聖籠、織田、金ケ崎――TVアニメ『日本三國』第12話に散りばめられた史実の影
本作は第12話をもって、大和が聖夷を滅ぼす形で第1期が終了しました。本作については、拙稿「TVアニメ『日本三國』考察~未来に再演される“日本史における四つの動乱期”と作品世界の構造」で触れていますので、ここでは第12話に登場した地名について、簡単に補足しておきたいと思います。
まず、聖夷の首都「聖籠」についてです。現在も新潟市に隣接する新潟県北蒲原郡には、聖籠町という町があります。
「聖籠」という地名の由来には、「緑丸伝説」が関わっています。むかし、百合若という若者が嵐でこの地に流れ着き、そこで出会った賢い鷹を「緑丸」と名付けました。緑丸は百合若の手紙を都へ届け、彼の帰還を助けますが、力尽きて死んでしまいます。その後、平安時代初期に高徳な僧侶がこの地を訪れ、緑丸を供養するために堂を建てて山に籠もったことから、「聖者が籠もる山=聖籠山」と呼ばれるようになり、やがて「聖籠」の地名が生まれたとされています。
聖夷の首都を聖籠としたことにどれほどの意味があるのかはわかりませんが、このような伝説を伴った土地を首都とするのは、「歴史の積み重ね」であるこの日本三國の物語にふさわしいものだと思います。
次に、大和の辺境将軍隊の賀来軍師が、聖夷軍を陥れた計略の舞台として登場する「織田(おた)」についてです。
ここは地名が示すとおり、織田信長の祖先である織田一族発祥の地とされています。織田家の祖先は、代々、越前国織田にある剱神社の神官・荘官を務めていました。その後、越前守護の斯波氏に仕え、14世紀の終わり頃に尾張へ移ったことを機に、故郷の地名である「織田」を名乗ったのが織田家の始まりとされています。
作中では、大和軍が撤退を偽装し、聖夷軍を「織田」の狭隘な谷沿いの街道へ誘い込みます。そして、廃車の雨を降らせるという大胆な策によって、聖夷軍を壊滅へと追い込みました。その戦いぶりは、少数の戦力で大軍を次々と打ち破り、やがて覇権を握っていった織田信長の戦いを彷彿とさせます。
また、この撤退戦は、織田信長と越前朝倉氏の「金ケ崎の戦い」も想起させます。
朝倉氏を攻めるため、金ケ崎城、現在の福井県敦賀市に陣取っていた織田信長は、当時同盟関係にあった北近江の浅井氏の裏切りに遭い、撤退を余儀なくされます。このとき殿(しんがり)を務めた一人が、木下藤吉郎、後の豊臣秀吉でした。織田信長最大の窮地ともいわれるこの戦いで、藤吉郎は敵の追撃を食い止め、信長の京への帰還を助けます。このときの武功もあり木下藤吉郎は出世街道をひた走っていくのです。
龍門光英から殿の大役を任された阿佐馬芳経は、それを出世の好機と捉えて大いに喜びます。これは木下藤吉郎の出世話を自身に重ねているのかもしれません。
ここまで書いて今更ながらに思ったのですが、龍門「光英」は明智「光秀」になぞらえているのでしょう。明智光秀もまた木下藤吉郎とともに金ケ崎の撤退戦に殿軍として参加していました。
こうした史実との重なりを探しながら観ることも、『日本三國』という作品の楽しみ方の一つだと思います。
