翠の泡 │ 掌編小説
メロンソーダの中に、しゅわしゅわと浮かんでは弾ける泡を見ていた。
儚くてうつくしいものが好き。泡だとか蛍の光だとか。そういうものだけでいい。世界をコラージュするみたいに、今は小さなスケッチブックの中に描いている。
克也と私は、ふたりきりの美術部だった。先輩たちの卒業で廃部の危機になったが、友だちが名前だけ貸してくれて存続できた。
私は克也の描く絵が好きだった。
大胆な構図。独特な色使い。そこには繊細さなんかなくて、ちょっと奇抜で、私が好きで描きたいと思っているものとは180度違う。それなのに、なぜか無性に惹かれた。
だから、彼の絵が出来上がっていく様子を眺められる場を、なくしたくなかった。
ある梅雨の部活の帰り道だった。
夕方まで降っていた雨のせいで、舗装されていないあぜ道はしっとりとしめっていた。青くさいにおいが立ちのぼってくる。
夜空にふよふよと浮かぶ蛍。
夢みたいにうつくしかった。やがて光が近づいてきたかと思うと、てのひらに止まった。明滅するペパーミントグリーンの光──。
「ひっ」
手を前に突き出すようにして自分から遠ざけた。
光が浮き彫りにしたのは、黒い虫。克也はなにも言わずに蛍の足もとに手を添える。手と手が重なってどきりとしているうちに、蛍は静かに克也のてのひらへと歩き、そして、飛んだ。
「高校もトマちんといっしょかあ」
菜美子がにやにやして言う。目もとがゆるむ。彼女は私の頭をぐしゃぐしゃにしながら「かわいい!」と抱きしめた。
「スイはさ、ずっとトマちん一筋だね」
苫地克也は、目立つタイプではない。背の順ではずっと一番前で、私と隣同士だった。名前と身長から、ミニトマトのトマちんがあだ名。
克也というのは、私だけの、特別な呼び名だった。
新しい制服は、深い緑のブレザーだった。
入学式の翌日。着慣れない制服を、何度も鏡の前で確認していると、克也が迎えに来た。私たちは他愛のない話をしながら、電車に乗って高校へ向かった。
迷わず美術部を選んだ。
「田代さんの絵は……なんていうか、綺麗すぎると思う」
赤坂先輩が私の絵をのぞきこんだ。
「上辺だけ掬いとったみたいな感じ……。綺麗なだけの絵だったら、誰でも描けるんだよね。パッションがないってゆーかさ」
私は曖昧に笑って、それから水入れを洗いに席を立った。
入れ違いになったのだろう。廊下に「克也くーん!」という華やかな声が響いた。
「今度、炭酸喫茶行こ」
高校に入って克也は変わった。なにかが違う。不思議に思っているうちに、あっという間に目線が高くなった。そのうちに絵のコンクールで大賞を取り、周りからの扱いが変わった。
もうだれも、ミニトマトのトマちんなんて、呼んでいなくて。本当は喜ばなきゃいけないはずなのに──。
「てか田代さんの名前変わってるよね。すいかでしょ、すいか」
きゃらきゃらと笑い声が弾ける。方向転換。トイレの個室でじいっと呼吸をくり返して、それから、笑顔を貼りつけて戻った。
夏休みになった。
部活のあるその日、克也が迎えに来るよりも早く家を出た。そうして学校のある駅で降りずに、そのまま揺られてみた。トンネルを抜けると、海が広がっていた。波間に光がちらついていて、引き寄せられるように降りていた。
砂浜に降りず、石のベンチに腰かける。小さな子どもが目隠しをしてふらふらと歩いているもが見えた。木の棒を持って、親や兄弟の声に導かれるように歩いていく。
ぐしゃり。なにかが弾けとぶような、音。
赤い果肉が飛び散った。緑の硬い皮といっしょに。
自分と同じ名をもつそれの末路を見ていたら、なんだか、一度死んだみたいな気分になった。
どれくらいここにいただろう。海に溶けていくみたいに、熱く燃える夕日がじゅっと消えていった。
克也が現れることはなかった。当たり前だけど、少女漫画みたいなことなんて起こりえないのだ。
部活を、やめた。
夏休み最後の日。縁側に寝そべる。
母が育てているミニトマトが目に入った。熟れた赤色があの海の夕日みたい。洗いもせず口に放った。甘い。ミニトマトは子どものころからきらいで、頑なに食べずにきたけれど、そうか、甘いんだ。
どんどん口に運ぶ。すこし迷って、熟れていない緑のトマトを口に放った。そのとき。舌にぴりりとした痺れが。
「すいか!」
背中を強く叩かれた。勢いで口から緑の欠片が飛び出す。
「毒だぞ」
克也だった。
もう私が知ってる克也じゃない。ミニトマトのトマちんなんて呼ばれない。人気者の苫地克也。
「しってるよ」
「ばか」
「へへ」
克也は持っていたペットボトルを私の口に突っ込んだ。うがいをしたら少し落ち着いた。
「ミニトマトの毒ってさ、トマチンっていうんだって。死ぬならそれがいいなって」
「死なないよ。30kg食べなきゃ死なない」
「しってるよ」
メロンソーダの中に、しゅわしゅわと浮かんでは弾ける泡を見ていた。
入口のベルが鳴る。部活帰りの克也に手を振りながら、チェリーを口に放った。
(2,000字)
あとがき
「フフ……あなた、嫉妬してるのね……」
これはわたしが10代だったころの、先生の言葉。
「何の話ですか」
「それよ! それ! 服が緑じゃない。緑は嫉妬の色なの」
先生はなにがおかしいのか、ずっとひとりで笑っていた。この言葉がずっと残っていた。
2,000文字で書くならどこから、というお題を見たとき──。
わたしの頭のなかに浮かんだのは「色からかな?」だった。ふだんは、もやもやしていることを昇華するように書くことが多いけれど、創作大賞で頭のなかは空っぽだ。
違うアプローチが必要だと思った。
何色の物語を書こう。そのとき、先生がひょっこりと顔を出した。そうしてわたしに言うのだ。
「緑は嫉妬の色なの」
▼先生のはなし。
そこでわたしは、ノートを開いて、緑のものを漁った。メロンソーダ。蛍石。蛍の光……。
ピンときたキーワードを適当に検索していくと、いろんなアイディアが出てくる。それをLINEのひとりグループに打ち込む。


ストーリーはまったく見えなかったが、ある程度出揃った気がしたので、書きはじめた。
書くというよりも、映画を観てそれを記録するように描いていく。
青い、未熟な恋が生まれた。
この年ごろ特有の、世界が狭い感じだとか、危うい感じだとか。
そういうものを閉じ込めて、嫉妬のスパイスでくるんでみたら、普段とは違うものができて、満足した。
>豆島圭さん
参加させていただきました……! すごくたのしかったです。ありがとうございます。
送迎の合間に書いたので、すべりこめてほっとしました。
#今2000字で書けって言われたらどこからの発想で書き始めますか
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最後までお読みいただき、ありがとうございます♡