ビードロ、ギャマン、ガラス
今回の記事は、「時計、眼鏡、宝石(時間・時刻・時計・03)」の以下の箇所をきっかけに書いたものです。ガラスをテーマに書いてみたくなりました。
言葉を転がしてみます。
hourglass・砂時計・sandglass・eggtimer・eggglass。本来は、ゆで卵をつくるときに用いられるたようです。
glass、グラス、ガラス、硝子、ギヤマン、ビードロ。
glass は glasses と複数形になると、二つのレンズからなる眼鏡の意味にもなりますね。
(拙文「時計、眼鏡、宝石(時間・時刻・時計・03)」より)
透明なガラス、不透明な「ガラス」という言葉
ガラスというと透明なものをイメージしますが、ガラスという言葉となると、必ずしも透明とは言えないようです。
ガラスというものは透明だけど、「ガラス」という言葉は不透明だと言えるでしょう。
はり・波留・玻璃、ビードロ、ギャマン、硝子、ガラス。
こんなふうに、いま一般的に「ガラス」と呼ばれているものには、これまでにさまざまな名称があったそうです。
ガラスという言葉には、見えない厚みがあるということでしょうか。
透明だから見えにくい
よく考えると、ガラスは透明だから見えにくいとも言えます。ガラスという言葉の話ではなく、ガラス自体のことです。
ガラス自体を見ることは稀なのではないでしょうか?
ガラスは何かを見るためにあるのです。窓ガラスや眼鏡がいい例です。何かを見るためにあります。
ガラスをじとーっと飽きずに見つめるのは、『雪国』の冒頭の島村さんくらいではないでしょうか? 日本文学では。
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ガラスのレンズを備えた顕微鏡や望遠鏡やカメラもそうです。鏡もそうにちがいありません。きっとキャメラで撮影された映画もです。映画をスクリーンに映すためにはレンズが必要です。
ガラスは、異世界や別世界や異界を見るために存在しているかのようです。透明なのに、いや、透明だから、でしょう。
透明でなかったら、向こうの世界が見えませんから。例の水晶玉も、そうかもしれません。あれは透明だからいいのです。
ガラスの古称であり別称でもある「はり・波留・玻璃」とは水晶だったと辞書には書いてあります。綺麗な字面の言葉ですね。名前でもありそう。まさにキラキラネーム。いや、古式ゆかしいネーミングと言うべきでしょう。
ビードロ、ギャマン、硝子
ビードロという言葉が気になったので辞書で調べてみると、なんとポルトガル語から来ているらしいのです。
西洋の事物が日本に渡来する順では、ポルトガル語が先でオランダ語が次だと学校で習った記憶があります。キリスト教の布教と経済活動つまり交易が目的だったわけですね。
・はり・波留・玻璃:梵語(サンスクリット語)
・ビードロ・硝子:ポルトガル語
・ギャマン:オランダ語
・ガラス・硝子・グラス:オランダ語(glas)、英語(glass)
ガラスを意味する上の言葉の中では「硝子」が気に入っています。
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やはりガラスという意味である「ギャマン」という言葉は、ダイヤモンドから「転じた」と辞書に書いてあります。ギャマンとダイアモンドを発音してみると、似ていると言えば似ています。
国語辞典で「ギャマン」を引くと「diamant(オランダ)」とあって、納得しました。似ているどころか、diamond とそっくりじゃないですか。瓜二つというやつ。「他人のそら似」でなければ。
というか、まさか「他人」ではないでしょう。オランダ語と英語ですから、血縁関係は濃そう。ちなみに、フランス語ではダイアモンドは diamant(ディアモンみたいに発音します)ですから、もっと似ています。
(ゲルマン語系)独 ← 蘭 ← 「英」 → 仏 → 伊・西(ラテン語系)
学生時代に習った英語の立ち位置は、確か上のようなものでした。英語が真ん中に来るのです。ボルヘス先生も、これと似たことをおっしゃっているようです。
Jorge Luis Borges on English pic.twitter.com/gmPTWFUo2J
— Synekura Audio (@synekura_audio) March 27, 2025
上は、本日私のXのタイムラインに流れてきたポストです。リポストしました。尊敬するボルヘス先生がおっしゃると、なかなか説得力があります。
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さらに調べてみました。
ガラスを切ったり削ったりするのに硬いダイアモンドを使ったことから、ダイアモンドを意味するオランダ語 diamant、またはポルトガル語 diamão が「訛って」、ギャマンとなったというのです。
辞書の記述によく見られる「転じた」とか「または」とか「訛る」という言い回しが好きです。あと、「○○か」なんて疑問形もあります。
要するに、とりかえが生じたわけです。
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いずれにせよ、最も硬いといわれる透明の石で、透明なガラスを切ったり削るなんて、綺麗なイメージですね。
硬い天然の石で軟らかい人造の石を切ると考えると、猟奇的でエロチックな感じもします。
そこから「ギャマン」という綺麗な字面で綺麗な音の言葉が生まれたなんて、これまた綺麗な結合の物語だなあ、なんて感心しないではいられません。
ギャマン、とりかえ、転、訛――とりかへばや物語。
転じる、訛る、とりかえ
辞書や言葉の由来の事典で「ギャマン」という言葉の由来を説明する口調は、いかにも歯切れが悪いですね。
Aという言葉はね、本当はBを意味する言葉なの。Aを作るのにBを使ったから、そうなっちゃったわけ。変でしょ? ごめんね。あはは――。
それだけじゃないの。Aと呼ぶのはCが訛ったか、Dが訛ったか、よくわかんない。でもね、CもDもきょうだいみたいなもんだから、間違えるのが人情じゃないこと? どっちでもいいようなもの。害はないでしょ? 我慢してね。あはは――。
あはは、なんて笑って誤魔化すな、と言いたくなります。ま、笑っているかどうかは別にして、体裁を取りつくろっていることは確かですね。
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とはいうものの、「転じる」とは、「すり替わる」と「とりかえ」が起こっているのです。「または」とは、要するに「わかんない」にほかなりません。
「訛る」なんて、口のまわらない幼児が「こども」を「ころも」と言うように愛嬌があって可愛らしいと思います。
人と言葉がともに生きていると感じるのです。そもそも言葉とは、口にし、口で転がすものではないでしょうか。
しゃぶる:ものを口にする
しゃべる:言葉を口にする
似ています。ただし、個人の印象です。
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人は常に辞書を手にして話したり書いているわけではありません。言葉の規則なんて後付けですから。
いま生きている言葉を愛でましょう。いま生きていない言葉は、いたわってやりましょう。
玻璃・瑠璃・はり ⇒ ビードロ ⇒ ギャマン ⇒ ガラス・硝子・グラス
揺らぎ、移り変わっていく言葉。いや、むしろ変わっていくのは言葉と事物の間の対応だと言うべきなのでしょうか。
というか、揺らぎ移りゆくのは、人の身体であり、心のあり方だと思います。
見える/見えない、聞こえる/聞こえない
ここで私の大好きな言葉を挙げます。「あなた・彼方・貴方」(⇒「あなたは近くて遠い、まぼろし」)と同じくらい好きです。
うつせみ【虚蝉】(「現人(うつせみ)」に「虚蝉」の字を当ててできた語)
①蝉のぬけがら。
②転じて、蝉。
③魂がぬけた虚脱状態の身。
(※広辞苑を参考にしました。)
・ほかに、以下の語義にもある「空蝉」という表記もあります。
うつせみ【現人】(ウツシ(現)オミ(臣)の約ウツソミが更に転じたもの。「空蝉」は当て字。)
①この世に現存する人間。
②この世。現世。また、世間の人。
(※広辞苑を参考にしました。)
・ほかに、「現身」という表記を当てることもあるようです。
「当てて・当てる・当て字」、「転じて・転じた」、「約(省略する)」という言葉が目に付きますね。この言葉が勢いよく生きていたしるしです。
「うつせみ」という同音への意味の重なりぐあいも好きです。まるで自分のことのように感じられて親近感を覚えます。
言葉や文字やイメージの多義性、多層性、多重性――といったものに強く惹かれる私にはたまらない言葉なのです。
「ガラス」という一つのものに当てられた言葉たち、「うつせみ」という一連なりの音に当てられた意味たち。
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たとえば、「うつせみ」とひらがなで書いたり、「うつせみ」と口にすると、「空蝉」も「現人」も消えてしまいます。でも、「うつせみ」という平仮名と声には何かが立ち現れます。
私はこういうことが不思議でなりません。
私にとって、言葉(声)とは目に見えない虚ろな器であり、文字(姿)とは聞こえない移ろう器なのです。
この器は、おそらく私たちの身体であると同時に、心というか魂なのだろうと思います。切り離させないのです。
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言葉(音)に形(文字)を当てる、形(文字)に言葉(音)を当てる。
見えないはずの意味に見える文字を当てる。聞こえないはずの意味に聞こえる音を当てる。
見えない意味の「代わり」に見える文字をもちいる。聞こえない意味の「代わり」に聞こえる声をもちいる。
「代わりに」は魔法の言葉。言葉は魔法の「代わりに」。魔法は言葉の「代りに」。
うつせみのあなたに
フランスの詩人であるステファヌ・マラルメ (Stéphane Mallarmé )のある詩の中で、私が特に好きな箇所があるので紹介させてください。「海のそよ風(Brise maraine) 」の冒頭部分です。
(原文)
La chair est triste, hélas ! et j'ai lu tous les livres.
Fuir ! là-bas fuir ! ……
(普通の訳)
ああ、肉体は悲しい! それに私はすべての書物を読んでしまった。
逃げよう! 彼方へと逃げるのだ!
(うつせみ訳 aka アホ訳)
うつせみは悲しいよな、やれやれ、読むものはなくなったし。
こうなったら、逃げよう! うつせみのあなたに逃走するのだ!
(拙文「書物の夢 夢の書物」より)
◆
うつろな、うつわよ
うつろう、うつわよ
うつつをうつし、うつろう
うつろなまなざしのあなた
あなたはうつろだから、うつくしいのか?
あなたはうつしだから、うつくしいのか?
うつしみは悲しい
逃げよう
うつせみのあなたに
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