り。

気がつけば、

言葉だけではなく、

音でも想いを
届けるようになっていた。

不思議だった。

私は、

誰かを変えようと
思っていたわけじゃない。

何か特別なことを
しようと思っていた
わけでもない。

ただ、

今まで受け取ってきたものを、

私なりの形で
表現したかった。

それだけだった。

だから、

noteも。

音楽も。

私にとっては、

同じものだった。

言葉で届けるか。

音で届けるか。

その違いだけだった。

そんな毎日を
積み重ねていたある日。

仕事を終え、

車を走らせていた。

その日は、

音楽を通して出会った人たちから、

いくつもの言葉を
いただいていた。

何気なく、

その言葉を
読み返していた時だった。

ふと、

胸の中の霧が、

ゆっくり晴れていくような
感覚になった。

「あれ……。」

そう思った。

今まで、

別々だと思っていた景色が、

一本の道になっていく。

その瞬間だった。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
最初に目に留まったのは、

「ここねさんにしか作れない曲。」

という言葉だった。

その一言を読んだ時、

もちろん嬉しかった。

でも、

その嬉しさは、

ただ褒めてもらえたからじゃなかった。

私にしか作れない。

その言葉が、

心のどこかに

静かに残った。

次に目にしたのは、

「気持ちが静かになります。」

という言葉だった。

私は、

音楽で誰かを変えようと
思っていたわけじゃない。

ただ、

夜、

月を見上げた時のような。

少しだけ、

肩の力が抜けるような。

そんな時間を
届けられたらいいな。

そう思って作ってきた。

だから、

その一言が、

胸にじんわりと広がった。

そして、

「物事の見方が
一つ変わりました。」

という言葉。

私が見ている景色が、

誰かの景色を
少しだけ広げることが
できたんだ。

そう思えた。

そして、

最後に読んだ言葉だった。

「誰かの心に静かに、

けれど確かに
灯りを置いている。」

その一文を読んだ瞬間、

胸の中で、

何かが

ストンと音を立てて
繋がった。

「あぁ……。」

そうだったんや。

私は、

いつか、

誰かへ灯りを
渡せる人になりたい。

そう思って
歩いてきた。

でも、

いつかなろうと
していたんじゃなかった。

もう、

灯りを渡す側に
なっていたんだ。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
でも、

その瞬間、

もう一つの言葉が浮かんだ。

「今のここねさんという
豊かな海を作るために
必要な一滴一滴だった。」

その言葉を思い返した時、

胸の奥で、

何かが

静かにほどけた。

豊かな海。

その海は、

私一人では
作れなかった。

先にお空へ帰った長女が

最後まで私に
届け続けてくれた言葉。

苦しい時、

そっと寄り添ってくれた人。

十三年間、

毎年変わらず
灯りを渡し続けてくれた人。

何も言わなくても、

隣で寄り添ってくれる家族。

毎日、

変わらない安心をくれる
一匹の猫。

看護の現場で
出会った人たち。

音楽やnoteを通して
出会った人たち。

その一人ひとりが、

私に灯りを
渡してくれていた。

私は、

灯りを
作っていたんじゃない。

受け取った灯りを、

私なりの色で包み、

また次の誰かへ

届けていただけだった。

そう思った時、

一年前の記事が、

静かに

私の中で繋がった。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
一年前。

私は、

「優しさを循環させよう。」

そう願っていた。

でも、

優しさは、

循環させようと
頑張るものじゃなかった。

誰かから受け取った優しさを、

大切に抱きしめながら
生きていたら、

気づかないうちに、

また誰かへ
渡っていた。

ただ、

それだけだった。

一年前。

私は記事の最後に、

こんな言葉を書いていた。

「気づいた瞬間から、

優しさの循環は
もう始まっています。」

あの時の私は、

読んでくれる
誰かに向けて
書いていた。

でも、

一年後。

その言葉は、

私自身へ
返ってきた。

私は、

優しさを循環させようと
していたんじゃなかった。

もう、

その循環の中にいた。

去年、

誰かに向けて
書いた言葉は、

一年後、

私自身へ
返ってきた。

月は満ち

海は凪ぐ。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

🌿‬読んでくれた方へ

一年前。

私は、
「優しさを循環させよう。」
そう願っていました。

でも一年後。

振り返ってみると、

私はもう、
その循環の中にいました。

誰かから受け取った優しさは、

気づかないうちに、
また誰かへ届いていた。

そして、

その言葉は、
一年越しに、
私自身のもとへ帰ってきました。

もしこの物語が、

あなたの心にも
小さな灯りを置けたなら、

それだけで、
とても嬉しく思います。

今日も、
本当にありがとうございました。🌙
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
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