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小説に書いた出来事が現実になった話

 


タダ乗りがきらいなのかも。


話していて思った。

きょうは月に1度のパーソナル編集者の渋谷さんとお話する日。
子どもたちがゲームタイムに入った1時間でいろいろ聞いてもらった。はじめのころは、たくさんメモを用意しても緊張していたけれど、半年以上も話しているとすっかり友だちのようで、気軽に話すことができる。

毎月、こうして話した内容が、ぜんぜん違う方向に飛躍して小説になっていくことがよくある。


わたしは自分が日々もやもやすることを聞いてもらうことが多い。というのも、夫に話しても、アドバイスが返ってきたり、気にしすぎだと一蹴されるだけだからだ。

否定される怖さを感じずに話せる環境は、ありがたい。


今日話した中で、どんな流れからだったかは覚えていないものの、Instagramであまり好きじゃない構文について話した。

それは「バズってるこれ、賛否両論だけど、みんなはどう思うー?」というタイプのものだ。


そこには、元ネタの引用もなく、投稿者が「バズってるけど賛否両論のアイディア」を試し、見た人に意見を問うというもの。
ひとりの投稿者ではなく、とにかくたくさん見かけるものだから、”バズる”構文なのだと思う。

他人のアイディアをオリジナルかのように発信する投稿も見られるので、それと比べたら潔いのかもしれないものの、もし自分がされたらいやだなあと思うのだ。

わたしはインスタントにバズるよりも、読まれなくてもオリジナルものを書き続けていきたい。それが愚直で何の意味もないことであっても。




創作大賞が終わったということもあり、話は小説のことにも及んだ。

商業出版した経験をベースにしたお仕事小説を書いたのだけれど、──じつは、この1ヵ月のあいだに、その中に描いた出来事が現実に起こる体験をしていた。

いや、とうの昔に起こっていて、わたしが知らなかっただけなのである。


子どもの習いごとのあいだ、ふらりと図書館に寄ってみたときのことだ。

自分の作品だと思って本を手にしたわたしは、困惑した。色が違う。──名前がちがう。


ああ、そうだ、そういうこともあったのだと息を飲む。

あのときは涙が止まらなくて。
ただ飲み込むしかなかった。

隣にある本──これこそ、わたしの本のはずだ。

そう思って手に取ったら、違う。



こっちは知らなかった。



本を借りようという気持ちが、弾けて消えた。

ふらふらと窓ぎわの席に向かった。力が入らない。足もとから崩折れるように椅子に座り込む。

窓の向こうにはたくさんの木が植わっていて、夕方の光が、わたしの手元にちらちらと木の葉の陰を落としていた。
視界の端から差し込む、夕方の金色の光が、みずいろの空が──とてもうつくしかった。

黒く吹き荒れるわたしのこころとは、うらはらに。



見つけた本をぱらぱらめくってみた。

ひと月ほど前、Instagramでわたしの書いたものをそのままリールにしたような動画を見つけて、こころが冷えたことがあった。

ここまで被るだろうか。
ちがうのはたった1つだけ。

そして気がついた。そのリールは、わたしを模していたのではない。

わたしを模しただれかを模したものなのだ。


わたしは、だれかのアイディアをつづるとき、必ずだれの出典かを書くようにしている。そのまま試したわけじゃなくても。

毎日浴びるように飲んでいる情報のせいで、だれのものかまでわからないときも、「自分のものではない」と書き添えるようにしている。




図書館の窓ぎわで、わたしは泣かなかった。視界が曇ることもなかった。

決別だと思った。

あの世界に身を置くのをやめたいのかもしれない。

暮らしについて綴ることは続けていく。
でも、もっと誰にも盗られないかたち──わたしにしか書けないような物語のかたちで、書いていきたいのかも。


そう気がついたらすっきりとした。
これまでの自分の肩書であった「(実用書)作家」を外した。


物語のお知らせを投稿するたびに、Instagramのフォロワーは顕著に減っていく。

それまでは何も投稿しなくても増えていたものが、一気に。
ぱちんと泡が弾けるみたいに。

しかたがない。彼らが求めているものを書けていないのだから。

でもそれでもいいのだと言い含めている。ここからリスタート。
ほんとうは、ちょっぴり怖いけど。



わたしはもともとこころのうちに持っていた夢を諦めないことにした。

向いていなくても、それでも、ただやる。
それしかできない。



図書館を出るとき──もう一度、書棚のほうを振り返った。



あのひとは、わたしのにぎったおにぎりを食べながらなにを思っていたのだろう。



おおごとにはしない。
いつものように飲み込むだけだ。




でも、──でも、せめてこの場に、わたしが「知っている」ということだけは書き残しておきたい。

わたしを知るひとには、信じていてもらいたい。




そのうえで、わたしはずっと書いていく。
だれからの借り物でもない、わたしだけの物語を。




それこそがわたしの戦い方なのである。





(2,000字)





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三條 凛花 最後までお読みいただき、ありがとうございます♡