不妊治療の始まり/お母さんになりたい‼/私が頑張った証#3
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不妊治療開始
退院後は、自宅で療養しながら、結婚式の準備をしていた
入籍後に、挙式披露宴を行う事に
この時も、色々とあったのよ。このお話は、またどこかで・・・
前回出会った産婦人科の先生(野坂先生仮名)が、某大学病院の先生で、そ
ちらの病院で不妊治療を行う事になりました
投薬や注射、診察は、野坂先生が担当。不妊治療は大学病院の先生という連
携プレー
最初の6回は、人工授精AIHから。全て✖の結果。その度に心は折れまくり
次のステップとして、迷わず体外受精に進むことに決めました
その前に、大学病院で腹腔鏡手術を行う事に。1週間程入院・・・
腸閉塞を発症した事もあり、卵管の癒着がないか?卵管の通りが正常か調べ
る為に
手術の結果、癒着している箇所は剝がしてもらい、卵管の通りは異常なし
動画でも確認。ほっとした・・・
本格的な治療開始の為、仕事は退職せざるを得なくなりました
30年前は、今ほど不妊治療も認知されておらず、会社でも子供はまだ?の心
無い言葉に傷つくのが嫌で。不妊治療していることも、周囲には知られたく
なかった・・・
不妊治療している事が、恥ずかしい、惨め、劣等感等を感じてていたため、
絶対に誰にも知られたくなかった・・・
今は、かなり認知されていると思いますが、不妊治療していますって中々言
えない事ではないのかな?と思いますが、どうなんだろう?
30年経った今も、不妊治療していた事を、友人や知人にも話せない
家族だけが知っている事です。(子供は知らない)
私には、勇気のいる告白の1つです・・・
不妊治療されている皆さんは、どうですか?
捉え方は、それぞれだと思いますが、あの頃の私は、全く余裕はなかった
始めての体外受精
野坂先生の所で、毎日注射をし、内診して、卵巣の大きさの確認
始めての採卵は、麻酔をして行ったので、痛みなく終了。内心はドキドキ
24個採卵できたと思います。それが、普通なのか?どうなのかも全くわから
ず・・・
培養して、受精卵確か4分割したのを、3個戻したと思います。他のは全て廃
棄?状態がいいとかも?忘れてしまいまました・・・
大学病院に1週間、個室での入院でした。(個室指定)
当時の支払った金額は50万。採卵、受精卵移植、入院代。その他別途費用
がかかります
高いなって思ったけど、それで妊娠できるならって思った
妊娠判定する前に、体調不良になり、病院へ。OHSSとの診断で、またもや
即入院
入院中の尿検査で、陽性反応。婦人科病棟から産婦人科病棟へ移動
お腹は、張って苦しいけれど、妊娠したから頑張ろう!って思えた
体が辛いより、喜びの方が大きかった
苦しい時は、腹水を抜いてもらったりして、少しでも食事ができる・寝れる
様に努めた。お腹が苦しくて、食事はほとんどできなっかった
腹水の為、妊娠8ヶ月位の大きさで見た目は立派な妊婦です
そんな日々も長くは続かず、ある日お腹が楽になったんですよね・・・
私は、楽になったって喜んでいましたが、それは、妊娠が継続されなかった
為に腹水が引いただけで私にとっては悪夢の報告
私は、その現実が受け入れられなくて、病室で先生の前で声を出して大泣
き・・・その時の先生は、夜中お腹が苦しい私の腹水を抜いてくれた先生で
まだ若い先生でした。先生は、何も言わず私が落ち着くまで傍にいてくれま
した。有り難かったな・・・
その後は、処置をして翌日退院
暫くは、何も考えられず、ぼーと過ごした。何をしても、涙が溢れる毎日
辛かったな・・・
まだ、諦めらる訳にはいかなかった私は、次の行動を起こす決意を。ここ
で、終わってたまるか‼絶対に諦めない‼お母さんになる‼納得いくまでやり
きる‼そう心に決めた
私が決断したのは、有名な不妊治療専門病院に行く事。ここに賭けるって決
めた
旦那さんに話して、承諾を得た
その病院は、体外受精をする為に全国各地から患者さんが来院する超有名病
院
私は、縋る気持ちでこの病院に旦那さんと訪れた
初診時に、旦那さんの精子の検査・凍結保存、私の卵管造影検査を行う事に
なりました。(この時の検査は前回程の痛さはなかったですが、痛かったです)
院長先生が初診時対応してくれた。今までの経緯を一通り説明した
院長先生からは、大丈夫。赤ちゃん授かりますからねと言葉をかけてもらっ
た。凄く安心した。今思えば、何の保証も根拠もないけれど、この言葉にど
れだけ救われた事か。すーと肩の荷が一瞬降りた気がした
ここに来て、良かったな。回りの患者さんも、不妊治療されている方ばか
り。こんなにもいるんだ。私だけじゃやないんだって思ったら、安心した
翌月には、採卵、受精卵移植を行う事に。紹介状をかいてもらい、野坂先生
に渡すと他院にもかかわらず快く快諾して下さいました。患者さんが多い
為、採卵も流れ作業の様に感じました。ここでも、麻酔をしての採卵で、痛
みはなかったです。確か28個採卵。3個の受精卵を移植。残り受精卵は凍結
保存した
野坂先生の所で、子宮の厚さを確認しては、病院に連絡。そしていよいよ受
精卵移植の日が来た。この時院長先生が、私にかけてくれた言葉が、絶妊・
絶妊(絶対妊娠するよの意味合い)と言ってました
何の事なのかわからなかったけど、後日他の患者さんが意味を教えてくれ
た。
本来医師は、絶対なんて言葉は言えないけれど、その言葉にどれだけ希望が
あった事か・・・その瞬間だけは、大丈夫って思える私もいた・・・
今思えば、それは応援だし、愛ある言葉だなと思う・・
移植してから2日後に自宅へ。(移植後何かあると困るので皆さん何日かはホテルで滞在)
この病院は、採卵も受精卵移植も日帰り
入院がない分費用は、抑えられますが、県外組は旅費がかかる
それでも、この病院で体外受精をしたい患者で溢れかえっていました
多分、この病院が不妊治療専門病院の走りじゃないかな・・・
調べたら、今も病院はありすね。当時の院長先生健在
ここまで読んで下さりありがとうございます
長くなったので次回へ
30年前の事なので、所々忘れてしまった事もありますが・・・
30年前は、こんな感じでしたよ
今はもっと進歩してるでしょうね
顕微授精が最新だったような。4分割とかではなく、胚移植も始まっていた
かな。この時は、4分割の受精卵3個でした
あの頃の私は、無我夢中で頑張ってました
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