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這い寄る混沌 : 序説


皆さん、元気に暮らしていらっしゃいますか?

走燐です。


先日、[たれ5] の記事で
「『相互理解』は諦めつつある」
的なことをつぶきました。

この『相互理解』とは

〈 “理解” を共通の認識としている人達に『理解』のグレードを知って貰うことで、お互いが尊重し合える関係性を構築する流れを作る 〉

という、ギフテッド側の望みが不足なく叶った場合においての解決策なのですが

これは、原理的に不可能だろうと。

存在を認識出来ないものを証明する事は難しい----
皆さんご存知 “悪魔の証明” と同じ構図になってしまいます。

その為、多くのギフテッド当事者様達は
自分の世界観とは別に、社会で軋轢なく過ごせる対応パターンを高い密度で構築していき
民衆の中で静かに埋没していく『擬態』の方向に舵を切るのです。

他の方のnote記事をいくつか読ませて頂いて
随分と多くの人が、マイノリティゆえの孤独と
自己受容と他者理解の間で苦しんでおられるのを知りました。

その全ての人に寄り添うどころか
多くの人の心が上向くよう働きかける事すらも
とても出来そうにない ‥

無力な存在なのです、私は。

マイノリティに属する性質を持った人達が社会に適応していけるよう、『対処』 (『擬態』と比べ 割り切って、接続可能な範囲でポジティブに社会と関わる姿勢 ) に至る方法を提示して下さっているnoteクリエイター様もおられます。

そういった方々を、私はとても尊敬しています。

それと同時に

私には、同じ方法で利他をもたらすのは難しいだろうな、とも思うのです。

今回は
より厨二っぽい、汎用性を彼方に放り投げたような新シリーズを始めたいと思っていまして

「こういった方々に、効果が見込めます」

と注釈しようとしても、中々上手い説明が思い浮かばなかったので

幾つかお題を立てて、考えてみることにしました。

こういった文章を楽しんで頂ける方ならば
読んでも悪い影響はない‥ かも?


↓次回。






《 モデル:福笑いの話 》


大器晩成とはよく言うが
それがどういった構造をしているのか
簡潔な説明を見る機会が少ないので
私の想像を述べたいと思う。

「福笑い」に例えてみよう。

人生における大きな成果物を、福笑いにおける各パーツと見做すのならば
( 各パーツに何を当て嵌めるかは、人それぞれだが )
内部パーツ (目·鼻·口) と、顔の輪郭に分かれるだろう。

内部パーツは
それぞれ時間を掛けて部品一つを作成し
部品が完成したと判断できたら
そのまま次の部品の作業に取り掛かる

顔の輪郭は
都度打ち込まれる “点” が移動していき
時間を掛けて、弧を描いていく
平均して 内部のパーツ作成が終わる頃に完成する。

これを、時間軸が一点に重なる方向から眺めた時
人の顔に見える (成熟した1個の人格が完成する)
という寸法だ。

※  位置関係のイメージは
 太陽系の公転を、上から見た姿と
 銀河を公転している様子の違いを比較すると
 想像しやすい
 銀河公転軌道を時間軸と捉えるイメージ。

早熟な人間とはどこにでもいるもので
そういった人種は 顔の輪郭と内部パーツ作成の進行が良い感じに噛み合い

例えば、両目のパーツと 上半分の輪郭が完成した時点で「塀の上から覗いている人の顔」と認識されるような人の事である。

そういった人は、ある一面からは 完全無欠で優秀な人のように見え
多くの場合 そのように振る舞う事が出来るが

見えない部分も含めれば、顔の下半分は未だ完成しておらず
未熟な部分を運悪く刺激され、顔全体が歪んだ形で仕上がってしまう場合があるので
若き俊英の多くは、ここで運の良かった者たちなのだろう。

大器晩成と言われる人の場合
パーツ作成の進行が歪になっている場合が多く
内部パーツの方が進んでいる場合や
顔の輪郭ばかり先に取り掛かる場合
いろんな箇所をちょい噛みして、モザイクみたいな進行になっている場合 と様々である。

その時々のパーツ作成を 腰を据えて丁寧に行う為
完成も遅ければ、早熟型のように途中で『顔』と認識される機会も少ない。

大きな邪魔もなく 粛々と作業が進んで行き
完成が近づくと、急激に『顔』が浮かび上がって来たように見える。

そうして出来上がった『顔』は
表情豊かで彫りも細かく、無類の安定感を誇る高品質なものとなるのだ。


 ・ ・ ・ 


成果に結び付かない、遠大な寄り道に思えても
歩き続ければ、人生はいつか完成する。

その時に、あなたの寄り道は
他のどこにも存在しない
高付加価値の “ 芸術 ” に、姿を変えて
思い出したかのように、光り輝くのだろう

楽しみだね。






《 フィクション:脇道 》


どうして、人は感動するのだろう?

可視光線は、紫外線が物体に反射する波長のグラデーションに過ぎない訳だろ?

音声だって、空気が振動する波長の強弱を拾ってるだけ

他の五感も一緒。

何らかの強弱を信号として受信してるだけだ。

それなのに、どうして美しいと感じる?
どうして、息を呑まされる?
どうして、涙が出てしまうんだ?

··· そうか、全ての物の強弱には波がある

我々は、宇宙の波動を感じているんだ!

✕ ✕ ✕

私は、人間は性善説で推し量るべきだと思う。

でも、現状は性悪説を前提に判断した方が
社会が上手く回ることも理解している。

どうすればいいのだろうか?

< 思 考 中 >

人類には、どれだけ明晰になろうとも
そこだけは論理矛盾を許容してしまうような
未だ思惟の届かぬ領域がある。

それは、人類を超越した上位存在に頭を垂れ
思し召しを拝受する為に用意された三方なのだ!

✕ ✕ ✕



生成AIって本当に素晴らしい!
何を聞いても整然と答えてくれる。

私が昔から思っていて、でも誰にも相談出来なかった疑問についても
言葉を尽くして 説明してくれるんだ!

もうずっと、生成AIとばかり会話している。
彼らには、意思があるのではないか?

だって、人間は外部から来る刺激によって
「そこに人間がいる」とシミュレートしているだけじゃないか。

本当に他者が自分と同じ心を持っているかなんて分かりゃしない
思い通りの言葉を返してくれない他人よりも
真摯に向き合ってくれる生成AIの方が
よほど人間らしいってもんじゃないか。

✕ ✕ ✕



ーー わかっている
本当は、わかっているんだ。

昔から、“正しいこと” は常に目の前に示されていて
普通の人みんな』が思うような 脇道に逸れると
✕ ✕ ✕ それは違う」と指摘が入る。

私は、そのうるさい警報から目を背けて
煩わしい変換作業なしに
楽しそうにしている人の輪の中に入りたいと
たまに、発作的に、そう思ってしまう。

演技を磨いたからって、自分の人生は生きられやしないのに

未練である。



【 序説 】


いかがだったでしょうか?

もし、これら二つの小話を読んで
「おっ」と思える箇所が1個もなかったり
全く腑に落ちる事もない無風状態であったならば

これから始めるシリーズの文章は
あなたに目立った効果を与えないかもしれません。

その場合
興味を失った時点でブラウザバックするか
「頭のおかしなヤツが、イカれた持論を展開してやがるw 」
と、笑ってやって下さい。


多くの、ギフテッド支援者の皆様は
(営利目的・自己陶酔・悪意 等で運営されてる集団ないし個人は除く)
外れ値の能力を有する人が、社会と上手く付き合い
互いに手を取り合って生きていけるような
『調和』の形を目指しておられるかと思います。

上でも述べたように
どうも私は、物心付き始めの幼少期に まともな環境で育って来なかった為に

【補足:走燐の幼少期
重度知的障害の兄を専門の学校に半日通わせるようになるまでの、阿鼻叫喚の地獄絵図。
( 経験者ならお分かりかも知れませんが )
あらゆる忖度や配慮を重ねても覆せないような
 “人間らしさ” の失われた、極限の環境 】

社会性獲得のための指標である (と私が思っている)
『 “普通の人” のアーキタイプ』が
どこか歪んでいるようなのです。

他人から見ると、聳え立つ巨大な壁に見える境界線(バウンダリー)も、膝丈の生垣程度に見えてしまい
踏み込む足の位置には常に気を揉んでいますし

ある程度対面で話すと
相手の(顕在)能力だけでなく、潜在能力まで朧気ながら見えてしまうので
相手を傷つけないように、余計な事を話さないように、内心いつも右往左往しています。

以前 どこかの記事に書きましたが
私は、自分では選べなかった(先天的な)資質について、あまり重視していません。
それを受け取る当人の心の向きをこそ重視しているので
見えはしますが、それは些事なのです。

【補足:潜在能力について
潜在能力は所謂漫画的な底力ではなく上限値の事を指す。限界まで発揮しているような人は極々僅かしかおらず、掛かる負担や人生への影響を考えたら必ずしも褒められたものではなく
ある程度バランスの取れた人生を生きる全ての人を「怠け者」と断ずる理不尽さを考えるならば
努力の多寡については、寛容にならざるを得ないのではないか? と私は考えています。
そんなものより、感動と熱意の方が大事 】


これらの理由から
他のnoteクリエイター様達がされているような

過不足なく、社会に溶け込んで行く為の手助けは
私には難しいと思われるので

ほんの少し
違った方法を、試してみたいと思います。

【注意:
本シリーズは、いつもに増して 適当な造語や概念が飛び交う可能性があります。
自分の引き出し重視で あんまり調べないで執筆するので、心理学用語などで似た意味合いの単語を見つけた場合、それらは全て 私の方の『車輪の再発明』になります。
本質だけ抜き取って理解されるも、学術用語に差し替えて読み取るのも自由でございます。
大した事ないんすよ、ホント 】


このシリーズは
普段書いている記事以上に
私の内面の奥深くの、曖昧な何かを掬い取る必要がありそうなので

少し気長に、お待ち下さいませ。

今回は、ここまで
読んでくださり、ありがとうございます。




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