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何かの代わりに別のものを用いる

 上の記事の続きです。文字通り、ご笑覧願います。たわごとですので、本気に取らないでくださいね。とはいえ、本人は本気で書いております。

 お急ぎの方は、【後書】からお読みください。


【本文】


 なにかのかわりに、なにかではないものをもちいる。かわりをもちいることで、やくわりがかわる。そうなると、もう、もてあそばれるしかない。つかうのではなく、つかわれるがわにみをおくことになる。

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 ことわりのないところでことわる。いうまでもなく、ことわりはない。わりきれない。

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 まつりごとをつかさどるやくを、ひとびとのかわりに、になわされただけなのに、ひとびとのかしらをよそいだす。おさめるがわのひとりだったものが、ひとをおさめるがわにかわる。

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 ひとをおさめるがわにたつと、あやまってもあやまらない。あやまってもあやまっていない。あやまっているのか、あやまっていないのか、わからない。わけられないからわからない。わりきれない。おさまりがつかない。

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 ことをわける。

 わける。わかる。かわる。おそらく、そのあわいはせまい。わけがわからなくなるほど、せまく、ちかい。

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 かわる、わかる、わける。はかる、わかる、わける。

 おとがいれかわる、もじがいれかわる。ことがおきかわる、ものがおきかわる。

【解説】


「うつせみのたわごと -1-」(全14回)です。

 できるだけ大和言葉系の語をもちいて、平仮名づくしで書こうという試みをしています。古文やその文法は知らないので、古文を綴ろうとしているわけではありません。

 ですので、ご教示は遠慮いたします。自分語にひとさまからご指示をいただくなんて変な話ですし。

 ふだん書いている文章とは違った書き方で、「言葉」や「書く」や「読む」をテーマに書く。そんな実験をしています。

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 今回のテーマは、代わり、代理、代用、代表です。

 今回の文章で標準的な表記に直したキーワードは、「何かの代わりに何かではないものを用いる」、「ことわり・事割り・言割り・断り・理」、「納める・治める・収める」、「誤っても謝らない」、「謝っても謝っていない」、「入れ替わる」、「置き換わる」です。

【後記】


 自分で制約をもうけて言葉と文字を綴ろうとすると、制約がない場合とはまったく異なる文章になることがあります。

 言葉と文字には自立した世界があると実感しないではいられません。私の好きな言い方をすると、言界(言葉と文字)には言界特有の文法があります。

 制約を受けることで、かえって言葉と文字はこちらの思いを制しはじめるのです。こちらとしては、書いているというよりも、書かされているような心境になります。

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 たとえば、慣れない方言で文章を書いてみると、その感じが分かるかもしれません。言葉と文字に書かされる感じです。

 そうなると、言葉と文字は、もはやこちらの「代わり」ではなくなってしまい、むしろこちらが「代わり」であるといった転倒した心もちにおちいるのです。

 これは、癖になります。

 文章は書こうと思えば書けてしまうので普段は気づきませんが、たとえ書き慣れた言語や表記での執筆であっても、書くことは自由な行為なようでいて意外と不自由な体験なのです。

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 なにしろ、文字ではないものを文字にする、文字でないものが文字になる、わけですから。かわるのです。まったく別の物に置き換わるのです。

 替わる、代わる、換わる、変わる。

 どの「かわる」の場合にも、何かが消える、失われる、欠けるのです。

 それをあっさりと忘れることが「書く」なのでしょう。書くは欠く。かくはかく。欠けないと書けないという意味です。つまり、欠けるから書ける。

 何かを消さないと何かは書けません。消しながら書いていくのです。

 何かを失わないと何かは書けないとも言えるでしょう。その場合には、その代わりに、失いながら書いてゆくことになります。

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 何かを失わないと何かが書けない、失いながら書いてゆく、と書いていくことで、何かを消さないと何かが書けない、消しながら書いていく、が失われて消えていく。

 もちろん、上のように書くことで同時に失われ消えていくものは、もっともっとたくさんあります。他と多を消さないことには、一語も一文字も書けないのです(このことについては明日の記事に書きます)。

 書くという行為は、書く「代わりに」消されていく数知れぬ他者=多者への鎮魂歌なのかもしれません。

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