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日記 │ 見破るちから


乗っ取られたのかと心配した。

だって「久しぶり」の4文字の次に、いきなり金額が出ていたから。でも違った。何度読み直しても、彼女が書いたようだった。

知人からもらったそのメッセージは勧誘なのか営業なのかわからない。


ショックだったのと同時に、納得もした。

はじめて話したときから感じていた違和感のようなもの──。それがずっと燻っていたから。



これまでの人生を振り返ってみると、人間関係が良かったとは言えない。

大切な友人もできたけれど、不当に扱われるようなことも多かったからである。ずっと「どうしてこんなに辛い思いをしなくちゃいけないんだろう」と思っていた。

けれども、泣くたびに磨かれていくものがたしかにあったのだ。

それは、見破るちから。



対面で話してみたとき、9割くらいの確率で「自分と相性が悪いかどうか」がわかる。

そう思う理由は、本当に些細な言い回しだったりするから、言語化はできないし、だれかにメソッドを伝えることはできない。


どうして「自分と」相性が悪いのか?というと、人の短所と長所は表裏一体だからである。

たとえば、私はなんでも自分でやりたいし決めたいタイプである。だから、やりたいと伝えてもやらせてくれない人や、自分を変えようとする人、ふつうの話をしたつもりなのにアドバイスが飛んでくる人とは相性が悪いと思っている。

ずっとしゃべり続けている人とも相性が悪い。ずっとというのは、1時間あれば58分はその人がしゃべっているというケースである。

私は人と話すのが好きだから、そういう人から「凛花ちゃんは聞き上手だね」と言われてもやっとしてしまう。

(ちがう、口を挟む余地がないんだ……!)

波風を立てたくないからそういう本音を言わずにがまんしているうちに疲れてしまう。


でも、私の視点で見れば「いやだなあ」と思っても、別な人にとってはかけがえのない友だちでもあるのだろうな、と思っている。

だって、なんでもやってくれるというのは面倒見がいいということだ。
アドバイスだって人によっては決めてくれて、教えてくれて、すごく助かるというのもあるだろう。

だから「自分と相性が悪い」という注釈がつく。


そう思うようになったのは、自分がしゃべりすぎてしまったのがきっかけだった。

友だちと話していて「ごめん、私ばっかり話してない?」と聞いたことがある。するとその子は「ううん。そんなことないし、むしろずっとしゃべってくれたほうが助かる。もっと聞かせて?」というのだ。

「え、なんで!?」
「あたし、人の話を聞いてるのが好きなの。それに、自分のことを話すのがあまり得意じゃないんだよね」



そんな中でもたまに「やばいかもしれない」という直感が働くことはある。これに関しては98%当たっていると思う。今回も、初見の印象がまさにそうだった。


さて、「見破るちから」は有効活用できるかというと、決してそうではない。わかったところで「じゃあスパッと切ろう」みたいなことができないからである。

初見で感じたわずかな違和感を根拠に、相手とのつながりを断ち切ってしまうのはもったいない。


9割見破れると書いたけれど、”残りの1割”の例があるからだ。
これは「相手がまったく素を出していないケース」なのである。人見知り過ぎて感じ悪く映ってしまう。これは私自身にも覚えがあって、緊張していただけなのに相手を怒らせてしまったことがあった。
だから、向こうの緊張が取れてきたらかけがえのない友人になる(逆にわたしの緊張がやっと解けてみたいなこともある)ケースが多々あった。


くだんの知人とは、何度も会ったことがあったのだけれど、話していて「私とは合わなそうだなあ」と思っていた。
なんなら、ぞわぞわとした不安を覚えてもいた。これまでの経験上、笑ったときに目の光がないことや、すっかり慣れても視線が合わないことなど、共感よりも正論といった複数の要素が組み合わさっているのは危険なのである。

もちろん、単体であれば、人見知りだったり、緊張していたり、トラウマがあったり……と理由や背景はあるのだと思っている。問題は、そうした過去の経験に照らし合わせた要素が「複数」組み合わさっているという状態だ。

具体的にいうと、言語化しにくい違和感が、初対面のわずかな時間で5つ以上あれば「この人に近づくのは危険かも」と疑っていいと思っている。


だからといって、この見破るちからは役立つわけではない。

だって、思えばずっと前から、頭のなかにアラームは鳴り響いていた。

それでも向こうがとても優しくしてくれるし、話せばたのしいし、誘ってくれるものだから、私はその考えを封印した。話しながら「うーん」と思うことがあっても、もやもやしてしまう自分自身のほうを責めていた。


強いていうなら「なんでこの人が……」と裏切られた気持ちになるよりも「ああ、やっぱりそうか」と諦めた気持ちでフラットに受け止められることが利点かもしれない。
それから「友だちになろう」と、ほかの人より深く関わらなかったことも。


過去に、初対面で20個くらいの違和感を覚えた相手がいた。

けれども彼女にはすごく慕われて、いつも一緒にいるようになった。
すると、どんどん疲弊していく。責められたり、利用されたり。でもとにかく優しくしてくれるから長いこといっしょにいて、最後は悪口を言いふらされて終わった。
すごく傷つけられたけれど、関わらなくてよくなったらストレスが一気になくなったことも覚えている。

そういう意味でいうと、この見破るちからは、巻き込まれないためには生かせないかもしれないけれど、心に受けるダメージをすこしだけ軽くしてくれるのかも……なんていうことを思う。



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三條 凛花 最後までお読みいただき、ありがとうございます♡