山川 日本三大銘菓 風流堂 島根松江 和菓子なスクチャイ010 2025.06.01
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風流堂「山川」(島根松江)日本三大銘菓









日本三大銘菓とはこの他に森八「長生殿」(金沢)そして既出(3つ前の記事)の大和屋「越乃雪」(新潟長岡)だ。
有名すぎる銘菓なのでここでの説明は不要だろう。
適宜Webサイトや書籍を参考にされたし。
・・・と言いたいが、敢えて少しだけ書く。
「山川」という名は松江藩主松平治郷(はるさと)(松平不昧公)の歌「ちるは浮き 散らむは沈む 紅葉はの 影は高尾の 山川の水」から命名した。薄紅と白がそれぞれ紅葉と川のせせらぎを表している。
1890年(明治23年)創業の風流堂2代目が復元したものだ。
と言うのは、不昧公が当時好んだとされる「山川」は明治維新後に一度は途絶えてしまった幻の菓子だったのだ。
大正7年(1918年)、不昧公の100年忌に合わせて風流堂の二代目内藤隆平がわずかに残された文献を読み解きその復刻に成功した。
二代目はこの技術を独占することなく、他の和菓子屋にも広く伝え松江全体の和菓子文化の発展に貢献したと言われている。
両方食べた感想だが、こちらの「山川」の方が「越乃雪」よりもわずかな弾力を感じ、「越乃雪」よりも一般の落雁に近いと感じた。摘んでも「越乃雪」ほどはぼろぼろ粉になるという感覚もない。これは寒梅粉(関東で言うみじんこ)が入っているせいだろう。寒梅粉が砂糖を繋ぎ留め、わずかに空気を含ませることで弾力を生じているように思う。「越乃雪」は寒梅粉は使っておらず和三盆糖の水分と餅米(寒晒粉=白玉粉)で繋ぎとめているのでよりぽろぽろと崩れやすいのだろう。
当時の茶菓子は口当たりがさらりとして口中で溶け後味の残らないものをよしとしたようで、この「山川」はもとより先の記事の「越乃雪」も確かにそうだ。
しかし口溶けという点では「越乃雪」がよりはんなりと消えた。噛み砕く必要がないのだった。一方の「山川」は軽く噛み砕くというという行為が必要とされる。このあたりは良い悪いではなく食べる側の好き好きになるだろう。
子供の頃から落雁が好きな吾輩が馴染んでいるのは「山川」の食感の方で、今まで食べたどの落雁よりも最高級なのが「山川」なのだな、と納得するのだった。
かと言って「越乃雪」は吾輩には経験したことのないような口溶けだったので強烈に新鮮でクセになるような快感であった。
結果的に吾輩はどっちも好きだ、となる。
ひとつ言うと、この「山川」が箱に入っているときは写真を見てわかるように切れてないので食べる時に自分で折るかナイフで切らないといけない。箱の「内容量」に「1枚」と書いてあって開ける前に不思議に思ったのだ。販売店の展示で薄紅と白の2枚が入ってるのを見ていただけに、なぜ1枚なのか、2枚じゃないのか、と思った。
箱を開けてみて触ってわかったが、薄紅と白は上から見ると筋が入ってるが実はくっついているのだった。しかしこれは手で折り曲げる力を加えて簡単に二つに分けることができる。製造時は薄紅と白を別々に作るが箱に入れる直前ぐらいに圧をかけてくっつけているのだろう。
しかし生地に少し弾力があって崩れないので手で折ろうがナイフで切ろうが難しいことではないのだった。特にナイフの刃はスッと入って崩れることもなく簡単に切れるので心配は要らない。
しかし出先などで手元にナイフがない時はどうしたらいいだろうか。5代目三遊亭圓楽さん(馬の顔の圓楽さん)が羊羹の竿を丸ごと齧って食べるのに真似て「山川」も切らずにそのまま一本を齧って食べることになるだろうか。日本三大銘菓の一本をそのまま手に持って齧って喰うのは豪快な食べ方に違いなくそうしてみても悪くないようにも思う。
ちなみに「越乃雪」が最初から切れてなかったらお手上げだ。ナイフの刃を当てようがそのまま齧ろうとしようがぽろぽろと崩れるのが目に見えている。崩れた場合、もったいないからその粉をかき集めて手のひらか皿に集めて息を止めて一気に喰うのか。なんとなく三遊亭好楽さんが床にこぼした焼酎を這いつくばって啜ったりソファの隙間に落ち込んだ歌舞伎揚のカケラを見つけて喜んで喰うようなイメージで格好のいいものではない。(好楽さんのこの話はあくまでネタ)
「越乃雪」はあらかじめ一口サイズに切ってくれていて親切やね、と言う話だ。
なお、「山川」を製造する和菓子店はこの記事に書いた風流堂だけでなく現在以下の和菓子店があるが、最初に復刻版を製造したのはこの記事の風流堂である。
風流堂は製造方法を独占することなしに以下の和菓子店とも製造方法を共有した。
・「菜種の里」の三英堂
・「若草」や「彩紋」の彩雲堂
・「姫小袖」の一力堂(受注生産)
(おわり)
