借用書の代わりは、助手席への招待状
このスタエフの後半で、少しこのエピソードについて話しています↓
29歳にして、初めて教習所の門を叩いた。
都会から田舎へ移住したことで、車がない生活はどうにも不便を感じる。
「免許取らなきゃ…」
焦りは募るが、現実は非情。費用は約30万円。
即座に用意できるだけの蓄えはなかった。29歳にもなって情けない話だが、恥を忍んでおばあちゃんに頭を下げた。
「お金を貸してください」
すると、嫌な顔ひとつせず頷いてくれた。でも甘えてばかりはいられない。これはあくまで「借金」だ。返済計画を記し、期日を定めた借用書を書いた。
教習所での日々は苦難の連続。特に忘れられないのが、仮免許取得のための修了検定。S字カーブやクランクは、なんなくクリア。あとは外周を回ってゴールするだけ。
「いける」
緊張の糸がふっと緩んだ、その瞬間。
ガタン。
鈍い衝撃とともに車体が傾く。左折の際、後輪が縁石に乗り上げていた。
「はい、発着点に戻ってください」
検定員の事務的な声が響く。脱輪による検定中止、一発不合格。こんな初歩的なミスでつまづくなんて。
唇を噛み締め、16,500円の追加費用を支払い再検定に挑んだ。
それから2週間後。秋晴れの空の下、ついに教習所を卒業した。
「教習所の課程、無事に終了しました」
そう報告すると、おばあちゃんは受話器の向こうで、自分のことのように喜んでくれた。その声を聞いただけで少し報われた気がした。
しっかりと働いて、約束通りお金を返していこう。そう決意を新たにした矢先。
おばあちゃんから一通の手紙が届いた。封を開けると、達筆な文字でこう綴られていた。
『先日はご報告ありがとう。ガンバリマシタネ』
カタカナ混じりのねぎらいの言葉に、思わず頬が緩む。
…でも、続きを読んで言葉を失った。
『私の結婚記念日65回目の記念として、免許取得のための費用をプレゼントに致します』
一瞬、意味が分からなかった。
堅苦しい借用書まで渡したのに。
『若い人を応援する私たちの信念、5回目になりました』
胸が熱くなった。「若者」という未来を応援したい。おばあちゃんの生き様がそこに記されていた。
それは30万円という金額よりもはるかに重く、そして温かい #忘れられない贈り物 だった。
借用書は、こうして反故になった。けれど、手紙には続きがあった。たった一つだけ、返済の代わりに提示された条件。
『自信をつけて、私をドライブにつれ出してね』
お金ではなく、時間と経験を共有する。
ぼくが運転する車に乗り、流れる景色を一緒に見る。それが、おばあちゃんが望んだ「対価」だったのだ。
手元にある免許証を見つめる。それは単なる資格証ではなく、おばあちゃんからのエールそのもの。
田舎の道は、秋の深まりとともに色づいている。
エンジンをかける。振動が体に伝わる。
安全運転でいこう。
もう二度と、縁石になんか乗り上げないように。
ブレーキは丁寧に、加速は滑らかに。
助手席の彼女が、「いい眺めね」と笑ってくれるように。
借用書の代わりに頂いたこのミッションを、ぼくは一生をかけて遂行していこうと思う。
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ぼくが運営するコミュニティ「猫の手も借りたい」発で、こんな素敵な企画が誕生するなんて。こたらさん、分析ママさん、本当にお疲れ様でした!企画の相談を受けた時からすでに、この二人が運営する企画ならどんな形であれ、きっといいものになる。そんな確信があったことを覚えています。
まあ、コミュニティオーナーのくせに、期限をとっくに過ぎている不届者なんですけど!!!ほんとごめんなさい!!!
他の作品はこちらのマガジンから見れるので、ぜひ↓
この度、
・企画に参加してくださった
・作品を読んでいただいて温かいコメントをくださった
すべての方に、この場をお借りして感謝します。(どの立場だよ。)
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