『透けるノイズ』の舞台裏
ミステリー小説『透けるノイズ』を書いたときの裏話と、舞台設定についてお話ししてみようと思っています。
この作品を思いついたのは、船の上でした。
家族になにも言わずに、ショルダーバッグひとつを持って島へ向かったある春の日のこと──。
もちろん、わたしがそうしたのは、家出でも失踪でもありません。
ちょっとスーパーへ出かけるような気軽さで、ふらっと船に乗り込みました。
香川県に住んでいます。
高松港までたどり着くことさえできれば、そこからはたった20分──都内で働いていたときの通勤時間よりもずっとずっと短い時間で、島に行ける環境です。
しかも高松港はJR高松駅という一番大きな駅から歩いてすぐの場所。車を持たないわたしでも、公共交通機関を乗り継いでアクセスしやすいのです。
船が出発して、少しずつ港から離れていくとき──開放感よりも、不安のほうが大きかった。
母親なのに。……とだれかに責められているような、気分。
そんな中、視界が自分の髪の毛でいっぱいになりました。歩いていたときは暑かったのに、船の上は肌寒くて凍えるくらい。目の前には底の見えない、翡翠のような海が、きらきらと光っています。
ふと思いました。
──いま、わたしが消えてしまったらどうなるのだろう?
だれにも気づかれないのでは。
そんな怖いことに気がつきました。
「おねーさん、1枚でいいん?」
島でチケットを買う機会があったのですが、そのとき、わたしは硬直しました。
呼称については気を遣ってもらったのかもしれないけれど、こういうときは必ず「お母さん」と呼びかけられるからです。
これまでのわたしは、9年間ずっと「母」でした。
子どもが幼稚園や学校に行っているほんのわずかな時間だけ、わたしはわたしという一人の人間でした。
自分のなかでは「機嫌のいい母」でありたいという気持ちがすごくあるのだけれど、残念ながらわたしは要領が悪いし、こころと頭のキャパも人より少ないのではないか──そんな中で、数時間ひとりの、肩書のない自分になった時間は、とても大きかった。
その日はいつもよりたくさん動けました。
▼そのあたりの話は(落ちてしまったけれど)このエッセイに書きました。
この作品のなかには、ふたつの「感覚」が登場します。
ネタバレになるのでそれがなにかは後半で書きますが、これはわたし自身が持っているものです。ひとつは生まれつき。もうひとつは、努力して身につけた後天性のもの。
創作したり、なにかを覚えたりする上ではすごく役立っているけれど、ある日それが、生活していくうえで「ノイズ」になっていることに気がついたんです。
もしかして、だからわたしは、人よりも疲れやすいのかも……? 気づいたところでどうにもならないけれど、ちょっと、ほっとしました。
原因がわかれば、少しずつでも工夫ができるからです。
さて、もうひとつ、作品を書くに当たって大切な要素。それが、SNSです。noteも含みます。ネットの海に、自分のことを流す、ということ。
わたしは極力、その日にあったことをSNSに書かないようにしています。
それは特定を避けるためです。
予約投稿したり、下書き保存しておいて後日出したりしています。量産型の服以外はなるべく写り込まないようにもしています。
ある日、SNSで意図せず身元を知ってしまった女性がいました。
見知らぬ人でした。
たまたま県内の行きたい場所の口コミを探すべくインスタ投稿を探して見ていて。
目に止まった綺麗な写真からトップページに飛んだときのこと……。
最初に出てくるほんの数枚の写真とプロフィールだけで、その女性が近所に住む、子どもと同じ学校のお母さんで、習い事まで一緒で、職場がどこかまでわかってしまったのです。
調べたわけじゃない。
ひと目ですべてがわかってしまって、逆に怖くなりました。
その後、参観日のときに「あ、あの人だ」と思いました。
一度、話す機会すらあったんです。
もちろんわたしからは話しかけなかったけれど、秘密を知ってしまったような後ろめたさをいつも持っています。
知ってしまったことでなにかしようなんて思うことはありません。学年が違うので関わることはないだろうけれど、もし友だちになったとしても言わないと思います。
でも、それをもし、不審者のような人が見てしまっていたら……。
子どもの名前も学年も、自宅の場所も……。すべてわかっているって、怖いなあと思いました。
そういう時代だからこそ、この物語を書いてみました。
情報の便利さ、怖さ。
一番不安だったのは「トリック」でしたが、それを検証できる企画に恵まれて、自分でやってみたところ、できました。
この作品は、創作大賞2025の中間大賞のミステリー小説部門を通過しました。
がんばって書いた作品ですが、意外でもありました。
閲覧数も❤も他作品と比べてほとんどなかったからです。
それでも読んでくださった方が、力を分けてくださったからこそなのだと、そう思います。
本当に、ありがとうございます。
わかりあえない苦しさ、嫉妬に好奇心……そして、現代ならではの悩みや怖さを詰め込んだ作品にできたかな、と思っています。
未読の方も、機会があれば読んでみてもらえるととってもうれしいです。
↓ここからネタバレありです。
2つの能力について
わたしは「共感覚」と「絶対音感」を持っています(……と自分では思います)。
そしてそれが相互に作用して、喧騒の中だとぼうっとしてしまうことがあるんです。
絶対音感は、6歳から習ったピアノで、聴音をしていくうちに身につきました。
子どもたちがピアノを習いはじめ、わたしもまた弾くようになってから、以前より精度が上がった気がしています。
たとえば、バスに乗っている間……。
ドアが開いたり閉まったりするときのブザーもすべてドレミで聞こえる。音楽を聴くと、歌詞よりも音に意識が持っていかれます。
わかりやすい例でいうと、
「ドはドーナツのド♪」
じゃなくて
「ドーレミードミードーミー」
という「文字」が頭に浮かびます。
だから、文字が二重に見えるような感覚で、歌詞が覚えられない。かなり意識して練習しなければ覚えられません。
ここに共感覚がどう作用してくるのか……。
これは「ドレミファソラシ」にそれぞれ色がついて見える、というか、感じられるような感覚です。
ドレミの歌が流れたとしたら、
「ドーレミードミードーミー」
「赤 黄 緑 赤 緑 赤 緑」
という2つの情報が頭に浮かびます。
さらに指先が、ピアノを弾くみたいに、実際に動くわけじゃないんだけど、弾いているような感覚がある。
目の前に鍵盤が浮かぶ。
こんなふうに、全身を使って、むだに情報を受け取ってしまっている感じです。
だから、夕飯したくや雑務をしているとき、家のなかにたくさんの音があるとフリーズしてしまう……みたいなところがあるんです。
スーパーなどのBGMも苦手です。
頭のなかにずっと、そのドレミが流れていて、色がスパークするみたいな感じで、買うものを忘れてしまう。
数年前まで、ここまでではありませんでした。もっとふつうだったと思う。ピアノを再開し、絶対音感の精度が上がってから起きている現象です。
でも、人に言ってもきっと、信じてもらえない。
現に家族にはわかってもらえません。
ふと調べてみたら、絶対音感を持つ人は、同じような悩みを抱えていることがわかりました。
もう少し広く、伝えることはできないだろうか。
うそだと思われそうで怖いという気持ちとせめぎ合いながらも、ストーリーを組み立てていきました。
なお、拓海にも「能力」があります。
速読と記憶です。
記憶は「漢字やひらがななど文字ベースの組み合わせで見たもの」を記憶しやすい言語優位を想定したので、数字にはちょっと弱い印象で書きました。
数字は、共感覚のある澪のほうが覚えやすいと思います。
わたし自身もそうで、算数や数学は壊滅的だったのですが、数字の組み合わせ次第では長いものを覚えられます。色で覚えているからです。
組み合わせ次第というのには理由があって……
「1」「5」「0」については、ほかの数字と並んだときに色が消失して見えてしまうのです。
だからたとえば、
23246876 みたいな数字なら覚えやすいのだけれど
10501105 だと覚えにくい……
という謎現象が起こります。
舞台について
さて、この作品は、わたしが住んでいる香川県の中でも、高松市中心部と離島を舞台に設定しました。
せっかくなのでシーンと合わせて写真でご紹介したいと思います!
離島は、設定では女木島になっていますが、ロケーションは女木島と男木島両方をイメージしながら書きました。









海の見え方イメージ。
※こちらはカフェのダモンテ商会さん。
たこめしはない。

船に乗る未零を見ていた場所
そのほか、駅は皆さんからXでアンケートを取り、「ことでん瓦町駅」に決まりました。
何度かいったことはあるものの、改めて実際に足を運んでみて、ことでんにも乗り、書きました。
トリックについて
トリック……というほどでもないのですが、この作品のキーになるのは「特定」でした。
他人の文章から、特定ができるのか?
文章を書くときのくせから見抜けるのか。
このあたりに不安がありました。
でも、特定は、できる。
マスクド★noteという、本田すのうさんの企画に参加してみて、確信を持ちました。意図して擬態したり、隠したりしなければ、たくさん読みこむことで名前を隠してもだれの文章なのかわかる可能性がある、と。
わたしはシーズン2回を合わせて、正答数は19名。50%くらいです。
擬態がある場合や、ライフスタイルなどの条件に引きずられたもので、もし、「無意識に書いた文章」であり「ヒントとなるライフスタイル情報」が出ていればわかると思いました。
以上が、この作品を書くにあたっての舞台裏でした。
結果がどうなるかはわからないけれど──このまま進んでくれたらうれしいなと思っています。
そして、小説を書くきっかけをくださったすべての方にも感謝を。
なお、どの作品にも必ず合言葉を忍ばせています。
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最後までお読みいただき、ありがとうございます♡