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【ファンタジー小説部門】『√365』│この恋が終わるとしても、私ができることは。

▼このお話は『√365』の一部です。「序章」を読んでいただければ、あとはどこからでも1話完結で読めます。


#創作大賞2025
#ファンタジー小説部門




ゆで卵の殻をむいていたら、ぎゅっと後ろから抱きしめられた。一瞬硬直したあと、ふわりと温かい感情が広がって、斜め後ろに顔だけを向ける。

「……おはよ」

涼介は、腕をほどくと、あくびをしながら言った。前髪が一部だけぴょんと跳ねていて可愛い。

「ウインナー、焼いていい?」
「うん」

私が頷くと、彼はウインナーに切れ目を三本ずつ入れて、フライパンに入れ、焼きはじめた。

少し、ほっとする。前に付き合っていた年上の彼は、料理が得意で、私の至らなさに呆れているふしがあった。その前の彼は、座ったまま料理ができあがるのを待っていて、文句ばかり言う人だった。

会話もないのに、流れる空気がなんだか心地よかった。



「これ、ほうれんそう? 苦味がうまいね」

「菜の花だよ」

 料理をテーブルに並べながら答えた。
 菜の花とゆで卵、ツナは、マヨネーズとめんつゆとすり胡麻で和えている。私はからし和えも好きだけど、彼はこちらの方が好きそうだと思った。

「ふうん」

 まだ年若い彼は、感心したように言った。
男性だからなのか、若さのせいか、野菜や魚のことをあまり知らない。

「春が旬の野菜はね、苦いのが特徴なの。菜の花、ふきのとう、せりに山菜……」

「うーん、どれもわかんねぇ」

 彼はお皿から視線を上げずに、でもにっこりとした口元で言う。私は黙って、自分の席についた。


日曜の朝だった。テレビでは戦隊ヒーローが戦っている。

「わ、なつかしい。涼くんのときは、なんだった?」

「キノコレンジャーかな。エノキグリーンが好きだったな」

涼介は懐かしそうに目を細めた。
若い恋人がいる。気恥ずかしくもあり、誇らしくもあり、……そして、寂しい。話題のトーンが合わなかったり、好きな曲がかぶらなかったり、共通の話題が見つからないことがよくあった。



 週明けに出社すると、今年の新人たちが研修で来ているのを見かけた。
 垢抜けない真っ黒なリクルートスーツ。黒い髪。そうそう、新入社員の間は、新人研修が終わるまで、そうした地味な見た目でいることが義務付けられていたっけ。

 就活が終わった途端茶髪にしたから、研修のときに注意を受けたのを思い出した。


 でも、そんな垢抜けない格好をしていても、彼女たちは眩しいくらいに輝いて見えた。

 「お肌の曲がり角」なんて実感のないまま、29歳になった。自分でも、割と綺麗な肌をしていると思う。若く見えちゃうかも。
でも、新入社員の子たちを見てその自信は打ち砕かれた。

 私の肌と、明らかに違ったのだ。ふっくらとハリがあり、そして、艶めいていた。鈍い光を反射するような、みずみずしい肌だった。
 それは、気づかぬうちにゆっくりと衰えていた自分の肌とはまったくの別物だった。


 新卒で入社したころ、少し年上の先輩たちが「22歳っていいなあ。若いなあ。あたしなんかもうオバサンだからね!」と話すのが不可思議で仕方がなかった。ほんの5、6歳くらいしか変わらないのに、と。

 子どものときなら大きな差だけれど、おとなになった今、見た目にはそんなに差がないように思えた。

 ーーそんなに、自分を卑下しなくたっていいのに。みんなきれいで、知性的で、十分に魅力的だった。



 でも、その思いは1年後に打ち砕かれた。私もまた同じ言葉を新人にかけていたのだ。

 年下目線で見ると年上の人と自分とはあまり変わらないように思えるのに、自分より年齢の若い子の前では、知らずと気後れしてしまう。

 女の20代は、1年1年が大きな壁なのだと感じられた。そして今、最後の1年に差し掛かったとき、奇遇にも若い恋人ができた。
何度も、新手の詐欺では無いかと思った。でも今はもうどうでもよかった。嘘でもいい。今を楽しみたかった。


「ねえねえ、なんでさ、春の野菜って苦いの?」

 涼介が無邪気に尋ねる声で、はっと現実に引き戻された。精悍な顔立ち。浅黒く日に焼けた肌。
 今年の新人と同じ学年のはずだ。彼の肌もまた若い。眩しい。

 目の前の恋人にも気後れを感じつつ、私は「せっかく芽吹いたところを、鳥や虫に食べられてしまうと困るから、だから苦味があるんだって」と早口で答えた。
 彼は満足そうに笑った。


「ミィちゃん、本当、頭がいーなー」

 年甲斐もなくぼっと頬が熱くなった。

 この感情はこれからどうなっていくのだろう。それともやっぱり私は騙されているのだろうか。

 30代になったら。40代になったら? やはり気後れを感じるものなのだろうか。自分だけが早く老いていく。その兆候はすでに十分に出ているのだ。そうして、そんな私は涼介に捨てられてしまうのでは。

 せり上がってくる不安を飲み込んだ。今、できることをしよう。知識だとか所作の美しさだとか、料理のセンス。そういうものはきっと、積み重ねていくことで深まっていくはずだから。

 この恋が終わるとしても、続くとしても。今の私にできることは、今日の自分を大事に、磨いていくことだけなのだ。




(2,000字)






私信:
昨日公開分で今週の「なんはな」終わりの予定だったんですが、
キノコレンジャーを見てほしくてタグつけちゃいました…笑

ベニテンレッド
シイタケブルー
エノキグリーン
ヒラタケイエロー
マッシュピンク

で構成されています。敵はナメクジ軍団です。

(なんのはなしですか)


ちなみに、女性4人で集まった時に、キャンディキャンディ、セーラームーン、おジャ魔女どれみ…と世代が別れて話題が合わなかったのがこのお話のきっかけです。わたしはセーラームーンとおジャ魔女どれみ両方にかぶってる感じ。さらに下に行くとプリキュアですね。


▼この小説は『√365』の一部です。どのはなしから読んでも大丈夫な短編集ですが、序章と終章を読むと印象が変わると思います。

▼前回更新したのはこれ。


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三條 凛花 最後までお読みいただき、ありがとうございます♡

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