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【明け方の夢を編む】 │ ヤンデレ猫ちゃんの使命 #12 Day7

「飛行機だ!」

息子が空を指差した。
落ち葉や木の実がたっぷり詰まったビニール袋をぶんぶん振っている。

まだ17時を過ぎたばかりだというのに、陽はほとんど落ちており、街全体が淡いラベンダー色の夕闇に包まれていた。
降り積もるように寒さが落ちてくる。

わたしや他のママたちは、それぞれが自分の身体を抱きしめるようにさすりながら暖を取っていた。



この日集まることは、フカが亡くなった日の午後……まだフカが呼吸をしていたころに、決まった。
重い雰囲気になるのがいやで、わたしは誰にも、フカの話をしていなかった。


▼このお話は、愛猫フカとの別れから7日間でどうやって生活を立て直したかを記録した物語です。目次はこちら。



ここが、終着点?


「ねえ、あれにパパ乗ってるのかな。あの飛行機でさ、とうきょうに行くのかな。ジャルかな? アナかな?」

息子が興奮した様子で早口で言った。乗りものが大好きなのだ。
その目には、夕方の空が映りきらきらと輝いている。


すこし前に夫から「空港に着いた」とメールが入ったばかりだった。
さすがにあの飛行機ではないだろう。

でも、もしここで夫の乗る飛行機を見送れたなら、あのわけのわからない不安もやわらいで、すこしでもほっとできるのだろうか。


ショートメールを開いて「間に合ってよかった」と送った。

夫はLINEを使っていない。
ずっと前に作っておいた、フカの写真の切り抜きのステッカーをぺたりと、スタンプ代わりに送った。

(※これが夫の心を抉ることを知ったのは、ずっと先、前話のあとがきの時間軸でのこと。このときのわたしはまだ知らない)


「うー。寒っ。公園、しばらく無理かもね」
「そうですね……」

ママ友が震えながら言った。わたしもうなずく。

「こないだまで夏だったのに。……ちょうどいい気温の時期がぜんぜんないですね」
「昔は香川もここまで暑くはなかったんよ」
「えーそうなんですか! 夏はもう一歩も出たくないくらいむりでした」
「やろー?」

ずっと鬼ごっこをしていた子どもたちはちっとも寒くなさそうで、頬が上気してすらいる。


「あのね、パパねぇ、とうきょうにいったんだよ」

息子がママ友に伝えた。

「そうなん? 出張?」
「……そうなんです。急ぎの仕事で」

それからしばらく他愛のない話をしていたけれど、「猫ちゃん元気?」と聞かれたので、フカが亡くなった話になった。

「え……どっちの猫ちゃん?」

家に来たことのあるママ友は、一瞬言葉を飲んだあと、眉を八の字にして訊いた。

「あの、灰色の、細いほうです」
「そうなんや……」

空気を重くして申し訳ないと思ったものの、ママ友はぽつりぽつりと、いろいろなことを聞いてくれた。


話していく過程で、涙が落ちないことに驚く。

キューブラー・ロスの”死の受容モデル”、わたしは、その終着点についたのだろうか。

もっとも、死の受容モデルの終着点は、”諦め”とも言えるので、ものすごくプラスというわけではないのかもしれないけれど。
でも、確実に一歩、進んでいた。


”お守り”を用意しておいた


公園の帰りに、ドラッグストアに寄った。
目的のものはひとつだけ。お守り代わりの、睡眠改善薬。

かなり怯えながら買った。というのも、わたしは眠るのが不得手でありながら、薬の「眠くなる作用」が異常に効きやすい体質だ。
酔い止めですら、丸一日眠れる。


一度だけ睡眠薬を飲んだことがある。

ホルモンバランスの変化による不調がなにかわからずに病院を受診したときのことだ。
先生から子どもの夜尿症に使う弱い薬だと処方された睡眠薬では、3日間、食事とトイレに短時間起きる以外、ずっと眠り続けたこともあるくらいだ。


正直怖くて飲みたくなかった。でも、こんなふうに20時間以上起き続ける生活は危ういなとも思っていた。
体重も、1週間で5キロ落ちていた。

フカが亡くなってから一人でねむったこともなかったし、常夜灯をつけたままじゃないと無理で──。


「あれ? 今日ってハロウィンじゃない?」

テレビを観ていた娘が言った。息子もわたしも「あ」とこぼした。
昨夜までは覚えていて、みんなでハロウィンの壁飾りをつくったのに。毎年つくっているメニューをなにも用意していなかった。

でも、覚えていたとしても、作らなかったかも。

この時期のわたしは、いつでも霧の中にいるみたいだった。頭の中がぼんやりと鈍く曇っていて、考えたり決めたりするのを、普段以上に苦痛に感じていた時期だった。


荒れゆく家と、絵のはなし


すっかりルーティンになった絵の勉強に没頭する。

動画を観ながらメモを取っていく。
講座の受講期限はあと1週間。とにかく今は、知識を詰め込もう。

静かな部屋が苦しくなっていた時期だ。
動画での受講で、人の声がすぐそばにあることで、落ち込まずにすんでいたのもありそうだ。


問題は、家が荒れつつあることだった。
子どもたちの散らかすスピードは、わたしが片づけるよりも何倍も早い。もちろん彼らは片づけない……。だから、かなりがんばらないと、きれいな状態にするのはむずかしかった。

絵の勉強をはじめる前、ここ半年ほどは、夜の自由時間をずっとゲームに費やしていた。


1階でマリオカートのオンライン対戦をしながら片づけや掃除をしていたのだ。オンライン対戦なら待ち時間が生じるから、その間だけ全力で家事をするというルール。

制限時間があるからがんばれる。夫からは「無意味」「集中してやったほうが早い」と不評だったけれど、意味はある。

ゲームのついでにやる。だからこそ「自分だけがやらされている感」を中和させることができるのだ。

ゲーム家事の時間がなくなったことで、さらに家も荒れはじめていた。


「家事なんかサボってもいいよ」
「掃除しなくたって死なない」

本にはよくそう書いてあるけれど、家事っていうのは、負債に似ていると思うのだ。


たった一日サボっただけで、それが何倍にも蓄積されていく。元通りにリセットするための時間と労力が驚くほど増えてしまう。

だからわたしは、できればコツコツやったほうがいいと思っている。もちろん、実際にできるかどうかは別として。


「家事なんかやらなくてもいい」

そう決めてしまうと、動かない理由がたくさんできてしまう。


だから少しだけ変えてみる。

「家事はこつこつできたら最高! でも、できない日があったって大丈夫」


この日のわたしは、娘の絵を描いていた。
たぶん、自分の持ち味としてはファッションイラストのようなものが合っているのだと思うけれど、どうにも絵柄が定まらない。

子どものころから描き慣れた、少女漫画タッチにした娘を、金木犀の花びらの中に描いた。


絵を描くようになって良かったことのひとつが、世界の「解像度」が上がったこと。それまでは、めがねを外したみたいにぼんやりざっくりとしか見えていなかった世界が、一気にクリアに、細部まで具体的になる。

空のどの部分がどんな色をしているのか。
山の見え方。
雲の種類や形。

細部に目がいくと、受け取る情報量が増える。

これは、文章を書くうえでもとても役立った。


猫には鎖骨がある


パルミーで受講したなかだと、「猫の描き方」講座も興味深かった。

毎日猫にたくさん触れて観察していたはずなのに、猫の構造なんて何も知らないことに驚いた。


たとえば、猫には鎖骨がある。
犬にはない。

鎖骨がある動物は、リス、猫、ハムスターなどで、手を動かしやすくなるので、手先が器用なのだとか。


気になってもう少し深堀りして調べたら、鎖骨はあるけれど、退化してとても小さいのだと知った。

人間のように、肩まで繋がっているわけじゃない。だからこそ、狭い隙間を通り抜けられるそうだ。
猫が「顔だけくぐれたら、たいていの穴は通り抜けられる」のは本当。
12年の猫生活で何度も見てきた。


顔の「ω」という形にも名称があるそうだ。

鼻と口全体を指すのが「マズル」。
そしてその中でも、さらに限定的に、髭が生えている部分を「ウィスカーパッド」と呼ぶ。

ウィスカーパッドは髭袋を意味していて、髭を動かすための筋肉でできている。

知識が増えたら、シンプルに、いろんなことが楽しくなる。特別になる。


2023年の11月から今年の4月まで半年間、わたしは毎日、「ジェスチャードローイング」と呼ばれるスケッチを続けた。

動画を見ながら、映っている人のポーズから受けた印象を大事に全身を素早く書いていくものだ。


▼ジェスドロについてはこちらにも。有料記事なんだけど、無料部分だけでわかるようにしてあるので、詳しく知りたい方はどうぞ。

ジェスドロの動画にはタイマーがついているのが特徴。

早く描き終わると、わたしはフカをスケッチしていた。


それを続けていくうちに、ジェスチャードローイングの応用のような感じで、猫を描くときのコツみたいなものがわかってきた。

まず全身を1本の線で表現する。頭からしっぽまで。そこに顔と胸、おしりを3つの丸で描く。あとは、細部を描いていく。


近年、フカの写真はあまり撮れていなかった。でも、スケッチはたくさん残っている。
描くためにたくさんフカの姿を目に焼きつけることができた。


まるで恋人時代のような


昨日は26時間起きていて、きょうも6時間程度しかねむっていない。
さすがにねむたくなってきた──。でも、フカの供養も最終日だ。ぜったいに綺麗に終わらせたい。

眠気と戦いながら絵を練習していると、ショートメールがぴこぴこと通知を鳴らした。

──珍しい。夫だ。

「◯◯駅」

「タクシー来た」
「なんもたべてない」

まるでTwitterにつぶやくかのように、その都度、状況報告が送られてくる。


わたしは首をかしげた。
遠距離恋愛をしていた学生時代を、一瞬だけ思い出した。でも、夫はよく考えたらこんなふうにマメに連絡をよこすタイプではなかった。

わたしが限界だから、気を遣っているのか。
それとも、長い移動時間で寝てしまわないように気を張っているのか、どちらなのだろう。


絵を描く。
メールを返す。

絵を描く。
メールを返す。

絵を描く。
メールを返す。


そのくり返しで気がつくと、あっという間に0時を回っていた。

羽田空港からさらに長距離移動して仕事の用事を済ませ、またまた羽田に舞い戻った夫から「やっとホテルに着いた……」と連絡があったのは、終電のころだった。

ほう、と長い安堵の息を吐いて、わたしは階下に降りた。


続・いつもの”異変”


階段を降りながら、右の目と頬を包み込むように押さえた。顔の半分がずきずきと痛いのだ。
頭皮も歯も眼球まで。指先は、火傷したときのようにひりひりする。

すべての症状は、身体の右半分だけに出ていた。

(きょうが痛みのピークかな)

痛みは、てのひらでそっと押さえ込むとましになるような気がする。

痛み止めを飲みたかった。でも、きょうは”おまもり”を使うかも知れない。そう考えると耐えるしかできなかった。


15年付き合っているこの痛みも、何度受診してもなんの異常も見つからなかった。
前話でも触れたけれど、セカンドオピニオンどころではなく、10軒以上の病院をまわった。


最初に診てもらったペインクリニックの女医さんから、厳しい顔で投げやりに、

「はあ……PMSでしょ。薬もなにもいりません。病気じゃないんだから」

と言われて憤りを覚えていたのだけれど、それこそが、正解だったらしい。

悪化するようなこともなく、ある程度の規則性を持って襲ってくるだけだ。


どんなに辛くても3日後にはふっつりと消えてしまうのだから、不思議だ。

こんな症状がホルモンバランスの変化で引き起こされていることを考えると驚く。


痛みもさることながら、心も、しんどい。

わけのわからない黒いもので容量オーバーになっていて、ばらばらになりそうだ。


大丈夫、だいじょうぶ。

これはフカを失った痛みとは別のもの。
夫がいないことにも関係ない。
わたしはそこまで弱くない。

身体が勝手に発動させる、今だけの、限定的なもやもやだ。

切り離して考えればいい。
楽になる行動を選び取っていけばいい──。



わたしはそう言い聞かせた。


帰ってくるか不安になったのは


(──もし、帰ってこなかったらどうしよう)

家族に対してこんな思いを持ちはじめたのは、小学校高学年のころからだったと思う。
わたしはべつに、誰かに置き去りにされたとか、そういうトラウマのようなものは一切なかった。


当時、父と母は、毎週末ふたりでスーパーに行っていた。
弟とわたしは買いものについてくのが好きではなくて、家で留守番していたのだ。

そんなときに、妙に不安になることがあった。

このまま両親が戻らなかったら。事故にあったら。そういう最悪の想像で頭の中がいっぱいになってしまうのだ。


不思議なことに、この不安感は、毎回ではなかった。
だから、一つ前の話で書いたみたいに、きっと”周期的なもの”だったのだと思う。


父と母はいつでも帰ってきた。

何度か病気もしたけれど、70歳を超えた今でも元気だ。

2人で花や野菜を育て、観葉植物を集めている。
父は毎日一万歩を目指して散歩をし、母は大人になってからできた友人たちと交流を続けたりしている。

それでいて、物で溢れかえっていた実家を、二人の手ですこしずつ片づけているので、さみしくもある。



ホルモンバランスの変化が植えつけてくる鮮烈な不安感のうち、唯一当たったものがある。

「フカが死んでしまったらどうしよう」



ずっと、……ずっと考えてきた。

猫は10年前後、長くても20年近くまでしか生きられない。

家に来た当日に砂時計をひっくり返したように、終わりまでのタイムリミットがさらさらと静かに始まっていたのだ。


けれども「フカが消えた世界」を想像していたのも、やはり、毎日ではない。わたしの”人格”が書き換わる、月にほんの数日だけ。

それ以外の日は、怯えることなんてなくって、ただひたすらフカを愛でて過ごした。


ふわふわのお腹に顔を埋めたり、ざらざらの舌に舐められたり。

でも別になにかしてくれなくてもいい。
フカがただそこにいてくれるだけで良かった。

あと2、3年は大丈夫だろうと思っていた。
急に体調を崩したのは本当に想定外だった。


最後の線香


「バロ?」

いつものように階段を降りる。
そういえば寝室には来ていなかった。息子の寝かしつけにもやってこず、息子はバロのお気に入りのブラシを使って2階に呼び寄せていたけれど、ベッドに登ることはなかった。

夫がいないので真っ暗な1階で、バロはソファの今までの定位置で、伸びやかに眠っていた。手足を投げ出して寝転んでいる。


「ねえねえ、バロ。なんでこないの」

口をとがらせて言うと、こちらを向くこともせず、「ニャア」とだけ言った。

昨夜までは、いつでも追いかけてきていたのに、きょうはぜんぜん近寄ってこない。

少しだけさみしい。
バロの頭をごしごしと撫でた。



線香に火をつける。
これも今日で最後だ。

大きく深呼吸をする。


成仏してほしいなんて、本当に、読みものの中だけだと思っていた。
わたしがそんなこと考えるようになるなんて、と、乾いた笑いが漏れた。

でも、こころを守るために大切なことは、霊がいるかいないかじゃなくて、自分が信じたいものを信じることなのだ、とフカを亡くして思った。


心から願った。

もう一度フカに会いたい。
でも、わたしのところじゃなくてもいい。

あたたかくて幸せに暮らせるところで生きていてほしい、と。


わたしのところじゃなくてもいい。それは本心だったけれど、訣別するようなその言葉を思い浮かべたら、ぶわりと涙が溢れた──。

(帰ってきて)

本当はそう、叫びだしたかった。


──やっぱり、お守りを使おう。
ねむり過ぎたら怖いから、今日いちにちだけ。

水を多めに口に含む。
舌の上に来るように薬を浮かべて、そうして、ごくりと流し込んだ。


ソファに座って、バロのブラッシングをしてあげる。

線香はまだ燃え尽きていない。
少しずつ眠くなってきた気がする。

温かいゆず茶を飲んで、歯みがきをした。


線香が消えた。──ああ、終わった。
すべて終わってしまった。そういう感覚があった。

今度は涙は滲んでこなかった。
静かに凪いだ夜だけがそこにあった。

チャッカマンやまだ残っている未使用の線香、それから、余った睡眠改善薬をいっしょにして、箱に詰めた。そして、猫の隔離部屋の棚の、ずっと上のほうにしまい込んだ。背伸びしてようやく届くくらいの場所に。



心の供養は、これで終わり。

もう線香は使わない。


塩や灰、線香などは、可燃ごみとして捨てられる。
明日の朝起きたらすぐにやろう。忘れちゃいそうだけど、頭の中にメモをした。



「バロ、行こう」

ここ最近の日課だった、バロと眠る時間へ向けて、わたしは声をかけた。

駆け寄ってくるはずのバロは、こちらを見もせずに「ニャ」と無関心にひとこと鳴いただけだった。

「……バロ?」

反応はない。
昨日までと違いすぎて、少しさみしい。


でも、思い当たることがあった。

バロは、たとえば体調を崩して動物病院に預けたりすると、帰宅後1週間くらいだろうか、異常なくらい甘えてくることがあった。

まるでフカのように、家族をストーキングする。
そうして落ち着いてきたら塩対応に戻る。


わたしにも甘えてくれるようになったと思ったのに、違ったのだ。

少しだけ残念に思いながら、最後に一縷の望みをかけて「バロ」と呼ぶ。
返事はない。


バロのストレスが少しでも軽くなるようにと祈りながら、頭をわしゃわしゃと撫でた。

抗えない眠さが押し寄せてくるのがわかる。

遅刻しないようにアラームを確認。
冷たいお茶をひと口飲んで、階段をのぼる。ふらふらと、布団に倒れ込んだ。

いつのまにか、眠りに沈んでいった。


その、夢の意味は










『──寿命だよ』










ばっと飛び起きた。
常夜灯はついたまま。

空の感じはまだ、夜明け前だ。わたしは荒い息を整えた。
夢を見ていた。


それは、漫画そのままの、夢。
小林薫さんの『強制除霊師・斎』の斎さんが、漫画のままの姿で夢のなかに出てきた。

わたしの夢には色がついている。
現実と寸分違わない世界であることが多い。けれども、今思い出してみると、その日の夢は、モノクロの世界だった。


背景が白。
それ以外のほとんどすべてが、黒い、Gペンで描かれたような線で構成された二次元の世界……。

漫画の中で、霊能者の斎さんが、ファミレスで依頼者の相談を聞いているシーンがある。
それとまったく同じものだった。



漫画そのままの姿の斎さん。
夢の中で、わたしはその向かい側に座っているらしかった。

「寿命なんだよ」

そうひとこと言った。
わたしは「そっか、寿命かあ」と、泣き笑いした。







起きてしばらくは錯乱していて「え、なに? わたし寿命? しぬの?」と思った。

「病気……? 事故……?」

夢渡りとか警告とかお告げとか、そういう洒落怖的感性が爆発した。

けれども、落ち着いて考えたら、違うに決まっている。




そもそも斎さんが一読者の夢に登場するわけなんてない。そのうえで、仮にお告げだったなら、夢は二次元じゃないはずだ。

わたしが見たものは、漫画から得た情報で構成されるものに過ぎなかった。

しかも、あとで思い出した。
二次元の斎さんのすぐ横に、”写真そのまま”のフカが座っていたことを。フカは動くわけでもなく、ただ写真を貼りつけただけのように、そこにいた。


お告げならきっと、フカが漫画タッチになるか、斎さんが実写になるかしたはずだ。

だって、それは「わたしが知らない情報」だから。


つまり、これはわたしの脳が創り出した幻影。

そうわかって、少し残念に思った。



わたしはきっと、「仕方がなかったんだ」と、だれかに言ってほしかったのだと思う。

フカが亡くなったのは自然なことなのだと言ってもらいたかった。避けられなかったんだ、と認めてほしかったのかもしれない。


フカが消えていない可能性を、その幻想を諦めるために、背中を押してほしかったのではないか。
そう思った。


”初七日” にふさわしい夢だった。




「あ、起こさないと」

夫に電話をかける。
きっと寝ているんだろうな、疲れているし。飛行機に間に合うかな。


不安でドキドキしながら鳴らしたモーニングコールに、夫はたったの2コールで出た。

『もしもし?』

声に眠さがない。ほっとした。



「起きてるならだいじょうぶ……」

薬の効果がどうやら切れていないらしい。
鈍い眠りがわたしを押し流していき、8日目の朝がやってきた。

夫が無事に帰ってくるのも、ほとんど一日中眠り続けてしまうのも、また、そのあとのお話。



ここまでが、フカが世界から消えてから7日間の、家族とわたしの、物語──。





あとがき ── 和菓子みたいな水辺で


透明度の高い流れの中に、川べりに斜めに生えた木の、金色の葉が映っていた。

水の流れには凹凸がある。
こういう模様の、透明な和菓子があったなと思いながら眺めていた。浅い川底はこしあんみたい。そこに黒い鯉が流れに逆らうように泳いでいる。

種類はわからないけれど、鴨の群れもいて、流されているのか、それとも流れに乗っているのか。鮮やかな色をしているのは雄の鴨だろうか。

いつものように駅で書こうと思ったら、ベンチに先客がいる。

端に座ってnoteを開いたものの、隣の人がふつうに音を出して動画を流していたので思考がぷつっと止まってしまい、書けない。


途方に暮れながら駅を出た。
寒空の下、習い事の場所へ向かう近道である川べりを歩きはじめたのだった。

川のまわりには、落下防止のためだろう。白い柵がぐるりと張り巡らされている。


このエッセイを書きはじめたころは、すべての柵の隙間に、必ずひとつずつ蜘蛛の巣が張っていた。
気持ち悪くって、どこにも触れることができなかった。

すっかり寒くなったからか、蜘蛛も、蜘蛛の巣もかなり減っている。

きれいな部分を見つけたわたしは柵に身を預けるようにしてもたれかかり、スマホでぽちぽちとこの話を書いていた。



絶対に書ききる。
そう決めたら動けた。

パーソナル編集者を申し込んでから、セトさん(渋谷さん)とはじめて話す前の日までに、フカのエッセイは半分ほどを書き終えていた。

半分いったところで、ぷつっと電源が切れたように書けなくなったのだった。


1ヵ月が経ち、渋谷さんとはじめて顔を合わせて話した。

この10年ほどの間は、ママ友か、仕事関係の方、あるいは子どもの習い事の先生以外としゃべる機会のなかったわたしは、弟と同い年の男性であるセトさんを前にとても緊張していた。

声が上ずった。
けれども、話していくうちに、色々なひらめきや気づきがあった。話の流れで過去の、ちょっと暗い話もするんと口にしてしまった。



ママ界におけるわたしは中間管理職(主任的な)な立ち位置で、年下の人には"同世代風を吹かせないように"気を遣い、年上の人にはギャップを感じさせないように気を回していた。

もちろんそんなことしなくても、きっと仲良くいられる人ばかりなのだけれど、長年染みついた癖は抜けなかった。


だから、話題を選ばず、失言を気にせずに話させてもらったのははじめてで、それはひとえに、セトさんの傾聴スキルの高さによるものなのだろうと思う。

それから、頭の中にあった思考もぜんぶ出してみた。


パンパンに詰まっていた思考の欠片が追い出されたら、とてもクリアになって、顔を合わせた日から10日ほどで、残り5記事、3万字程度をするすると書けたのだった。

合間に後書きを入れる作業もしたので、トータルで5万字ほどは書いただろうか。


話した中で印象に残っている話をひとつ紹介したい。
それは、なにもインプットできなくなったわたしが、絵を描くことに進んだときにもらった言葉。

「作業療法みたいだ」

と言ってもらい、すとんと落ちるところがあった。


わたしのメンタルを推し量る方法はとてもかんたん。
見た目に現れる。中程度のストレスなら太り、重度のストレスなら痩せる。
今回は、フカが亡くなってひと月で5キロ痩せていた。



たとえば子どもを叱りそうになったとき、周りにものすごく怒っているおかあさんがいたら、すとんと気持ちが落ち着くことがある。

ブルーライトの海の中から「ペットロス 後追い」というキーワードを見つけたとき、わたしの中では、そういう変化が起こっていた。

容量いっぱいになって溢れ出しそうだったものを、客観的に見ていこうと決めた。


こころに受けたダメージの大きさは変わらないけれど、わたしは自分のこころと日常をつぶさに観察していった。その過程で、なにか回復するために役立つのかがわかってきた気がする。

そうして少しずつ、回復のレパートリーを増やしていった。


立ち直るためにできることは一つじゃない。
そのときどきの自分の状態に合わせて、少しずつ、少しずつ調合していけるものなのだと思っている。



▼次回のおはなしはこちら。

『エピローグ ─ 使命を抱いて、生きていく』


フカが消えた世界の物語、49日目。
ある日、ポストにハガキが届く。火葬をしてくれた業者さんからの四十九日のお知らせだった。わたしはその日、ブルーライトの海に、きっと同じように泣いている人たちのために書いた物語を静かに流した──。

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三條 凛花 最後までお読みいただき、ありがとうございます♡

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