【日だまりに溶ける】 │ 先住猫の寵愛を夫に奪われた私、ヤンデレ猫ちゃんに溺愛されています……? #3
予感があったのかもしれない。
小部屋でまるくなって眠る猫のフカを見ていたら、なんだか、胸がきゅっと苦しくなった。
秋の窓ぎわ、チョコレート猫 (0日目・木曜日)
もう着替えてしまっていたから、服を汚すわけにはいかなくて、ペットシーツで包むようにして、そっと抱き上げた。
手足が突っ張るように硬くって、運びにくいけれど、暴れる様子はなかった。
隔離していた小部屋からいっしょに出て、フカの定位置である窓際へと運んだ。
「あれ、フカ、出てきたの?」
5歳の息子が、テレビから目を離した。
「うん。でも、フカしんどいから近づかないでね」
「はあい」
息子は間延びした返事をした。
水に飛び込むように猫にダイブする性質を持つ彼に話が伝わっているのか心配で、さらに二回ほど念押しした。
「あ、あと! そろそろ着替えてよー」
「シーン……キコエマセン」
「こら!」
息子とわたしは笑った。
フカが先住猫や子どもたちに追いかけられてしんどくならないように。
そして、フカが弱った姿をあまり見せないように。
ここ数日、子どもたちが出かけたあと、数時間だけ部屋の外に出していたのだ。
わが家のリビングは、季節で明るさが変わる。
夏は暗くて涼しい。床のタイルもひんやりしている。

下:秋冬のリビングは午前中とても明るい
一方、秋口にかけて太陽の位置が低くなると、窓際に日だまりができて、午前中とても明るく、暖かくなる。
だから猫たちは、季節によって居場所を変えていた。
ちょうどこの時期は、庭の木が風に揺れる影と、ブラインドの影とで身体を縞模様に染めながら、窓ぎわで半分溶けたチョコレートみたいに眠る姿がよく見られた。
日に透けて金色に輝くふわふわの毛を見ると、自然と頬がゆるんでいた。穏やかで、あれは、幸福の象徴だった。

フカは、前の週に手術をして、日曜日に家に帰ってきていた。
トイレを自分でコントロールできなくなり、嘔吐もあったりして、何度も拭いてあげたけれど、ひどく毛が汚れていた。
窓際に敷いたペットシーツのうえに、慎重に寝かせる。タオルをふわりとかける。
窓際は外の音がよく聴こえる。
バサバサと響いた羽音に、フカの目がぱちりと開いた。
隔離部屋の中でひたすら丸くなってけだるげに寝ていたフカが、しっかりと顔を持ち上げて、外を見ている。
向かいの家の屋根にはよくハトが止まっており、フカは、そのハトに向かって唸り声を上げるのが日課だった。
その日も、声こそ出さないものの、淡い蜜柑色の目は、飛び立つハトをしっかりと捉えていた。
▼この記事は、以前書いた「ヤンデレ猫ちゃん」シリーズの続き。この話からでも読めるように書いてあるけれど、最初から読んでもらえたらうれしい。
変化した朝ルーティン
流動食をつくってフカに食べさせる。
シリンジなどの洗いものをする。
隔離部屋の床を掃除する。
朝に新しいルーティンが加わったのに、いつもの時間割のまま過ごしていたから、メイクが終わらなかった。
帰ってきたら増えたルーティンの差分を計算して、スケジュールをつくろう。
そう思いながら身じたくを進めた。
この日は、コンタクトを入れるのに手間取った。たまにうまく嵌らないときがある。その日もそうだった。
そこに時間を取られ、アイシャドウもマスカラも、間に合わなかった。目尻だけアイラインを入れ、いつもより少し濃い赤のリップでごまかした。
アラームが鳴った。
時間切れだ。
時計を見なくても遅れない秘策がある。
日々のルーティンをすべて、iPhoneのアラームにセットすること。
アラームごとに名前を設定できるのが便利なのだ。
このとき鳴ったのは「トイレ」のアラーム。息子にトイレへ行ったか確認する時間。
5分後には「玄関に移動!」の音が鳴るはずだ。
月曜日から金曜日まで、決まった時間になると鳴る設定にしてある。
だから、これまで遅刻知らずだった。
最近加わったのが、1日4回の流動食をあげるタイミングをお知らせするアラームだ。
フカのごはんは、3~4時間に一度あげる必要があり、絶対に忘れられない。
午前中も午後も含まれるので、外で鳴り出さないように振動だけのモードにした。
朝ルーティンのように、自動で決まった曜日・時間に鳴らすこともできるけど、このケースではむずかしい。
その日の予定に合わせて朝に設定し直している。
メイクを終えてドアを開けると、息子は、再三伝えたのにパジャマのまま突っ立ってテレビを見ていた。
「着替えてって言ったでしょー!!!」
低い声で雷を落とし、急かして家を飛び出した。
ランタナと他人事
「ランタナ、ランタナ♪」
隣の家の生け垣から飛び出しているランタナを見て、息子が適当な即興曲を歌い出す。
5歳の息子は植物が好きだ。
特に好きな花の一つがランタナ。
小花がいくつかまぁるく集まって、手毬のような花が咲く。
形は紫陽花に似ているのだけれど、ずっと小ぶりで、色味が派手なのも特徴。
息子は、赤や黄色やピンクといった明るい色の花が好きなので、白や黒や紫の花を集めてシックさを目指しているわが家の庭は、あまりお気に召さないようだ。
「フカちゃん、入院してたんですよね。その後どうですか?」
ママ友に声をかけられた。
家に何度も来たことがあり、フカのこともよく知っている人だ。
フカの介護にあたって家を3時間以上離れられなくなったこと、フカが汚れてしまっているので家に招けないことから、この間予定をキャンセルさせてもらった。
そのときに事情を伝えたのだった。
わたしは、いつもより薄い目元を気にしながら「うーん」と、曖昧にわらった。
「腎臓ですか?」
声をかけてきたのは、話したことのない人だった。長いカールした茶髪の、ずいぶん、若いお母さんだ。
「わかります、旦那の実家の猫も、腎臓悪くして死んだんですよー!」
その人はにこにこして言った。
本当に悪気がない、ただの雑談という感じだった。
しん、と手足が冷たくなる感覚を覚えた。
「そうなんですね」と、ぎこちなく笑顔を作れていたかどうか。
「ペットは死ぬからね……あたしは飼えないなぁ、子どもが可哀想で」
わたしの目はたぶん赤くなっていたと思うのだけれど、そのひとは、気がついただろうか。
自転車に乗って坂道をのぼる。
うるんだ目元を押さえる。
──なんなんあの人、むり、一生むり!
声に出さずに、心の中で悪態をつきながら、重たいペダルを漕ぐ。
「しんだって、なんで笑えるの」
涙腺が壊れて何日目だろう。
わたしは部屋着にオーバーサイズのカーディガンを羽織っただけの格好で、いつものカフェの前に自転車を停めた。
わずかに残っている薄いメイクが崩れないように、目の端をぬぐう。
いつもはきちんとした服を着て来る場所だから、ざわざわして落ち着かない。
子どもを送ったらそのままカフェに行き、昼まで仕事をするのがわたしの週に数回のルーティンだった。
場所を変えることで集中力が保てるのと、ワンオペ家事育児をしていて、長期休暇になると一人の時間がまったくないからだ。
限られた時間を、全力で楽しみつくそうとしていた。
カフェの店員さんに「いつものでいいですか?」と言われるくらいには馴染んでいた。
でも、外で仕事をするのは、フカが入院した日にやめた。通院のためというのもあるけれど、少しでも長く家にいたかった。
日だまりと清拭
いつものアイスティーをテイクアウトして戻ると、リビングには、フカしかいなかった。
わたしが出かける前と変わらず、陽だまりの中でごろごろしている。
夫はまだ眠っているらしい。
かつて、フカにベッドから追放された夫は、また寝室に戻っている。
フカがいない寝室では正直眠れないので助かった。
その日遅番で、昼前に出社する予定だった夫は、遅く寝て、遅く起きた。
数日前、フカが手術を終えて退院してからは、書斎で仕事をするのが日課になっていた。

たまにフカの様子を覗きに降りてきていたけれど、気持ちよさそうにしているフカを隔離部屋に戻したくなくて。
子どもたちもいないし、出してみたら意外とバロが威嚇することもなかったからいいだろう……。
折りたたみテーブルをリビングに持ってきた。
パソコンを充電ケーブルにつなぐ。横にアイスティーと3冊のノート、それから、ペンを並べる。
「フカ」
たまに声をかけて、背中を撫でた。
ふわふわでしっとりした毛並みだったのに、ぼこぼことした骨の感触が目立っていた。
顎の下に入るように、お気に入りの毛布を置いた。
何枚か写真を撮った。
今までは多様な表情やしぐさをカメラにおさめてきたけれど、その日は寝ているものしか撮れなかった。
近づくだけでゴロゴロと喉を鳴らしてくれていたのに、入院して以来、フカはわたしに甘えなくなってしまった。
あの緩みきった表情が見たい。
もう一度、全身で「好き」と表現してくれているような姿を、見せてほしい。
「きょうは病院休みやし。フカの身体さ、拭かん?」
起きてきた夫が、冷たい麦茶を飲み干して、言った。
それまで、わたしたちは2週間ほど、休診日以外は毎日病院に通っていた。
フカの入院中は、面会と検査結果を聞きに。退院して家に戻ったあとは、点滴のために。
手術前から「治らない可能性はある」と聞いていたけれど、手術が成功しても数値があまりよくならなかった。
昨日は大量に吐いてしまっていたので、休診日だけれど、また吐くようなら診るから電話していいと先生が言ってくれた。
温めたタオルと猫用のドライシャンプーを用意して、ふたりがかりで体を拭いた。
「フカ、痩せたな」
夫が言い、わたしは頷いた。
フカは汚れた部分を拭かれるのをいやがって、普段わたしにはあげないような、低い唸り声を出した。
結局、汚れもにおいもあまり取れなかった。
フカがずっと好きだった床暖房をつけ、あたたかい日だまりの近くに寝かせて、早く体が乾くようにした。
これまで、床暖をつけると、フカはどこからか察知してやってきて、暖かくなったタイルの上に、雪が溶けるようにしゅわっと寝転ぶのを、思い出した。
先住猫のバロが、フカのにおいをかいでいる。

汚れてしまう前のもの。
バロは違和感を覚えているのだろう。
いつもなら念入りにしつこく毛づくろいして、フカから猫パンチを食らうまでがルーティンなのに、しなかった。
そわそわした様子で、しばらくフカの周りをうろついていたが、やがて二階に消えていった。

フカの毛づくろいをするバロ
終わりが近いのだろうと、わかっていた。
だから、わたしはフカのチューブに流動食を流し入れるたびに、子どもたちに気づかれないよう、声を押し殺して泣いていた。
隔離部屋には、ウェットシートとティッシュを置いておき、すぐに母の仮面をかぶれるようにしていた。
でも、それが。終わりが。
今日だなんて。
さすがに思わなかったのだ。
あとがき ─ 8日目の夜について
あえてこのタイミングで、長い長いこのエッセイの結末よりも、ほんの少しだけ未来の話をしたい。
「8日目の夜」について書こうと思う。
8日目の夜、真夜中。
しばらく続けていたルーティンをやめたわたしは、あるサービスに申し込む許可を、夫に乞うていた。
少額のものならそれぞれ勝手に決めていたけれど、そうじゃない場合、お互いなんとなく相談する流れになっていた。
反対されるかと思ったけれど、意外なことに「好きにしたら」と言われた。
「絶対にダメ」の回答を想定していたから、無意識に体を強ばらせていたし、あらかじめ理由10選を考えていたので、拍子抜けした。
飛ぶように書斎へ戻り、すぐにメールを打った。
ふだんは見直しだけで時間がかかってしまうけれど、もう、そのまま送ってしまった。そうしないとやめてしまいそうだと思ったのだ。
そして、ふとんでゴロゴロしていたけれどむくりと立ち上がり、パソコンを開いた。
そのまま勢いで書き始めたのがこの章だ。
吐き気と涙のなかで、何度も下書きを閉じて中断しながら、まる一日かけて、次の「#3.5 」まで書ききったとき。
返信が届いた。
わたしは、この物語を、いっしょに辿ってくれる人を探していたのだった。
* * * * *
(──これは、一人で書くのはむりだ。)
小4から、25年間文章を書き続けている。何百万文字も書いてきたと思う。
書けなかったのは、心が疲れきってしまった1年だけ。そのときは筆を折ろうか迷った。
でも、書かずには生きられない。
そんなわたしが。
生まれて初めて「むりだ」と思った。
書く決意はあった。
でも、そのまま世に出すのが躊躇われたのだ。
だから描き切れるかわからなかった。
時は遡る。
10月24日、この話の続き。
深夜──。
わたしは絶望のどん底にいた。
かなり錯乱していた。
心拍数がおかしかった。
疲れているはずなのに目が冴えきって眠れず、ブルーライトの海で溺れていた。
そして、画面の向こうに、同じ苦しさを抱える人がものすごくたくさんいることを知る。
これからこの苦しみを味わう人も。
喪失は、誰のもとにも訪れる。
だからわたしの経験を書こうと思った。
そもそも最後まで書き上げられるかも不安だったけれど、結末まで書かないと、一生後悔する。──それは、確信だった。
このシリーズは、もともと、" #なんのはなしですか " として、
『先住猫の寵愛を夫に奪われた私、ヤンデレ猫ちゃんに溺愛されています……(?)』
という、ちょっとラノベ風のタイトルで書いたものだ。
▼ #なんのはなしですか については、コニシ木の子さんの記事へ。
10年一緒に暮らした猫が、突然体調を崩して入院した夜に、不安な中で、書けるうちに明るい思い出を記録したいと、泣きながら書き始めた。
これまでの10年、仕事でものを書いてくる過程で、わたしは極力、重いテーマを避けてきた。自分を消して、役立つものだけを探して送り出してきた。
読んだ人の反応が怖かったからだ。
ブログのコメント欄は閉じていたし、DMも受け取らない設定にした。
"なんはな"のスパイスのおかげで「これも書いていいかなぁ」「あれも書きたいな」と、書きたいけど書けなかった、自分自身の言葉や物語を、こっそりと送り出してみた。
たまに嬉しいコメントや感想がついた。ほかの誰かに読まれなくても、コニシさんが読んでコメントをくれた。
だからこそ、重いテーマでありながら、少しだけ力を抜いて書き上げることができたのだ。
ある懐かしいシーンを書くときには、笑うことさえできていた。
#なんのはなしですか を知らなかったら、タイトルをまったく違う分野のラノベ風にして遊んでみるなどしなかったはずだ。
そもそも書いただろうか。わたしの悲しみも、わたしの猫のことも、誰かにとってはどうでもいいか、と、書くことを諦めていた気がする。
「書いていい」と、背中を押して貰えた気がする。
書きはじめたときは、腰を据えて、自分のすべてを搾りきるように本気で続きを書くなんて、想像していなかった。
ここからわたしは、「ヤンデレ猫ちゃん」の、続きを書いていく。
すでに終盤近くまで、6万字以上書き終えているので、書籍1冊分に近いボリュームになると思う。
わたしが書きたいものは、"絶望と再生の物語"といえばいいのだろうか。
このエッセイで描いた10月24日から、7日間の出来事とこころの移ろいを綴っていくつもりだ。
書くのはわたしの癒しのためでもある。
でも、それだけじゃない。
やると決めた以上は、読み手になにか、光を残したい。
読んだ人をしんどくさせてしまうかもしれない。
でも、読み終えたあとに
「しんどいけど読んでよかった」
と、砂粒に混じった砂金のように、ひっそりと心に残るものを、書きたいと思った。
そのためには第三者の目が必要だと感じた。
だから、最初の読者になってほしくて、また、書き上げられるように見守ってほしくて、パーソナル編集者に申し込んだのだった。
▼後書きの冒頭でわたしがメールを送っていたのは、みずのけいすけさん。
10年ひとりで書いてきて、疲弊していたので、数ヶ月前から気になっていた。
▼みずのさんにとてもていねいに話を聞いてもらい、セトショウヘイさんが担当になってくれた。
セトさんは弟と同い年。
これまでのわたしは、身バレに徹底的に気をつかっていた。
だから、顔も声も人に見せることなくやってきた。本名なんてもってのほかで、自分に繋がらないようにとにかく気を配ってきた。
(それなのに身バレした恐怖体験は、noteに『猫に正体を暴かれた話』で綴っている)
でも、本名も顔も声も、おふたりにはすべてさらけ出して、本気で取り組んでいる。
セトさんには粗削りの刺々しい悲しさに触れてもらうことになるので、申し訳なく思いながらも「これから半年間、たくさん一緒に泣いたり笑ったりしましょう」と言ってもらえてほっとした。
この ”後書き” を提案してくれたのもセトさんだ。
「書いている姿が知りたい」と言ってもらえた。
セトさんに手伝ってもらいながら、しんどいだけで終わらない、読んだ人が後悔しない”まぁるいエッセイ”を目指していく。
だから、フカとわたしの最後の旅に、いっしょに付き合ってもらえたら、とてもうれしい。
これを公開した今日は、四十九日だ。
もうかなり終盤まで書き終えているのだけれど、なかなか世に送り出す勇気が持てなかった。
だから、供養のつもりで、思い切って、公開ボタンを押す。
▼続きはここ。公開したら追加します。
#3.5 ブルーライトの海に沈む
3.5は”ハードモード”です。”鬼”です。一番辛い部分です。
読み飛ばしても意味がわかるようにつなげるので、元気じゃない人は #4 へお進みください。セトさんにも、まずは、#4から読んでもらいました。
あるいは逆にこの夜のわたしのように、いま苦しくて明るいものが読めない人には救いになるかもしれません。
#4 夜明け前、弔花を摘む
翌日の夜明け、わたしは庭で花を摘んでいた。それはフカのための弔花。
ここから、再生の物語がはじまります。
正直なところ、立ち直ることは四十九日を迎えたいまでも、できていなくて。けれどもたくさんもがいて工夫して、なんとか7日間で少しずつ、フカのいない生活を”立て直していく”ことはできた。10/25の記録。これは、大きな一歩。

実用書作家の三條凛花です。
家事術やノート術の本を出したり、コラムを連載させてもらったり、紙モノのプロデュースをしたりしています。
役に立つことだけをモニターの向こうに送り出さなければと、それだけを価値に10年走ってきました。
けれども最近は、肩の力を抜いて書いています。
悲しい部分もあるけれど、次のハードモード回以外は、回収日以外でもやっぱり #なんのはなしですか のスパイスを入れて、まあるく書いていきたい。
( #どうでもいいか )
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最後までお読みいただき、ありがとうございます♡