見出し画像

母の日が、ずっと苦手だった。けど、今なら言えることがある。

※この記事はすべて無料で読むことができます

まえがき


2025年4月27日。
ぼくのX投稿が、初めて大きく跳ねた日。

運用開始から3日目にして、フォロワーも一気に伸びました


インプレッションは17万を超え、
たくさんの人から反応が届いた。

X、noteをフォローしてくださった
みなさん、ありがとうございます。

でも、その日、ぼくがいちばん感謝の想いを
届けたかった相手は、たぶん母だったと思う。

偶然にもその日は、
母の還暦(60歳)の誕生日だったんです。

うまく言えないまま、何年もすれ違って、
壊れたまま、戻せなかった時間があって。

でも、やっと言葉にできた気がした。


「ここまで育ててくれて、ありがとう」って。


このnoteは、そんな自分の気持ちに、
ちゃんと向き合ってみた記録。


そして、読んでくれるあなたの中にも、
少しでも似たような想いがあるなら。

言葉にして、感謝の気持ちを伝えてみてください。
そう、5月11日は"母の日"です。

どうか、最後まで見届けてくれたら嬉しいです。


今回、ありがたいことに、すてきなご縁がありまして、こまつさんの、【企画】声に出して読みたいnoteにて、朗読していただきました👏👏👏

心地よい音声を聞きながら、この記事を読み進めると、さらにぼくの過去の1ページに没入できるかと思います。


はじめに


そういえば、「検証ニキって何者なの?」
って思ってた人、いると思うんです。

急に現れて、noteの構造だ、
設計だ、バズの法則だって語り出して。
やけに分析が冴えてるくせに、
肩書きは"無職"…?


「結局この人、何してる人なの?」
「なんでそんなに言葉に熱あるの?」

たぶん、ちょっと違和感あったと思う。

だから今日は、
その違和感の正体を、ちゃんと話します。


なぜ、ぼくが無職になったのか。
なぜ、"noteで生きる"と決めたのか。
なぜ、こんなにも書くことに執着してるのか。

これは、ぼくの物語です。
誰かに向けた言葉じゃなくて、
過去の自分に向けた手紙のようなものです。


1章|うまくいってた"はず"の頃

大学生で得た成功と、その裏にあった予感


さかのぼること約8年前。ぼくが20歳を迎えた頃。

大学2年の春。
ポートレート撮影のサービスを仲間と立ち上げた。

何をやっても続かないぼくが、
唯一8年間継続したサービスでした


SNSで拡散され、案件が増え、
気づけば月100万円を超える売上が出ていた。


「好きなことで食っていける」
「もう就職とかしなくていいじゃん」

そんな若気の至りの中で、
世間知らずなまま、とにかく調子に乗っていた。

ブランドの服。カフェでMacBook。
"社長ごっこ"みたいな日々だったけど、
それでも楽しかった。


でも、うすうす気づいてた。
「この成功、足元ふわふわしてないか?」って。


それでも止まりたくなくて、
社会人になってからも副業として続けた。

そして、2024年8月。
そのサービスは静かに終わった。


涙も出なかった。 ただ、心のどこかで思った。
「ああ、自分の中の"何か"が、確かに終わったな」
って。


そりゃあ、8年も続けていたら、
"何か"は心の中に形成されてるもんよね。


2章|崩れる前って、案外静かだよね

仕事、金、信頼、すべてを失った静かな崩壊


22歳で大学を卒業して就職して、
1年目でそれなりに数字を出し、
周りからは評価されていた。


でも、心はなんかずっと遠くにいた。


「これって、俺がやりたかったことか?」
そんな問いに答えられないまま、
朝の満員電車で自分を消していく日々。


23歳のときに転職して、
新しい業界でもそれなりに結果を出した。

美容業界だったんだけど、
新規店舗を立ち上げ、
フランチャイズ展開にも関わった。
一見、華やかだった。


でも、気づけば"笑ってるフリ"
上手になっていた。

その裏で、ぼくの生活は崩れ始めていた。


ある時、想定外の出来事が起きた。

その当時、信頼していた40代の
ビジネスパートナーに、裏切られた。

お金も人間関係も一瞬で失い、
残ったのは信用のない借金だけだった。

そのストレスから逃げるように、夜の街に通った。
酒、女、ブランド品、ギャンブル。

「何かを満たさなきゃ生きていけない」
と思いながら、自分の価値を確認するように、金を使い続けた。

クレジットは限度額。カードは止まり、スマホには支払い催促の通知が鳴る。借金があるのに、また飲みに出てしまう夜もあった。

それでも、"うまくいってるフリ"はやめなかった。
SNSには綺麗な写真だけを投稿して、
実家では「順調にやってる」と嘘をついた。


でも、もう限界だった。


ある朝、鏡を見て思った。


「今日、行きたくない」とかじゃない。
もう、"生きたくない"に近いな。


そのとき、26歳にして人生で初めて頭を丸めた。
文字通り、坊主になった。


全部、終わらせたかった。

でも、終わらせる勇気もなかった。
せめて、ゼロから始めたくて、
過去の自分を一度、断ち切りたくて。


ぼくは、自分のすべてを剃り落とした。


3章|フリーランスになって、詰んだ話

社会との断絶、母とのすれ違い、感情の喪失


頭を丸めて以降、ぼくはすべてを辞めた。
仕事も、SNSも、過去のつながりも、全部。


「ゼロからやり直す」と言えば聞こえはいい。
でも実際は、「何も残らなかった」だけだった。


お金もない。信用もない。
希望なんて言葉はどこにもない。
そんな状態でも、生きなきゃいけなかった。


それでも生活は回さなきゃならないから、
SNS運用代行の仕事を受けた。
TikTok、Instagram、YouTube。

チャンネル運用の現場を
何件も請け負い、日々コンテンツを量産した。

朝も夜も関係ない。
台本、撮影スケジュール、サムネイル、投稿管理、クライアント対応……。
スマホの通知が鳴らない日はなかった。


でも、その忙しさは、心の空洞を埋めてはくれなかった。

むしろ、ただ"存在を消費されていく"
ような感覚が増していった。


その一方で、
家ではもっと静かに、自分が崩れていった。


一番きつかったのは、
母親との関係が壊れていくことだった。


最初は、応援してくれていた。
「無理しないでね」「あなたらしく頑張ればいいよ」

でも、次第に沈黙が増えた。

朝、目が合っても挨拶が出ない。
台所ですれ違っても、
冷蔵庫を開けるふりをしてごまかす。
リビングのテレビは、
無音を避けるためだけに音を出していた。


母の問いが、ある日ぽつりと落ちた。


「で、あなたはこれからどうしたいの?」


その声は優しかった。でも、ぼくには痛かった。
なにも答えられなかった。答えなんて、なかった。


そして、ある夜だった。


母の感情が、とうとう噴き出した。

泣きながら、叫びながら、
ぼくの部屋をめちゃくちゃにした。

机の上の紙が飛び、
洋服が引き裂かれ、
壁に何かがぶつかる音がした。


怒っていたんじゃない。絶望していたんだと思う。


その姿を見たとき、
ぼくは、ただ立ち尽くしていた。
声も出せなかった。泣くこともできなかった。


その日を境に、現実から目を背けるようになった。


以降、約1年。
ぼくの中から感情が消えた。

嬉しいことも、悲しいことも、
怖いことも、悔しいことも、
なにも感じられなくなった。


ただ、呼吸して、生きているだけの日々。


そのときのぼくを、一言で言えばこうなる。
「死んでないけど、生きてもいなかった」

そして、そんなぼくを引き戻してくれたのは、
言葉じゃなかった。

それは、ひとつの命との出会いだった。


4章|母から一本の電話と、手のひらの命

母が運んできた"生き直し"のきっかけ


そんなある日、母から一本の電話がかかってきた。


「ちょっと、見てほしい子がいるんだけど。」


言われるがまま、実家に戻った。
正直、何も期待していなかった。


襖を開けた瞬間、
部屋の隅にうずくまっていたのは、
手のひらに乗るほど小さな黒猫だった。


毛はぼさぼさで、
骨が浮いて見えるほど痩せていて、
怯えたようにこちらを見ていた。

この出会いが、すべての始まりだった


何も言葉はいらなかった。
ただ、その目が「助けて」
言っていたような気がした。


「育てられるのか?」なんて考える前に、
なぜかそっと手が伸びていた。

その子がそこにいた理由も、
自分がそこにいた意味も、全部どうでもよくて。


ただ、あのとき、心が少しだけ動いた。


それが、ぼくの中で初めて
"再生"に近い感情だった。

その夜から、一緒に暮らし始めた。


5章|そして、静かに世界が変わり始めた

小さな命とともに再び呼吸を始めた日々


最初は距離があった。
布団の端に座って、じっとこちらを見ていた。

近づけば逃げる。
撫でようとすれば身をすくめる。
その仕草が、かつての自分と重なった。


「信じたいけど、また傷つくのが怖い」

そんな気持ちを、言葉じゃなく態度で伝えてくるようだった。


一緒に暮らし始めてすぐに、
何かが変わるわけじゃなかった。

でも、ご飯を食べる姿を見て、少し安心し、
トイレを覚えたことに小さな喜びを感じた。


数日後、黒猫はそっと、
ぼくの布団に潜り込んできた。
胸の上で丸くなって、眠った。

その小さな体の鼓動が、
ぼくの胸の奥に伝わってくる。


その夜、何ヶ月ぶりかで、涙が出た。


なにかが解決したわけじゃない。
でも、「ああ、自分はここにいてもいいんだ」
体が先に理解した。


それから少し経って、今度は白い子猫と出会った。
黒猫よりも少し大きく、落ち着いた目をしていた。

慎重で、思慮深い猫様であります


初めは遠巻きに見ているだけで、
決して近づいてこなかった。
こちらから手を出せば、数歩下がる。


でも、毎日少しずつ話しかけて、ゆっくり座って、
ただ同じ空間にいる時間を増やしていった。


ある日、白猫が自分からお腹の上に乗ってきた。
その重みと温もりに、また泣きそうになった。

寝転がるぼくに乗っかる猫たち


この2匹が、ぼくにもう一度、
世界の音を教えてくれた。


「今日を生きる」という
小さな希望を取り戻していった。


6章|そしてぼくは、言葉を選んだ

命と母に背中を押されて、再び選んだ"ことば"の道


文章を書きたいと思えるようになったこと自体が、奇跡だと思う。

救ってくれたのは、小さな命だった。

言葉ではなく、ぬくもりで、
「生きてていい」と教えてくれた黒猫と白猫。


でも、あの子たちと出会えたのは、
ぼくひとりの力じゃない。

あの時、あの電話をかけてくれたのは、母だった。


あの日、壊れかけていたぼくに、
「命を手渡してくれた」のは、他でもない母だった。

怒鳴られた記憶、泣かせてしまった日々、、、
いまでも胸の奥が苦しくなる。


でも、あの一匹の黒猫を通して、
母はもう一度、ぼくに"生きるチャンス"をくれた
のだと思う。


だから今なら、ちゃんと言える。


「母さん、育ててくれてありがとう」って。

大切な祖母と母です。いつもありがとう。


そして、ぼくは決めた。
この命たちと一緒に、生き直す」って。


でも、それだけじゃない。
あの日のぼくみたいに、
声を失いかけている誰かに、
今度はぼくの言葉を届けたい。


本当は、保護猫2匹と静かに暮らしていたい。
その日その日を大切に過ごしながら、
小さな幸せを積み重ねたい。

だけど、現実はそんなに甘くない。
YouTubeの保護猫チャンネルも、
すぐには収益化できない。


だから、ぼくは言葉を"選びなおした"。


Xに、Threadsに、noteに自分の想いを置いていく。

 
数字じゃなくてもいい。
でも、誰かの「もうちょっとだけ頑張ろう」に寄り添える言葉を書きたい。


そして、そんな言葉で暮らしていくために、
まずは月5万円をnoteで目指すことにした。

5万円あれば、猫たちの医療費にも少し余裕ができる。

心に余白ができて、もっと彼らに向き合える。
なにより、「書くこと」から逃げずに生きていける。


これは、ぼくの再出発の宣言だ。

ここまで読んでくれて、心からありがとう。


あとがき


この企画が生まれたきっかけは、
瀬戸内note研究所さんの、
『文章の終焉』を読んだことでした。


「文章は、これから"聴くもの"になる。」


その一文にハッとさせられて、
ぼくも"話すように書く"
自己開示エッセイを始めようと決めました。

こちらの記事も参考にさせていただきました🫡
徹底的にトレースする、ぼくの軸はブレません。


そして、ただ自己開示をするだけでなく、
何か「季節性のあるテーマ」で
届けられないかと考えたとき、
母の日に自然と気持ちが向かっていきました。


早速、実験的にPodcastやってみてます。


書きながら、何度も言葉につまって、
何度も途中で閉じたくなった。

でも、それでも書き切れてよかった。
いま、心からそう思う。


これは、"誰かに伝えるため"というよりも、
"あの頃の自分に、もう一度会いに行くため"のnoteです。


あの時、どうしようもなく崩れていた自分に、
「それでもまだ、生きてていいんだよ」って、
言葉じゃなく、寄り添いで伝えたかった。


そして、もしも今これを
読んでくれているあなたが、同じように
「感情を閉じ込めて生きている」状態なら、

このnoteが、少しでも心の扉を
ノックできていたら嬉しいです。

母に「ありがとう」を伝えるタイミングを、
何年も逃してきたぼくが、
ようやくここで、その言葉を書き残せました。


もし、あなたにも
「言えなかったままの気持ち」があるなら、
ぜひこのnoteをきっかけにしてみてください。

"母の日に感謝を伝える"って、
遅すぎることなんてないから。


プロフィール

検証ニキ|瀬戸内note研究所を徹底検証します🫡


普段のキャラは、
超絶ロジカル感情どこいったん?
もはやAI無機質人間。

こればっかりは過去の経験が影響しているのか、
無意識にそうなってるみたいで。
絶賛リハビリ中ですね。


でも今日は、ただの「ひとりの人間」として、
胸の奥から出てきた言葉をそのまま書きました。

☑︎ 頭を丸めたことがあります
☑︎ 猫に救われたことがあります
☑︎ 崩れたあとに、もう一度立ち上がろうとしています


そんなぼくが、いま模索しているのは、
「言葉で暮らす」という生き方です。


大切なものを見失わずに生きていける言葉を、
静かに、でも確かに発信していきます。


「猫の手も借りたい」あなたへ。


ぼくが運営している
メンバーシップ『猫の手も借りたい。』

note初心者・副業初心者のための、
やさしく、うるさく、でも、あたたかい。
そんな"発信の稽古場"です。


価格は、月額260円〜。


参加すると、
・OKR(目標管理)の立て方やSNS→noteの導線添削サポート

・note設計に役立つ特典マガジン

・ぼくが毎日、せっせと磨いている専用GPTsの利用権(追加費用なし)

などがすべてついてきます。

・投稿前にちょっと見てほしい
・導線やタイトル、ひとりじゃ詰めきれない
・書けない夜を、誰かと共有したい

そんなときは、どうか思い出してください。
このたまり場は、あなたの隣で"猫の手"を差し出すためにあります。


現在、先着30名限定で運営中。

気になったときに空いていたら、ぜひ覗いてみてください。

埋まっていたら、ごめんなさい。

書けなかった昨日に、寄り添える場所でありたいから。

検証ニキより、愛を込めて。


そして、


いつか、古民家猫カフェ

店名:「猫の手も借りたい。」

を、オープンする日を夢見て。


おねがい

🔖 もし少しでも心に残る部分があったら、"スキ"や"フォロー"で教えてください
その小さな反応が、ぼくにとって明日も書き続ける理由になります。


🐾 猫たちとの暮らしや、noteの裏話をXで発信しています
@review_niki — よかったら覗いてみてください。


📩 コメントも、あなたの声として受け止めます
ぼくは言葉で救われたから、今度は誰かを言葉で支えたいです。

ここから先は

0字

この記事は現在販売されていません

この記事が参加している募集

チップ=「おもしろかったよ!」の合図だと思ってます。もしあなたの心がちょっとでも動いたなら、合図、送ってみてください🫡