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「見てはいけない扉」〜第……夜〜


はじめに


今回は、体験した出来事をベースに……創作を加えてお話しします。
いつもより長めに語ることで、情景も空気も、じわじわと迫ってくるようにしてみました。

読んでいるあなたの背筋を……ふっと冷たいものが這うような――
そんな瞬間を、感じていただけたらと思います。

さぁ……灯りを少し落として、静かな夜にお読みください……
では、始めましょう……えぇ……



あの夜は……蒸し暑い夏でしたね……
昼間は蝉が耳にうるさいくらい鳴いてたのに……夜になると不思議と、しぃん……と静まり返って……
窓の外から入ってくる風が、ぬるいのに……肌の奥だけがひやっとするんですよ……えぇ……
私はその夜、用事があって、知り合いの古いアパートに泊まりに行ったんです。
築50年近い、木造2階建ての……細い階段を上がると、きしむ音が背中を追いかけてくるような……そんな建物でしてね。
部屋に入ると、天井が低くて……壁紙は黄ばんで……カーテンは湿気を吸いすぎたせいか、少しカビ臭い。
でも、まあ一晩だけだから……と荷物を置いて、風を通そうと窓を開けたんです。
開けた瞬間……カーテンの端がふわっと揺れたんですが……風は、入ってこない……
「おかしいな……」って思った瞬間、背中に……じわ〜っと冷たい汗が……
そのとき、部屋の奥の“押し入れ”が……わずかに開いてたんですよ。

――あれ? 昼間見たときは……閉まってたはずなのに……

私は、なんとなく嫌な予感がして……押し入れの前まで歩いていったんです。
引き戸の隙間から……真っ暗な空間が覗いていて……中はやけに湿った空気が漂ってくる……
手を伸ばして閉めようとしたとき……
……中から、「スゥ……スゥ……」と呼吸の音が……聞こえたんですよ。

えぇ……あれは、間違いなく人の吐息でした……
でも……この部屋には、私しかいないはずなんです。

怖くなって、一歩後ずさりしたら……押し入れの奥から、ゆっくり……ゆっくり……白い指が、這い出してきたんです……
しかも……5本じゃない……7本あるんですよ……えぇ……

呼吸音がだんだん荒くなって……次の瞬間、その指が“ガッ”と引き戸を押し開けた……
真っ暗な押し入れの奥から、土の匂いと……髪の毛がばさっと顔にかかる感触……
私、思わず悲鳴をあげて後ろに倒れ込みました。

――でも、倒れた瞬間……気づいたんです。
顔にかかったのは……髪じゃない……
押し入れの奥から、誰かの長い舌が……私の頬をなめてたんですよ……

それがね……ぬるくて……生暖かいのに……
妙に“冷たい”んですよ……えぇ……あれは、今思い出しても……背中がゾワゾワします……

私は必死に部屋を飛び出し、階段を駆け下りました……
でも……
あの階段の下……暗がりの中で……
さっきの白い指と、あの舌が……ゆらゆら揺れてたんですよ……私を見送るみたいに……





翌日、私は荷物も置きっぱなしのまま、アパートの大家さんを訪ねました。
年配の女性で……この辺りにずっと住んでるらしいんですが……私の話を黙って聞いていたかと思うと……ぽつりと、こう言ったんです。

「……あの押し入れ、勝手に開けちゃったのね……」

私はゾッとして……「勝手に、って……」と聞き返しました。
すると大家さん、窓の外を見ながら、声を落として話し始めたんです。

「あそこはね……昔、二階に住んでた若い女性が……自分で入り込んで、そのまま……ね」

私は言葉を失いました……
しかも、その人は……見つかったとき、手の指が7本あった、と……。

「でも、舌は……」と私が聞き返すと、大家さんの顔がすっと引きつって……

「……あの子ね、生まれつき舌が人より長くて……それを、よく出してたのよ……」

えぇ……そのとき、私は思い出してしまったんです……
あのぬるい舌の感触と、顔をなめられた瞬間の……息の匂いを。

そして最後に……大家さんが妙なことを言ったんですよ……

「……あの押し入れ、今はもう閉めてあるはずなのにねぇ……」

えぇ……
あれ以来、私は二度とその部屋に近づいていません……
でも……ときどき夜中に……ふいに顔が生温かくなって……耳元でスゥ……スゥ……と、あの呼吸が聞こえることがあるんです……

あのアパートから逃げ帰って数日後のことです。
夜中、寝苦しくて……何度も寝返りを打っては目が覚めていました。
午前2時を過ぎた頃でしょうか……
ふと、耳元で「スゥ……スゥ……」と、あの呼吸音がしたんです。

私は心臓がドクンと跳ねて……そっと目を開けました。
部屋は真っ暗で、カーテンの隙間から街灯のオレンジ色の光が細く差し込んでいるだけ。
でも……その光の線の中に……白い“何か”が横切ったのが見えたんですよ。

寝たふりをしながら視線だけを動かすと……
ベッドの足元あたりに、人影が立っているんです。
天井まで届くほどの長い髪が……ゆらゆら揺れて……顔は見えない。
その代わりに……床の方まで垂れ下がった舌が、ゆっくりと……左右に揺れていたんです……えぇ……

私は息を止めて……微動だにしませんでした。
すると、その舌が……スーッと持ち上がって……私の足元を、ひやりと撫でたんですよ。
冷たいのに……ぬるい……あのときの感触そのままです。

次の瞬間……足首を白い指が“ガッ”と掴んだんです。
5本……じゃない……7本の指が、絡みつくように……。

恐怖で動けない私の顔に……その舌が、じわじわと近づいてくる。
暗闇の中で、舌の先が光を反射して……ヌラリ、と濡れているのが分かるんです。

――舌先が、私の頬に触れる……その瞬間。
突然、部屋の押し入れの扉が「カタン……」と、ひとりでに開いたんです。

……その音と同時に、足首の感触がふっと消え、気配もなくなりました。

私は飛び起きて、電気をつけました。
でも、押し入れの中には何もない……はずなんです。
ただ、畳の上に……細く長い水の跡が、私のベッドの方まで伸びていました。





畳に残ったその水の跡は……細く長く、まるで何かを引きずったように……私のベッドへと続いていました。
私は足がすくみながらも、その跡をたどりました。
よく見ると……水ではない……わずかにね、ぬめりがあって……指先に触れると、ひやっとするのに……妙に生暖かい。

その瞬間、あの舌の感触を思い出して……ぞわっと背中が総毛立ちました。

跡はベッドの横で途切れていました。
でもね……よく見ると、ベッドの縁からその跡が下に垂れて……床下へと消えていたんです。

嫌な予感がして……私は布団をめくり、ベッドをそっと動かしてみました。
その下……畳がわずかに浮いていて……その隙間から、暗い穴がぽっかりと開いていたんですよ。

穴の奥からは……あの「スゥ……スゥ……」という呼吸音が、はっきりと聞こえてくる。
私は声も出せず、ただ後ずさりするしかありませんでした。

そのとき……穴の中から、白い指がスッと伸びてきて……畳を押し戻したんです。
音もなく……まるで、「まだ出ないよ」とでも言うように……。

気づけば呼吸音も消え、ただ静まり返った部屋に……私ひとり。

……でも、分かってしまったんです。
あの跡は――私のベッドの下に“帰っていった”跡だったと……えぇ……

だから今も、夜中にふいに頬が生温かくなって……耳元でスゥ……スゥ……って聞こえるときは……
私は決して、ベッドの下を覗かないようにしているんです……

あなたのベッドの下は……大丈夫ですか?


おわりに


今回は、私がこれまでに体験した心霊現象をベースに……創作を交えて少し長めの展開にしてみました。
実際に感じた“空気の重さ”や、“視線の圧”……あれは文字では全てを伝えきれませんが、読んでいるあなたの背中にひやりとしたものが走ったなら、それはきっと、物語の中だけのことではないのかもしれません。

事実と想像が入り混じることで、現実と虚構の境界はあいまいになります。
そして、そのあいまいな隙間こそ……何かが入り込む場所なのかもしれません。

さて……
今夜、あなたが眠るとき……
ふと耳元でスゥ……スゥ……という音が聞こえたら――
それは、物語の続きか、それとも……



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