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日記 │ ハートフェルト・ピンクは免罪符



買うのには、決意が必要だった。



ピンクをほとんど身につけなくなったのは、23歳で結婚したときだと思う。
結婚式ではピンクとブルーをたっぷり使った可愛い配色を組んでいた。


でも夫は、ピンクを憎んでいるのかというくらい嫌っているのである。
「個人の嫌い=悪い」ではないと思うのだけれど、なにか言われると着たくなくなってしまう。

(ただし夫があまりにもうるさいので、わたしも夫に対してダメ出しをするようになった)



くすみカラーが流行ってからだったと思う。
ピンクに見えにくいグレイッシュなスカートを買ってみたりした。

そういうものは妙にしっくりきたし、ピンクに憎悪を燃やす夫からの指摘もなかった。

もしかしたら自分のキャラと合うかどうか、ということなのかとしれない。
ピンクっぽくないグレイッシュなピンクは、教室の端っこにいたわたしでも許される感じがする。



なのに。

ミドサーもそろそろ終わるというのに、やってしまった。

ピンクが大好きだった10代のころですら手にしたことがなかったのに──買ってしまったのである。

流行色を免罪符に、
ピンクのワンハンドルバッグを。




先日、今年の流行色が発表された。

日本での流行色は「ハートフェルト・ピンク」。

こんな色。
桜みたいな淡くて温かみのあるピンク。

優しくて甘くって、自分とは無縁そうな色である。


そのバッグを手に取ったとき、頭のなかが一気にうるさくなった

心を傷つける本”だと思ったページの一節が、
これまでに読んできた"大人の女性のファッション指南"が、
あるいはそういう本についたレビューたちが。


頭のなかでさらに形や表現を変えてうねり、
大音量の警鐘を鳴らしている。


それはトゥー・マッチです。
大人の女性に甘さは1つまで。
ピンクで可愛い形はやりすぎです!!!!!


レジに持っていくとき、頭のなかで「すみませんすみませんすみません」と謝っていた。

でも一方では「うるっっさーい!」と叫び出したいきもちもあった。



プチプラのバッグくらい、冒険してみたっていいじゃないか。




大人が持つべきなのは、上質なものを少しだけ。
チープなのが許されるのは20代までです。

この本のコーディネートは、大人の女性にはちょっと甘すぎだと思いました。30代でもちょっと……
(私は20代なので着てみたいものがたくさんありました♡)

それは、トゥーマッチです!!!




店員さんと目を合わせずに、買った。

決意して買った。


それなのに、家に帰るまでは、自分のものだという感じがしなかった。

透明な袋に入れられてしまったピンクのバッグを、わたしは、別な店で買ってあった入学準備用の鬼滅風の和柄の布で隠すと、川べりのきらきらした道を、いたたまれない気持ちで背中を丸めて歩いていた。

まるで盗んできたみたいな罪悪感があった。



このバッグを選んだのは、流行色のハートフェルトピンクに近い色味だったからだ。

頭のなかの何かが「大人ならもっと濃い色を!」とアドバイスをしてきて、見渡すともっと濃いものやくすんだものもあった。シャープな形のものもあった。

でも、頭のなかで何度もシミュレーションして。

理屈じゃないよなと思い、買った。

足し引きしたら合うかもしれないじゃん。
それに今日のわたしが、これからの人生の中でいちばん若いわけだし。





でも、全身鏡の前でうなる。

バッグは階下に置いてきてしまったけれど、まずは服を決めないと。


とにかく辛口に、シンプルにしたほうがいいのだろう。

そんなわけで、靴はすぐに決まった。
黒のビットローファー。

スカートよりたぶんパンツスタイルのほうがいいから……。
かなり濃いチャコールグレーのワイドパンツを選んだ。幅も広め。

上にはシンプルなグレージュのスウェットを着てみたんだけど……なんだか地味すぎる。


甘さ1に対して、辛口9の感じにしてみたけれど。
ここにピンクのバッグは逆に異質すぎて、もしかして浮くのでは……?

スウェットの上からグレーのビスチェを足してみた。


ビスチェはいくつか試したのだけれど、チュールのふりふりしたものはやっぱり甘くって。
これはフリルだけどボリュームという名の主張が少ないから、シンプルなトップスに重ねると、元からあった模様のようになんだか良い感じなのである。

(※あくまでも個人の感想です)



甘口3に対して、辛口7くらい。

これが「今のわたし」のベストバランスかもしれない。そんなことを思いながら家を出た。


小さなバッグだ。
財布とキーケースを入れただけでもいっぱいになってしまう。中身はぜんぜん入らない。

けれども、──なんだろう。
苺みるくの飴を舐めたみたいに、口の中がぽっと甘くなった

吹きつける風が寒い。けれども今度は、背すじを伸ばして歩き出すことができた。


西の空も、ハートフェルト・ピンクをしていた。





子どもたちを習い事に送ったわたしは、しばらく歩いて図書館に向かった。
いつの間にか空のピンクは溶けてしまっていて、図書館の窓ぎわの席には、硝子越しに自分の姿が映っている。

少しずつ濃度が違うグレーの服に身を包んで、髪の毛はサイド以外タイトに後ろの低い位置で結んでいるからか、もう、トゥーマッチではないはず。不安さが消えていく。


とりあえず適当に書棚から選んだ本は、仕事術の本だった。
読み進めながら手もとでノートにまとめていく。ふと「アンコンシャス・バイアス」の話があった。

過去の経験や環境から形成された、自分自身でも気づいていない偏見や先入観のことだ。

わたしは隣を見下ろした。




(これも、そうかも)




ピンクを着ちゃいけないってずっと思ってたけど、なんで着ちゃだめなんだろう。
価値観ってだれがつくってるのかな。

ってか、あのレビューもそうだけど「わたしは若いので」とわざわざ言うのって「自分はあなたとは違うんです^^」と笑顔で殴られているようなきもちになるなあ。


ふと思い出す。
わたしがはじめて「オバサン」と呼ばれたのは、22歳のときだった。
相手は19歳。3つしか年の変わらない女の子だった。

30歳になったとき、29歳の知人に「凛花ちゃんは年取ってるんだからそんなに痩せてみっともない」と言われて閉口したこともあった。

ひと回り以上年上のママ友が、自分の子どもにわたしを「オバサン」と呼ばせようとしたこともなんだかいやだった。「ほら、オバサンにお礼言いな」みたいな。
(なお、20代半ばの話である)




成人すると、どんな年齢でも「オバサン」だなんて言われることがあり、その機会が年々増えてゆく。きっとだれもが、年齢にまつわるもやもやした感情を一度は感じてきたはずだ。

嫌なのは年を重ねることじゃなくって、そんなふうに軽く扱われることなのかも、なんて思う。





年齢って、なんだろう。




そういうぐるぐるした思考があったけれど、一度ピンクを身に着けてみたら、申し訳なさみたいなものもちょっとだけ取れた。

べつにいーじゃん。

乾燥した目からコンタクトがぽろりと剥がれ落ちるみたいに、薄れてきた。



ハートフェルト・ピンクは、免罪符になった。

今日は、グレーのメタリックなプリーツスカートに合わせる挑戦をしながら、どきどきしている。


今でかけるならタイツだけど
春になったらパンプス用の靴下とこうやって合わせようと思う

【脳内の声】肌見せしていいのは2……(略)
【脳内の声】袖口のフリルがトゥーマッチです
【脳内の声】可愛い(ピンク)と可愛い(スカート)をあわせるのは20……(略)




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三條 凛花 最後までお読みいただき、ありがとうございます♡