人生が問いかけ、私は応える。
『関係の中で私らしく生きる「どのように生きればよいのか」』第四章 意味への応え 未来への意思より抜粋
人生は問いであり、過去は応えとなり、今の私が意味を創り出します。
人生の意味は、はじめから完成された形として存在しているわけではありません。どこかに「見つかる」ようなものではなく、私たちが関係の中で自ら「創り出す」ものです。
人生は私たちに「あなたの人生の意味は既に決めている」と運命を定めようとしませんでした。「このように応えなさい」と未来の上にレールを敷き、その上を歩くことを強要していません。歩んできた轍は事実として変えることはできませんが、応えは私たちに委ねられたのです。
つまり私たちは人生から、過去に・未来に・そして今に、どのような意味を創り出していくのか── その意思を問われているのです。
大きな過ちを犯してしまった―― 。
あまりにも重い罪責感に心が押しつぶされそうになることがあります。
現実から目を背けようと横になり、眠って朝が来るのを待つ。日が昇っても、心は沈みゆくばかり。なぜ私は変われないのかと、何のために生きているのかと自らを責めてはまた過ちを犯す。出口の見えないトンネルの中でいつまで彷徨い続けるのかわからず、また今日という一日がはじまる―― 。
はっきりいいます。過去は変えられません。
時間を巻き戻してやり直すことはできません。
もう過ぎたことからです。
そう、過ぎたんです。
ですからもう私たちは過去に生きているわけではないのです。
生きているのは、今この瞬間です。
そして私たちはこれからを生きる存在です。
これからどんな私で在りたいのか、どんな意味を創り出して生きたいのかを人生に問われている存在なのです。
過去の失敗にどんな意味があったのか。それはこれからを生きる今の私たちに委ねられているのです。
私たちは自らの在り方を、今この瞬間から選択することができます。決して今この瞬間にうまく話せるようになることや、現実を一変させるような結果を得るといった私の外側にあるものを選択することではありません。
何を思い、誰と関係を持ち、どのように表現するのか。そしてこれからを生きる私たちにとって、過去にどんな意味があったのか、選択する責任を与えられているということです。
私たちは人生に問われているのです。
あなたは人生にどのような意味を創り出していくのか――。
私たちはこの問いに、どのように意思表明をすればよいのでしょうか。すべてはこの質問に応えることこそ、人生への意思表明となります。
「人生という限られた期間で、他者に対し、私はどう在りたいか」
この問いに、自らの意思によって応えながら生きるとき、私の人生の意味は、初めて私自身の意思によって創り上げられていきます。
「どう成りたいか」ではありません。「どう在りたいか」です。いつか「成る」ことを求 めて生きるのではなく、今この瞬間を生きるのです。
幸せ「になる」ことを目指して生きるのではなく、幸せの意味を今この瞬間から創り出しながら生きるのです。あなたにしか創り出せない意味を、今この瞬間から創り出しながら生きるのです。
すぐに応えられなくても大丈夫です。むしろすぐに応えるものではありません。誰かに質問されて応えなければならない問いでしょうか。誰かに締め切りを決められて応える問いでしょうか。いいえ、違います。その問いに応えるのは、紛れも無くあなたなのです。
だから あなたがゆっくり時間をかけて悩めばいいと思います。
人生はあなたの応えを求めているのです。だからレールを敷くことも、正解を用意することもしませんでした。応えに間違いがなければ、大きい小さいもない、良い悪いも無けれ ば、成功や失敗もないのです。
誰があなたの生きる意味に良いとか悪いとか決める権限あるのでしょうか。他者にそんなことを決める権限はないのです。
あなたの人生は、あなたの責任によって生きるのです。ときに重く感じるかもしれませんが、私たちは一人ではありません。応えへの道筋はあと少しです。共に応えを探していきましょう。
いいなと思ったら応援しよう!
Response Oneに課金アイテムをプレゼントしてくださる方は、自己紹介のリンクから。いただいたプレゼントは記事で紹介いたします(*'▽')