「人が好きだった僕へ」──それでも、人を信じたいと思った日
人が好きでした。
ただ、人生は「好き」だけでは乗りこえられないこともあるようで──。
体操の先生だった僕は、天職と呼ばれながらも理想と現実のギャップから転職。そして疲れ、いつしか心が壊れ、人との関わりを恐れるようになりました。鬱病、退職、布団の中での毎日。
だけど、ある出来事が「奇跡」と呼べるような変化をもたらしたのです。
これは、人が好きだった僕が、もう一度「人と生きること」を選び直すまでの、静かな記録です。

昔の僕は、人が好きだった。
幼稚園や保育園で体操を教える仕事をしていた。笑う顔、泣き顔、どれも素直な子どもたちに囲まれて、周囲からは「天職だね」なんて言われたりもした。
けれど、現実は想像と違った。
給料の安さ、働き方、価値観のズレ。理想と現実のあいだで、心が擦り減っていった。何かを我慢してまで続けるべきか──そう思った頃、辞表を出していた。
次に選んだのは〇〇〇〇の営業職。昼も夜も働くようになり、人と関わることが仕事のすべてだった。
でも、見たくなかったものまで見えるようになった。
嘘、裏切り、計算、打算──人間の「闇」って、こんなにも身近にあるんだと知った。いつの間にか、人を避けるようになった。人が嫌いになった。携帯すら触りたくなかった。通知音が恐怖だった。
毎日、布団に包まりながら、ただ息をしていた。
両家の親が出てきて、会社と揉めて、ようやくその職場を退くことになったと聞いた。もう自分では、辞める力もなかった。心が完全に折れていた。
そんなある日──
川辺に行って、岩に寝転がり、ただ川の音を聞いた。ただそれだけで、なぜか少しだけ安心した。心の奥にこびりついていたモヤが、少しだけ和らいだ気がした。
後から聞いたのだけれど、家族はそれを知っていたらしい。魚が好きだったこと。水の音に癒されていたこと。だから、ある日、水族館に連れ出してくれたんだ。
その時の僕は、たぶんほとんど無反応だったと思う。けれど、記憶には残っている。家族の手の温もりと、水槽の青い光。
何年、こんな日々を過ごしたんだろう。
3年? もっとかもしれない。
でも、奇跡が起きた。
癌が見つかった。絶望するはずの出来事なのに、不思議なことに、その瞬間から鬱が吹き飛んだ。
笑ってしまう話だけど、本当の話だ。
家族や友人にどれだけ迷惑を掛け、どれだけ心配をかけたのだろう…
家族からしたらようやく、息子が戻ってきた。
……ただ、「完全に」ではなかった。
人を好きな気持ちは戻った。でも、どこかで疑ってしまう。人の言葉、行動、優しささえも。疑うことは悪じゃない、そう思いたい。でも、昔みたいに、まっすぐに人を信じる自分には戻れなかった。
一度、人間の闇を知ってしまったから。
でもね、今はそれを「隠す術」を覚えた。
表情、言葉、距離のとり方──まるで何もなかったかのように、普通に接することもできるようになった。
だから、昔の僕を知っている人から見れば、今の僕は「戻ってきた」と思えるかもしれない。
でも、僕だけは知っている。
もう、あのまっさらな僕には戻れないってことを。
それでもいい。そう思えるようになった。
人を好きな気持ちは、嘘じゃない。疑いがあっても、優しさは込められる。過去があっても、前は向ける。
あの川の音は、今も時々思い出す。
あの音に、今の僕も、少しだけ救われている。

あとがき
心が壊れていたあの頃の僕を、今でも完全には抱きしめられないまま、こうして少しずつ、言葉にしています。
人を疑うようになってしまった自分を責める日もあります。
でも、それでも「人が好き」だと胸を張って言えるようになったことは、僕にとって確かな一歩です。
このエッセイが、同じように迷いや痛みを抱えた誰かの、ほんのひと息になれたなら──
それだけで、十分すぎるほど意味があります。
(※全て筆者の経験を実話のままエッセイにしています)
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