おととい来やがれ、出口にて
ーよもぎさんに捧ぐ
「おととい来やがれ」と言われたのは、たしか一昨日ではなく、その前の日だった気がする。いやまてよ? ホントは一昨昨日だったか。
記憶が曖昧だ。
飯を食ったばかりだからか。
「バカにしてやがる」
それで私は、本当におととい行ってやろうかと考えながら歩いていた。
いや、まてよ。 ほんとは一昨昨日だったか。
記憶が曖昧だ。曖昧のアイマイミーだ。
考えながら歩くのは危険だ。危険が危ない。
虻蜂取らずでアブラハムには7人の子、1人がのっぽであとはチビだ。
すっ転んだ。
いやはや、これはとんだ失礼を、と思った矢先だった。
ぶったまげて萩本欽一になってしまった。
どこまでやるの〜と、ボケそうになった。
いいや、なったらなったでナタデココ。
その時はその時だ。
もしもの時は徳光和夫を呼べばいい。
あの人懐こい笑顔で誤魔化してもらえば万事丸く収まる。
人は転ぶとき、謝罪の言葉を空中に散らすらしい。ヴィヘッとかいいながら。
私はまだ誰にもぶつかっていないのに、心の中で「すみません」と12.5回ほど言っていた。
出口は、ふさがっていたから。
正確に言えばだ、自分でふさいでいた。
ふざけていたんじゃない。
転んじゃったんだから勘弁ちゃんってな具合だ。
改札の向こうでは、世界が通常運転をしている。
こちら側だけが、時間を踏み外している。
何まじになってんだか。
文学じゃあるまいし。
その瞬間、なぜか「駅まで5分」という看板が目に入った。
トンデモ発奮。
意味はわからないが、勢いだけはあった。
そこでナオミのことを思い出した。
(初恋の相手が、ナオミさんでした。キャー恥ずかちぃ〜)
中原中也に昼夜違わず恋する乙女、ナオミ。
(初恋の人が…)
詩人に恋して、現実にフラれて、万歳三唱する女。
ナオミは言っていた。
「恋はね、成就しない方が漫画(ギャグ)になるのよ」
彼女は中也とのラブ(※存在しない)を漫画にして己の欲情のはけ口にした。
酒瓶は誇張され、月は過剰に丸く、言葉は吹き出しからはみ出した(※意味不明。大した意味はないから大丈夫)。
大反響だった。
半狂乱だった。
大問題作だった。
大した作品じゃなかった。
(※何なんだ。どれがホントなんだかわからないよ)
読者も、ナオミ自身も。
(初恋の人は…)
私はその頃、オニギリを腐らせていた。
腐らせてしまった愚かさに自分を腐らせていた。
挙句の果てに自分で自分の面倒も見切れない自分自身にふて腐りかけていた。
机の上で、雨ざらしになっている気分だ。
アザラシみたいに丸くなって、苦よもぎの匂いを放っていた。
人生はたいてい、こういう比較でできている。
出口で転び、出口をふさぎ、出口を見て、大洗い海水浴場を思い出す。
なぜかはわからない。
わかるわけがない。
作者も何言ってるのかわからないのだから。
出口という言葉が、すべての「出られなさ」を連れてくる。
ナオミは言った。
「出口がないなら、描いちゃえばいいのよ」
彼女は頭をかいた。ついでにお尻も。
私は背中を掻いてほしかったが言い出せなかった。
恋と転倒と詩と、どうしようもない日常を。
その線は震えていて、だけど確かに魅力的で魅惑的だった。
私はようやく立ち上がり、出口を通り抜けた。
誰も私のことを見ていないはず、出口で転んだのは見られていないはず。
甘かった。
「おととい来やがれ」と言われた言葉だけが、まだかすかにしつこく意識の片隅に少し遅れてでも食らいついてくる気がする。
たぶん、見られていないはず。
でも、「これでいいのだ」今ならバカボンのパパの気持ちがよくわかる。
とんでも8分、駅まで5分。
人生は、たいていそのくらいの距離でも、何度も転ぶ。なにが起こるのかは誰にもわからない。
ましてや、出口で転ばないなんて誰かが保証できるわけがない。
七転び八起き。
七曲署で相変わらず愛川欽也の真似をしたへそ曲がりデカが大きく毛躓いた。
出口が出口から出ていくのもよし、入り口から入ったりもいい、極め付けは出口がわからなくなって校舎内を彷徨う出口が涙目になっているのに遭遇するもよし笑
誰か出口に教えてやってくれないか
入口じゃなくって正真正銘で特大で永遠不滅の出口をさ
その時出口をふさいでいた出口の一部始終を見られていたことを本人が後で知ることになったのか否かは今の時点では私にはわからない。
