『二人の自分──闇からの回帰』
「あの日の自分」に、いま話しかけるなら──あなたは何を伝えますか?
誰にも言えなかった気持ち。
平気なふりをしていたあの頃の自分。
心の奥にずっと潜んでいる「もうひとりの自分」に、
あなたは気づいていますか?
このエッセイは、
光と闇、そして自分自身との静かな対話の記録です。
はじめに
たとえば、朝、目が覚めて、
まぶしい光を感じた瞬間──
「今日も生きてる」と思えるそのとき、
もう片方の自分が、静かに囁いてくる。
「それ、本当に幸せ?」と。
ポジティブな言葉を口にするたび、
どこかに潜む“あいつ”が目を覚ます気がする。
気を抜いたら、すぐに足元を掬ってくる。
笑っているときでさえ、
心の奥では誰かが泣いてる気がする。
そんな感覚、あなたにもあるだろうか。
これは、鬱という名前の“もうひとりの自分”と
共に生きる物語だ。
そして、ただの闘病記ではない。
闇を知ってなお、光を信じるための
“心のサバイバル術”でもある。
戻れる保証なんて、どこにもない。
でも、だからこそ伝えたい。
闇と共に生きながら、
どうやって希望を手放さずにいられるのか
──その話を。

ぼくの中には、二人の自分がいる。
ひとりは、いつも陽だまりの中に立っている。朝日を浴びて、前を見て、ポジティブな言葉を紡ぐ。
もうひとりは、闇の奥に潜んでいる。何も語らず、ただじっとこちらを見つめている。
そいつの名前は、鬱。
いつ出てくるかはわからない。いつまでも姿を見せないこともあれば、ある日突然、ぼくの肩にそっと手を置くこともある。
「やあ、また来たよ」とでも言うように。
闘いは、終わったことがない。
「もう大丈夫」と思えた日もあった。でも、それは『今』を守るための小さな希望でしかなかった。
鬱は、忘れた頃に忍び寄る。
言葉をなくし、色彩を奪い、思考をねじ曲げていく。
あいつの望みはただひとつ――ぼくを沈めること。
深く、深く、戻れなくなるほどに。
でも、ぼくにはわかっている。
ネガティブな思考は、あいつの糧になる。
「ダメだ」「つらい」「終わりだ」――そんな言葉を吐いた瞬間、あいつの笑い声が聞こえる気がする。
だからぼくは、変換する。
どんなことがあっても、「どうにかなる」「大丈夫」「きっと乗り越える」と言い聞かせる。
そうして今日も、光のほうに立ち続ける。
それは時に強がりかもしれない。見栄かもしれない。
でも、それでもいい。
あいつを表に出さないためなら、なんだってする。
ただ、無理をしすぎてはいけないときもある。
「辛い」と言っていい日もある。
涙をこらえずに流してもいい。
誰かの手を握っても、逃げ出しても、いい。
だけどひとつだけ、忘れないと決めたことがある。
二度と、心を奪われない。
あいつが再び現れても、もう居場所は与えない。
ぼくの心は、ぼくだけのものだ。
そしてきっと、これからも闘いは続く。
でも、もう孤独じゃない。
光のほうを向いている限り、いつだって帰ってこれる。
あとがきにかえて
光だけを見て生きることは、たぶんできない。
でも、闇を知った自分だからこそ照らせる光もある。
もし、あなたの中にも「もう一人の自分」がいるのなら──
どうか、この文章が、その心に小さな火を灯しますように。
共に、進み続けよう。二度と心を奪われないように。
もし、あなたにも“もう一人の自分”がいるのなら──
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