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日本の美大卒デザイナーが面食らった、海外デザインスクールでの学び方①|スロベニア日記 #11

こんにちは!スロベニア、リュブリャナ大学のインダストリアルデザインの修士課程に通っているりんです。

今回は、海外のデザインスクールに入ってみて、日本の美大と授業のあり方や指導の仕方などが全然違っていて、衝撃だったことについて。

というと主語がデカめなので、正確には、いま通っているリュブリャナ大学のアート・デザインアカデミー(以下、略称を使ってALUOと書きます)+ 交換留学で1年間かよっていたエストニア芸術アカデミー(以下、EKA)と、私が2018年に学部を卒業した日本の金沢美術工芸大学(以下、金美。カナビと読みます)におけるデザイン学生の学び方の違いについて。

金美については、私が金沢で学んでいたときから時代も変わったし、卒業後に学科の編成が変わったり、校舎が移転しリニューアルされたりもした(羨ましい限り)ので、当時からかなり変わっている部分もあると思います。あくまで私が通っていた当時を比較の対象にできれば。

また、私は日本で大学院に行ってもいなければ、ヨーロッパで学部を出てもいないので、ここにあげる違いは国が違うことによるものじゃなくて、もしかしたら学部と大学院の違いから来るものの可能性もあるかもしれません。とまあ、おことわりはこのへんにして、

書き出してみたらかなり長くなってしまいました。noteは情報のシェアプラス自分の記憶のバックアップとして書いているため、無理に削ることはせず記事を分割してお届けします。構成は、授業にまつわること、大学のシステムにまつわること、学生生活にまつわること、の3つに分けました。

全体的にどっちがいいとか悪いとかじゃなく、ひとまずこういう違いがあったよ〜という記録です。



1. 授業にまつわること

論文読んだりエッセイの提出が求められる授業が多い

正〜直これが一番面食らった!金美はかなり制作に比重が置かれた授業方針で、スケッチやコンセプト案、スタディモデル、模型などが中間/最終成果物として求められていたのに対して、ALUOやEKAでは、インダストリアルデザインの学科においても、制作と並行して、課題図書や論文が与えられ、それを読んで自分の意見を書き、次の授業でディスカッションをする、というスタイルの授業がよくあった。

課題図書として出される文章も、当時の私にとっては、和訳された本を読んだことはあっても、馴染みのなかった学者たち(トニー・フライ、エツィオ・マンズィー二、ノーマン・ポッターや、スロベニアらしくスラヴォイ・ジジェクなど)の筆によるものが多かったので、まずは英語を読んで、書かれた年代や背景を知り、そこから内容をわかろうとするだけで私は白目を剥いて泡を吹いているような状態だった。

さらに辛いのは、読んだところで、「わかる〜いいと思う〜」くらいの感想が出てくるだけで、書くに値するオリジナリティのある意見なんてまあ浮かんでこないのだ。

またあるときは、こんな課題も出たりした。

共存、社会、環境、自然、"コンヴィヴィアリズム"、そしてすべての生き物が共存することの意味について、あなたの考えを、短い逸話/物語/書籍/映画/漫画/ドラマ/パフォーマンスからの抜粋などを用いて表現してください。よく知られているものでも、あまり知られていないものでも構いません。引用するものは、あなたの考えを明確にすることに加えて、意味深く、洞察に富み、かつ表面的ではないものを選んでください。

はいはい?テーマについての意見論述 + 物語などからの引用、と難しさが二段階あるんだが???

え〜切り口難しすぎんか🥺って思ったけど、考えるのも面白かったからこの課題はすごくよく覚えている。普段から物語や映画を社会的な視点で見てなかったから、まず頭の中でセリフがこういうときに引用できそうなタグ付けで記憶されていない。もう、てんで思いつかなかったので、宮崎駿にすがる思いで、何か見つかるだろうと思ってナウシカ、ラピュタ、もののけ姫を観なおしたりした。(ヨーロッパのNetflixではジブリが観られるのが幸運だった)

だってさ、よく覚えていないけれど、私が学部の美大生だった時代に書いた最長の文章なんて行間たっぷりの写真資料つきでA4で1-2ページ程度が関の山だったはず。

そうこうして涙目になりながら、なんとかテクノロジーの助けを借りてエッセイを書いても、それをもとに授業の場で英語でディスカッションするのは、日本語でも会話の反射神経があまり良くない私にとってめちゃくちゃハードだった。最初の方は教授やアシスタントティーチャーに求められるまでクラスメイトの話にただ耳を傾けているだけだった。

え、あなた方は慣れていらっしゃるの?と気になりALUOやEKAのクラスメイトに聞いてみたら、学部からこういうスタイルの授業はあったし、卒業制作と併せて卒論も執筆したとのこと。学部生のときから、意見を持つこと、それを構造化して文章に起こしたり話す力がかなり鍛えられる学び方だったようだ。これが、このnoteで1つ目に上げるに値する、何より驚いた大きな違いだ。

かなり脳に汗をかいたし、慣れるのに時間を費やしたけど、こういう授業で筋トレしたおかげで、思い浮かんだことを構成してテキストで表現することへの抵抗はすっかりなくなり、むしろ楽しめるようにさえなったことは認めざるを得ない。今noteを書けているのもこういった授業のおかげであり影響である。

日本語で書き込むの良くないけど、そこは目をつぶらないと間に合わないほど時間がかかった


メインのコース以外の授業でも制作があってそこそこ大変

金美は自分の専攻の授業(私で言えば環境デザインの授業)の課題がとにかくハードでスケジュールがタイトで、それだけでずっとヒーヒー言っている感じだった。モノの制作が伴うのもメインの専攻の課題のみ(プラス、やってる人は産学連携や地域連携もかな)だった。美術史や語学の授業は多分レポート提出やテストが期末にはあったのだが、申し訳ないくらいそれらの授業は真剣に取り組む余裕がなかった。本当にもったいないことをしてたし先生たちには謝りたい。

ALUOやEKAでも、メインのコース(私でいえばインダストリアルデザインの授業)が単位的にもっとも比重が高いのは変わらないけど、それ一つでパツパツということはなかった。というか、それ以外の授業でも制作を伴うものも結構あったし、上であげたようなエッセイのライティングが毎週必要な授業もあったので、メインの授業の課題だけやってる場合じゃないという感じだった。

廃材を一つ選んで新しい素材を作って製品を提案する授業や、テキスタイルアーティストの先生による実験的な刺繍の授業、フィールドワーク中心の地元の建築探訪の授業など、少人数制でインタラクティブで、充実した授業がたくさんあった。

素材の研究の授業:肉屋で出る動物の骨を使った
実験的刺繍(Experimental embroidery)の授業
文旦の皮を刺繍枠に使ってコラージュ刺繍したりした


成果物のジャンルは自由。自分の専門性に寄せてアウトプットする

学部時代は、私は空間系のデザイン科にいたのだけど、アウトプットの形式は基本、定められた敷地に何階建ての建物を設計し、内装外装をデザインしてください、1:50の平面図、立面図、模型、1/100の敷地模型を作ってねといった課題の形式が多かった。一方、ALUOやEKAではテーマはあるものの、最終成果としてプレゼンするものはサービスでもインタラクションでも、プロダクトでも、考えた背景があればOK!という姿勢だった。

大学といえば、成果物の形式が定められた課題が出るものだと思っていた私は当初それを飲み込めず、先生に何でアウトプットしたらいいんですか???って聞いたほど。それに対して「あなたのバックグラウンドは何なの?」って聞き返されたのが印象的だった。

例えばEKAの授業では「マイクロモビリティ」という大きなテーマが与えられた。そこから各自でリサーチを広げ、課題を定義し、やりやすい方法でアプローチする一連のプロセスを毎週の講義で教授陣がメンタリングしてくれる、というスタイルだった。だから、最終成果はサービス、インフラ、プロダクト、ファッションなど、カテゴリーとしてはバラバラの成果物が出ていたのも頷ける。

ただ、これは「学生にはそれぞのれバックグラウンドがある」という前提があってこそ成り立つやり方なので、国の差というよりは学部と大学院の違いかもしれない。


2,3名で課題に取り組んでもいい(修論でも)

美大芸大に通っていた皆さん、課題って基本的に一人で取り組むものでしたよね?もしくは、これはグループ課題、と決まっていればグループで取り組むものじゃなかったですか?

ところが、EKAやALUOでは、課題は1人でやってもいいし、2人や3人で取り組んでもいい。リサーチまでの段階でアプローチしたい課題が近かったら、一緒にやろうかってなるスタイル。組むかどうかは学生に委ねられている。しかも普段の課題のみならず、修士論文でも、だ。(ただ、修論においては求められる文量が人数に応じて2倍、3倍になる)これは、実際に社会に出たら一人で進める or 誰かとやるかも自分次第、という思想に依っている。

でも、評価はどうするの?って気になると思う。基本は、成果に対してのピュアな評価があり、それが2人のチームなら2人ともに適用される。教授によっては授業後に個別でアンケートフォームを送ってきて、あなたのチームメイトは協力的であったか、どれだけ取り組んでいたかなどを聞いてくれて、そのピアレビューの結果を最終評価に加味している人もいた。


卒業時には制作に加えて論文も書く

ALUOやEKAでは学位を取得するためには卒業 / 修了制作に加えて論文も求められるが、金美では、学部で卒業制作、大学院では修了制作のみで、論文はいらない。日本の他の美大芸大も結構そうじゃないかな?違ったらすみません。(金美も博士は博論の執筆が必要らしいが、デザイン科で博士まで行っている人を見たことがない)。ALUOの先生にそれを伝えたらめっちゃびっくりしてましたわ。

まさに今私も修論に取り組んでいるのだが、そもそも日本語でさえアカデミックな論文を書いたことがないので(論文と名のついたものは確実に高校入試の小論文が最初で最後)やり遂げられるのか、不安の心配割り🥃という感じの毎日である。 まあ、取り組み方自体は普通のデザインプロジェクトと一緒で、それを文章にアカデミックライティングで落とし込むだけなので、なんとかなるはず。。。

ただ、金美は制作だけで学位がとれるからといって、楽なわけでは全くない。(というか金美において楽な瞬間など1ナノ秒もない)集大成としてボリュームもクオリティも求められるし、ありがたいことに卒業制作展は金沢21世紀美術館で行われるので、学生としても下手なものを出すわけにはいかないぜ・・・という気にもなる。もしクオリティが一定のレベルに達していなかったら、卒業はできても21世紀美術館の展示には教授陣の判断で出してもらえないこともある。


犬と一緒に授業を受ける🐕️

学生が飼っている犬を授業に連れてくることもある。先生(一番奥の人)も別に気にしないで授業している笑 癒やしだったな🐶 写真はたまたま飼い主の子が犬をなでていた瞬間だけど、授業中はちゃんとディスカッションに参加してるよ。

犬アレルギーある人いたらどうするのとか、私は思っちゃうけど、アレルギーあったら言ってくるでしょ、そのときは外に繋いでおこうって考え方なんじゃないかな。

学内展示とかにも連れて来る

授業についてはこんな感じかな!次の記事で、教授やシステムについてと学生生活についてを書こうと思います〜。では!

後半はこちらです↓

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記事内の写真:筆者撮影
カバー写真:エストニアでとってた授業で一緒だったTõnis Bender


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