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【#創作大賞2026 エンタメ原作部門】『おれとわたしのはんぶんこ』第02話「食堂談義」

《第02話 本文》

「あっ、会長ちょっと助けてよ!」
 あくる日、ぼたんが食堂で順番を待っていると同学年の生徒に声をかけられた。

「こないだまで大会に集中してたから、授業で寝まくっちゃってさ。数学と化学、今どこやってるか分かんなくなっちゃったんだよ。前みたく勉強会とか開く予定ある?」
「ああいいぞ。大方、他の部員も似たり寄ったりだろう? 今週末あたりに教室を借りておくから、メンバーみんなまとめて連れてくると良い」
「やった、サンキュ!」

 ぼたんに勉強を見て貰えるとあって、当該生徒はえらく喜んで去っていった。役に立てたなら光栄だ、とぼたんは相好を崩しながらラーメンの食券をカウンターに出す。今日の気分はスタンダードな醤油ラーメンだ。

「会長、一緒のテーブル行ってもいいですか?」
「ああ、まゆみか。今日は何の相談なんだ」
「この前言ってた、彼のことなんですけど……」
「また恋愛相談か。前も言ったが、わたしは力になれるか分からないぞ」

 お次は生徒会の後輩だ。相談内容次第ではぼたんは殆んど愚痴聞き係である。とはいえ相手がぼたんに話して安心できるというのであれば、聞くに越したことはない。こういう場合、ぼたんは来るもの拒まずであった。

「あの、それで……よかったら会長みたいな、キレイなサラサラストレートにするやり方、教えて貰いたいんですけど……」
「わたしが知ってるのは、祖母から教わった丁寧な髪の梳き方ぐらいだぞ。参考になるか分からんが、それで良ければ後で……」
「それ、ウチらにも教えてもらってイイですか!?」
 近くで聞いていた他の生徒たちが、耳ざとくぼたんの周囲に集まってくる。

 昼食時だろうと、ぼたんの忙しさは大体いつでもこんな具合だった。他人の困りごとや相談に日常的に対応してきた関係上、生徒会長となって以降はより公然と頼られる機会が増えており、それだけに限られた時間をどう使うかに毎回頭を悩ませる。

「……そうだ。みんな、少し待ってて貰えるか」

 ぼたんは近くのテーブルに目当ての人物を見つけると、そこに受け取ったばかりのラーメンを盆ごと置きに行った。離れ小島のようなテーブルでぽつんと食事をしていたりりが顔を上げると、鋭い眼光を浴びたぼたんの取り巻きらがギョッとなって静まり返る。

「……んだよ」
「ここで食べても構わないか、りり?」
「勝手にしな」
「だそうだ。みんな、こっちへ来て一緒に食べながら話そう」
「あ、あの会長、それじゃまた後で……」
「おい、みんな!?」

 一瞬だけ顔を見合わせたのち、生徒たちはそそくさ逃げるようにいなくなってしまう。悲しい目をするぼたんとは裏腹に、当のりりはさながらゴミでも見るような目つきを彼らに向けていた。まるで意に介さないといった具合だ。

「……お前、上手くやりやがったな」
「んっ、何の話だ」
「うるせえのが全員どっか行って、静かにメシが食えるってモンだろ」
「わたしはそんなつもりで言ったんじゃ……ただみんながもっとちゃんと、りりのことを知ってくれたらと思ってだな」
「わーった、いいから取り敢えず自分のメシを食え」

 りりは遮るようにシッシッと手を振ると、ぼたんの盆に乗っているラーメンのどんぶりを指し示して言った。

「せっかくの麺が伸びんだろうがよ」
「……それもそうだな。心配してくれてありがとう」
「馬鹿言え、職業病だよっ」

 ぼたんはひとまず気持ちを切り替えると、りりの正面の席に着いて髪をかき上げ、それからゆっくり麺をすすり始めた。熱さが心地良く口の中に染み渡っていく。素朴な、だが至福の時だ。その上、りりと一緒に食べている事実が最高のスパイスだった。

 やがて熱がこもってきたので、制服の胸元を少しだけはだける。他の生徒たちの前では常にビシッと着こなすのを意識しているので、ぼたんにとっては、りり以外には見せない仕草であった。

 ちらとぼたんが盗み見ると、りりは包みに使っていたピンクの布を敷いた上に二重の小ぶりな弁当箱を広げていた。シンプルな白飯に市販品のふりかけを振り、左程多くはないおかずを小さな口元へ黙々と運び続けている様子を見て、ぼたんはフフッと思わず笑みを漏らす。

「な、なんだよ」
「いや、相変わらず可愛らしいのを使ってると思ってな」
「お前、次言ったらぶっ殺すかんな!?」
「そう怒ることないだろう? 普段あれだけ人を睨んで威嚇しているりりの私物が、そういうのって知ったらみんなりりへのイメージが変わると思うぞ?」

「仕方ねえだろ、昔っからおふくろの古着着たり中古のボロばっか使ってた所為で、茶化してくる連中が多くてこうなっちまったんだよっ」
「…………お母さんは元気か?」
「ぼちぼちだよ」

 簡素にだけ答えるとまた弁当箱に目を落として咀嚼を続けるりりに、ぼたんは自分からはそれ以上、何も訊くことが出来なかった。何とも言えない気まずい沈黙が、奇妙な取り合わせのふたりの間を漂う。
 ぼたんが気を取り直して麺をすすると、ズズッとやけに大きな音がした。食堂中が生徒たちでガヤガヤしているのに、ふたりの周囲の空間だけ静寂の度合いが異様だった。

「しかしよ、」
 先に口を開いたのはりりの方だ。近くにあまり人がいないのを確かめると、その上で更に声を潜めるという念の入りようである。

「まさか学校の連中も、天下の生徒会長さまと悪名高いスケバンリリーさまが、半分ずつ血ぃ繋がってるだなんて、夢にも思わねえだろうな、はは」
「箸で人を指すんじゃない」
「学園を表と裏から牛耳るきょうだいって、何か映画みたいじゃねえか? お前アレだ、マフィアのボスと裏でつるんでワイロ貰ってる悪徳市長的なやつ」
「やめろと言ってるだろうに」
「あとさ、昨日うちにクソ親父が来やがったぞ」

 ぼたんは飲みかけていたスープを喉につっかえさせてしまい盛大にむせ返った。りりが気の毒そうに「ほらよ」と水を余分にコップに入れてくれるが、それを飲み干してもなお動揺は収まりそうになかった。

「来たのか、あの男が…………!?」
「玄関前に居座って、何か知らねえけどおふくろ相手にゴネてやがってよ。頭にきたから鍋で沸かしてた湯ぶっかけてやったら、慌てて逃げてきやがったけども」
「危ないことするな……」

「だから下手したら、そのうちお前んちも行くかもしんねえし、アイツしつこいから気ぃつけとけよ。おふくろも心配してたから」
「そうか、すまないな……」
「謝んなって」

 それからふたりは、再び黙りこくってしまった。食べても食べても、食事が体を素通りしていくような満たされない感覚があって、ぼたんは次第に何か喋っておかないと堪えられないような気分にかられた。

「りりは弁当、今は自分で作ってるのか?」
「レンチンの詰め合わせだから作ってるって言えるのかね……おふくろがやってた時は、全部手作りだったけど、おれのはそれっぽく盛り付けてるだけだかんな……」
「それでも、自分でやれるのは立派だよ」
「別に。おふくろにムリさせたくねえだけ……」
「……すまない」
「だから謝んなって言ってんだろ」
 最後のりりの声には、多少苛立ちが混じって聞こえた。

 居づらくなったのか、りりは弁当箱を片付けると「じゃあもう行くわ」と、その短めのスカートを翻し立ち上がった。ぼたんの視線を無意識に吸い寄せたりりの太腿は、自分のに比べると妙に生白く、その上ほっそりとして不安を誘うようだった。

「とにかくアレだな、お互い気ぃつけようや」
 りりは最後にそれだけ言うと、ぼたんの返事も待たずにサッサと食堂から去っていってしまった。

 残されたぼたんは、しばらく頭がモヤモヤして考えをまとめることが出来ずにいたが、チャイムが鳴り昼休みが終わりかけたことでやっと立ち上がろうとした。食べても殆んど満足しなかったハズなのに、いつの間にか体中がずっしり何かを背負い込んだかのように重たくなっていることに、ぼたんは遅れて気付いたのだった。

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