まず、この作品は何の話なのか?
この作品を一言でいうと、
「才能を持った友人を、自分の道へ送り出す物語」
です。
簡単に読めば「友情の物語」になりますが、知りたがり向けに深掘りすると、実はそれだけではありません。
才能を持ってしまった人の孤独
才能を認める友人の切なさ
大人になっていく若者たちの別れ
「自分の生き方」を選ぶ覚悟
が描かれています。
① 帝大は「大学」のことではない
作中で何度も出てくる、
「帝大行くべ」
は、実は大学受験の話ではありません。
大ちゃんは、本気で朔ちゃんを東大に行かせたいわけではないのです。
ここでいう帝大は、
「世間が認める立派な人生」
の象徴です。
たとえば現代なら、
有名大学に行く
一流企業に入る
成功する
安定した人生を送る
といったものです。
しかし朔ちゃんは、
「行かねェよ」
と何度も断ります。
つまり、
「みんなが良いという道には行かない。」
という宣言なのです。
② 「カツレツ」が意味するもの
大ちゃんは、
「カツレツ食わしてやる!」
と言います。
カツレツは昔のごちそうです。
でも、この作品では単なる食べ物ではありません。
大ちゃんは、
「美味しいものを食べよう。」
と言っているようにも読めます。
つまり、
「お前、苦しい道ばかり選ぶなよ。」
という友人からのメッセージなのです。
③ 「アレ」は何なのか?
この作品最大の謎です。
最後まで作者は書きません。
しかしヒントはあります。
大ちゃんは、
「本業が手につかなくなる。」
と言われています。
さらにタイトルは、
「文士(文章を書く人)の見送り」
です。
つまり「アレ」は、
朔ちゃんが書いた原稿や詩、小説などの作品
である可能性が高いでしょう。
ここがとても面白いところです。
普通なら、
「お前、才能あるな!」
と言えば済みます。
しかし大ちゃんは言いません。
なぜなら、
本当に才能がある人間には、軽々しく言えないからです。
才能とは、ときに人生を狂わせます。
④ 大ちゃんは朔ちゃんの才能を恐れている
ここは中学生にぜひ考えてほしい部分です。
もし、
自分の大好きな友達が天才だったら?
でも、その才能のせいで普通の幸せを選べなくなったら?
あなたならどうしますか?
大ちゃんは、
「帝大行こう。」
と、子どものように駄々をこねます。
これは、
「お前を普通の人生に引き戻したい。」
という必死の抵抗にも見えるのです。
大ちゃんは朔ちゃんの才能を信じています。
でも同時に、
「才能って、人を幸せにするとは限らない。」
ということも知っているのかもしれません。
⑤ 草介君は読者の代わり
草介君は、実はとても重要な役目です。
状況がよく分からない
二人の会話についていけない
でも何となく温かい
これは読者と同じです。
作者は草介君を使って、
「君たちはまだ全部理解できなくていい。」
と言っているようにも感じます。
大人になってから読み返すと、
「ああ、あの時の会話はそういう意味だったのか。」
と分かるタイプの作品なのです。
⑥ 最後のシーンが一番切ない
最後に朔ちゃんは、
「アレ」
を自分の襟の中から取り出して見せます。
つまり、
「最初から持っていた。」
ということです。
もし本当に貸したくないなら、隠したままでもよかったはずです。
それなのに見せた理由は、
「お前なら見せてもいい。」
という気持ちの表れでしょう。
そして、自分は行かずに二人を見送ります。
タイトルの、
「文士の見送り」
には二つの意味があります。
文士である朔ちゃんが友人を見送る。
文士になる運命の朔ちゃんが、自分の普通の人生を見送っている。
という意味にも読めるのです。
知りたがり向けまとめ
この作品は、
「友だちと遊ぶ話」
ではありません。
実は、
「才能を持った人間は、どんな人生を選ぶのか。」
という、とても大人っぽいテーマを描いています。
大ちゃんは、
「幸せになれ。」
と言っています。
朔ちゃんは、
「自分の道を行く。」
と言っています。
どちらも相手を大切に思っているからこそ、自分の気持ちを押し付けきれないのです。
最後に笑いながら別れる三人の姿は、「青春」と「才能」と「友情」がぎゅっと詰まった、とても美しい見送りの場面なのです。
この作品の本当の切なさは、「別れ」ではなく、「相手の人生を尊重することの難しさ」にあるのかもしれません。
