2026年春アニメ評価&レビュー(最終版その1)
本格的な梅雨の季節となり、昨日はかなりの雨が降りました。仕事柄、あまり大雨は降ってほしくないので、災害のない程度の雨が程よく降るのが一番ですが、天気のことなので今年の梅雨はどうなるのか、例年のことなのですが心配になります。
さて2026年春アニメもいよいよ最終盤に突入し、終了した作品もでてきました。今回から最終版となる『2026年春アニメ評価&レビュー(最終版)』として発表していきます。
終了した作品についてはその都度レビューを上げていきたいと思いますが、何せ数が多いので、完走した作品を全てレビューするのは多分難しいと思います。それでもできるだけたくさんの作品をレビューしたいと思います。同時に最終話が終了時点での私の作品に対する評価も合わせて掲載いたします。
今期私が視聴している作品は、視聴を断念したものも含め全部で50作品です。そのうち、最終話まで視聴するのは32作品、完走率64%です。
評価方法についてはこれまでと同じく、
S:特筆すべき作品
A:特におもしろい作品)
B:おもしろい作品
C:普通
D:とりあえず継続視聴
E:視聴を断念
の6段階で評価しました。同じランクでも上位に位置すると評価した作品には「A+」のようにプラスをつけています。
メイドさんは食べるだけ
【初動評価:D ⇨ 最終評価:B】
当初はメイドとグルメ?というあまりにありきたりな設定に、不安を感じて観始めましたが、気づけば最後まで楽しく完走していました。
本作はいわゆるグルメアニメに属する作品ですが、取り上げられたのは私たちにとって身近な食べ物ばかりです。例えば第1話のサブタイトルは「たい焼き/たこ焼き/お団子/コンビニおにぎり/バウムクーヘン」。どれも素朴で親しみやすく、新旧和洋がほどよく織り交ぜられています。さらに、それぞれの食べ物に関する豆知識も盛り込まれており、楽しく観ることができました。
主人公のすずめは可愛らしく朗らかで、何より本当に美味しそうに食べる姿はとても癒しになります。英国育ちという設定も効果的で、日本のことは知っていても、実際に食べるのは初めてという新鮮な反応から、食べ物の美味しさが自然と伝わってきます。
また、最初はなぜすずめはいつもメイド服を着ているのだろうと思っていましたが、その理由がきちんと説明された点もよかったと思います。説明過多は困りますが、こうした誰もが気になっていることへの説明があるととてもすっきりします。
この作品を観て改めて感じたのは、日本の食文化の豊かさです。昨今はインバウンドで多くの外国人が日本を訪れ、日本の食べ物は美味しいと口をそろえて言いますが、本作からもその魅力がよく伝わってきました。私自身も日本の食文化を改めて味わうような気持ちで、最後まで楽しく観ることができました。
逃がした魚は大きかったが、釣り上げた魚が大きすぎた件
【初動評価:C+ ⇨ 最終評価:C】
本作は、広い意味では悪役令嬢モノではありますが、武闘派のおてんば娘と王太子のロマンスを描いた作品だということができると思います。最後は絵に描いたようなハッピーエンドを迎え、驚くような展開があったわけではありませんでした。全体を振り返ると、物語の意外性よりも、主人公マリーアのキャラクターを楽しむ作品だったように思います。
とにかく本作は、マリーアの明るさ、勢いのよさ、そして強さで最後まで引っ張っていった印象です。彼女は考えるより先に体が動くタイプで、無鉄砲なところもありますが、その真っすぐさが作品全体の空気を明るくしています。細かい理屈よりも、彼女が元気いっぱいに突き進んでいく姿を見て楽しむ作品だったと言えるでしょう。
特によかったのは、マリーアとアイーダの関係です。二人の間には、百合とはまた違う、シスターフッド的な強い絆がありました。互いを支え合い、認め合う関係性には温かさがあり、作品の中でも印象に残る部分でした。ロマンスだけに寄りかからず、女性同士の信頼関係が描かれていた点は、本作の魅力だったと思います。
一方で、物語としてはやや起伏に乏しかったと感じています。レナートとプラチドは包容力のある王子様キャラで、アイーダも母親のようにマリーアを見守る存在です。そのため、無鉄砲に突っ走るマリーアを周囲が温かく受け止める場面が多く、安心して見られる反面、緊張感や波乱はあまり生まれませんでした。
せっかくマリーアが武闘派で行動力のある主人公なのですから、もう少し冒険や大立ち回りがあってもよかったのではないかと思います。彼女の強さや勢いをもっと物語の中心に据えれば、ロマンスだけでなく、アクションや成長物語としての面白さもさらに広がったかもしれません。
総じて、本作は大きな波乱や意外性を楽しむ作品というより、マリーアという主人公の明るさと勢いを楽しむ作品でした。最後まで気持ちよく見られるハッピーエンドではありましたが、その分、もう少し彼女が暴れ回るような展開があれば、より印象に残る作品になったのではないかと思います。
霧尾ファンクラブ
【初動評価:C ⇨ 最終評価:C+】
私は『霧尾ファンクラブ』という作品は、笑って終わる単なる「コメディ」ではなく、「喜劇」ではないかと感じています。色もの系でもあり全編にわたってギャグは満載ですが、その根底にあるのは、義理人情にあふれた温かさなのではないかと思っています。
藍美と波の関係については、ライトな百合として見る向きもありましたが、それ以前に二人が「友情」という太い絆で結ばれているように感じられました。二人はどちらも霧尾くんのことが好きで、その思いを共有しながら、妄想にふける時間そのものを楽しんでいます。普通なら、同じ相手を好きになったことで対立が生まれても不思議ではありませんが、この二人の間にそうした争いは起こりません。むしろ二人は、霧尾くんを好きでいることを分かち合う“同志”のような存在だったのだと思います。
ギャグの勢いに隠れがちですが、藍美も波も、根っこの部分では本当に霧尾くんのことを大切に思っていたのではないでしょうか。ただ好きだと騒いでいるだけではなく、彼の存在を肯定し、彼が笑ってくれることを心から願っていたように思います。そして何より、二人は最後までお互いを裏切りませんでした。恋愛感情が絡んでも、二人の友情は揺らがなかった。その点に、この作品の温かさがあります。
ラストの屋上のシーンは、まさにその象徴でした。霧尾くんが抱えていた悲しみや苦しみに対して、藍美と波は彼が何を言おうと、徹底的に向き合い、癒し、慰めようとします。もちろん、そのやり方は彼女たちらしく、彼の前では照れ隠しのようにギャグに走りますが、真面目で、不器用で、どこか不格好です。それでも二人は、霧尾くんに笑ってほしい一心で、自分たちなりの方法で必死に寄り添おうとします。
その思いが、霧尾くんに伝わらないはずがありません。藍美と波のまっすぐで不器用な優しさは、彼を暗闇から解放していきます。二人の行動はとても滑稽ですが、同時にとても真剣で、だからこそ笑いだけでは終わらない感動がありました。だから私はこの作品を「喜劇」だと思うのです。
やがて三人は、良い友達として卒業を迎えます。これから先、今までのように毎日会えるわけではないかもしれません。それでも、こうして築かれた友情は、簡単に消えるものではないでしょう。藍美と波の友情も、霧尾くんとの関係も、この先さらに深まり、形を変えながら残り続けていくのではないかと思います。
『霧尾ファンクラブ』は、最後までギャグに満ちた作品でした。しかし、その笑いの奥には、人を思う気持ちや、友情の強さがしっかりと描かれていました。だからこそ本作は、ただ笑って終わるコメディではなく、笑いあり涙ありの「喜劇」として、大団円を迎えたのだと思います。
自称悪役令嬢と婚約者の観察記録。
【初動評価:B+ ⇨ 最終評価:A】
今期の悪役令嬢もの3作品の中で、個人的には本作が一番面白かったと思います。大きな魅力は、やはり「悪役令嬢」を自称する主人公・バーティアのポンコツぶりが、実に可愛らしく描かれていた点です。
バーティアは明るく、嫌味がなく、自然と人を惹きつける魅力を持っています。本人は悪役令嬢になろうと必死なのに、どう足掻いても悪役令嬢にはなれない。そのズレがとても楽しく、私自身もすっかり彼女の魅力に引き込まれてしまいました。
一方、王太子セシルは万能で冷静、どこか感情に乏しい人物として描かれます。そんな彼が、暴走気味のバーティアをうまくコントロールしながらも、少しずつ彼女に心を動かされていく。その変化が本作の大きな見どころでした。無感情に見える人間でさえ、無意識のうちに惹きつけてしまうバーティアの魅力は、まさに天賦の才と言えるでしょう。
序盤でバーティアが突然「自分は乙女ゲームの悪役令嬢だ」と言い出したときは、どのような展開になるのかと思いました。しかし物語はテンポよく進み、視聴者はセシルと同じ目線で、バーティアの行動を温かく見守ることになります。結果として、セシルが彼女に惹かれていく過程を追いながら、視聴者自身もまたバーティアの魅力に引き込まれていく構成になっていたと思います。
人を惹きつけることは、誰にでもできることではありません。バーティアは特別な策略家ではありませんし、計算高い人物でもありません。それでも、素直で真摯な性格、そして相手にまっすぐ向き合う姿勢が、周囲の人々の心を少しずつほどいていきます。天然ではありますが、決して考えなしではない。彼女と接していると心が癒やされるような、不思議な安心感があります。だからこそ、周囲の人々は自然と彼女のもとに集まっていくのでしょう。
その対比として、ヒローニアの存在も印象的でした。誰かに気に入られようと画策しても、その人間性は行動に表れ、結局は見透かされてしまいます。バーティアは意識して人間性を磨いてきたわけではないのかもしれません。しかし、素直であること、真剣であること、そして人を大切にすることが、巡り巡って彼女自身の魅力を形作っていたのだと思います。
最後は実に気持ちのよいハッピーエンドでした。笑えて、可愛らしくて、見ているだけで楽しい作品でありながら、人を惹きつける魅力とは何かをさりげなく描いていた点も印象に残ります。バーティアというキャラクターの魅力に、最後まで存分に楽しませてもらいました。
あかね噺
【初動評価:A ⇨ 最終評価:A+】
本作は、落語の魅力と醍醐味をとても分かりやすく描いていた作品だと感じました。特に終盤の可楽杯のエピソードでは、三人のアマチュア落語を比較しながら、それぞれの違いや個性を視聴者に伝えることに成功していたと思います。
落語の本質は「笑わせること」や「楽しませること」ではないのは、素人の回しにとっては目から鱗の視点です。演じる落語家自身の存在が薄くなるほど、噺の中の人物が観客の想像の中に立ち上がり、まるでそこにいるかのように自然に感じられる。それこそが落語家の芸の真骨頂なのだと得心しました。
あかねが演じた『寿限無』は、私でも知っているほど有名な古典落語です。誰もが知っている噺でありながら、いつ聞いても面白い。それは、演者が観客の想像力をふくらませるように語り、同じ噺の中に新鮮な面白さを生み出しているからなのだと思います。
私自身、『寿限無』には少し思い出があります。落語絵本『じゅげむ』を子どもに何度も読み聞かせているうちに、あの長い名前を自然と覚えてしまいました。だからこそ、誰もが知っている『寿限無』をどのように演じるのかという今回のエピソードは、とても興味深く観ることができました。(『まんじゅうこわい』も買いました。)
最近は、落語に触れる機会が少なくなったように感じます。かつてはNHKなどを中心にテレビでも落語番組を見かけましたが、今では以前ほど目にすることは少なくなりました。お笑いといえば漫才やコントが中心で、落語は少し遠い存在になっているのかもしれません。
私の住む関西には、常設の寄席として大阪の「天満天神繁昌亭」と神戸の「神戸新開地・喜楽館」があります。どちらも便利な場所にあるので、本作をきっかけに、一度寄席へ足を運んでみたいという気持ちになりました。『あかね噺』は、落語という芸の奥深さだけでなく、実際に生の高座を見てみたいと思わせてくれる作品でした。
日本三國
【初動評価:B+ ⇨ 最終評価:A+】
本作については、拙稿『TVアニメ『日本三國』考察~未来に再演される“日本史における四つの動乱期”と作品世界の構造』及び『TVアニメ『日本三國』第12話に登場する地名について~「聖籠」「織田」「金ケ崎」』に記していますのでそちらをご覧ください。
以上、『2026年春アニメ評価&レビュー(最終盤その1)』でした。次回、『最終版その2』に続きます。それでは、また。
