【書評】大江志乃夫『御前会議』(中公新書、1991年)


私たちは、御前会議というと、
どうしても、終戦の際の
あのドラマチックな緊迫した
様子を思い浮かべます。

しかし、本書は、
実際に行われた
1940年以降の
複数回の御前会議をとりあげて
詳細な考察を加えています。

天皇・臣下の発言や動向を
つぶさに見ることの
できるという点で、
貴重な新書でしょう。

天皇をどのようにとらえるのか?

この時代の著者や本には
よく見られるのですが、
天皇をどのようにとらえるのか?
という点で問題があると思います。

よく教科書などでいわれる
帝国憲法下では天皇主権が存在し、
国民は臣下に過ぎなかった……との
理解であれば、
天皇1人が
能動的な政治アクターなのですから、
何も御前会議の内容など
見る必要はないでしょう。
すべて天皇が悪かったで終わります。

しかし、
著者自身は
明言していませんし、
著者自身は
分かっているはずですが、
そんなはずはありません。

天皇は、立憲君主制下の
政治アクターの1人に過ぎません。

逆説的ですが、
だからこそ、
天皇・臣下の発言や動向を
見る必要があるとも言えるのです。

思いつきや気まぐれは困る

本書を読むと、
昭和の日本の戦争指導は
大局的な観点や思想ではなく、
思いつきや気まぐれで
動いているとの感を強くします。

昭和天皇と杉山元参謀総長の
有名なやりとりも載っていますが(15頁)、
あらためて肩を落としたくなります。

それでもこの時は、
国民自身が戦時下であり、
戦争経験を積んでいる状態でした。

戦争とは縁遠く感じる
現代日本において、
思いつきや気まぐれで
国防指導が行われると、
被害は莫大なものになりそうです。

国民は、
政府任せにするのではなく
安全保障の知識をつけて、
やはりマトモな人を
国政に送り込む必要がありそうです。

円滑なコミュニケーションの必要性

また、円滑なコミュニケーション
が必要であることも痛感させられます。

本書で示される
昭和天皇・陸軍・海軍の
関係性だけを眺めていても、
常にすきま風が吹いているように
見えます。

戦争指導という
重要な局面でありながら、
常にぎこちない
発言と動向が示されます。

加えて、
そのような閉塞感を
打破するために、
新たな機関や会議体を
つくるという文化は
昔から変わっていないようです。

仏つくって魂入れず。

最近も、
国民会議の話が
問題になっています。

新たな機関や会議体を
つくるよりかは、
既存の組織の
コミュニケーションを
活発化させる方が
意味があると思いますが、
日本人のもっとも苦手とするところ
なのかもしれません。


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