第一章「発生する条件」 Act.1「水瀬綾香と関谷稔之」学園小説relationship
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Act.1「水瀬綾香と関谷稔之」
一学期期末考査、最終日の朝、午前七時。 市街地の外れに位置する住宅地には、朝から強く眩しく日差しが照りつけていた。
その陽光の中、制服姿の少女が自宅玄関の前にひとり立ち、じっと誰かを待っている。 水瀬綾香(みなせ あやか)。立華大学付属高校、二年生。普通科所属。 体を動かすたびに肩にかかるストレートの髪がサラリと揺れ、澄んだ色をした大きな瞳が、見る者に強い印象を残す。
「……もう。いつまで待たせるんだよ」
先程から、少しの苛立ちを交えながら、綾香は自宅の扉を見つめていた。 彼女が待っているのは、今まさに水瀬家の食卓で朝食を終えたはずの、あの少年だ。
綾香がもう一度腕時計に目を落とした瞬間、扉が勢いよく開き、背の高い少年が飛び出してきた。 関谷稔之(せきや としゆき)。同じ学校の二年生だが、彼は体育科に所属している。 バスケ部で鍛えられた精悍な体躯。そして、生まれつきの明るい色をした髪が、彼の容貌をいっそう際立たせていた。

二人は13年間、家族同然の仲。
「おっす! 待たせて悪いな」 「……もう少しで置いていくところだったよ」
遅れた申し訳なさからか、努めて明るく振る舞う稔之に、綾香は憮然とした表情を見せる。しかし、足はすでに駅の方角へと向いていた。歩きながら器用に大学ノートを広げる。
「時間がないから、出そうなところだけ言っておくね」 「助かる。頼むぜ」
今日の考査科目は英語Ⅱを残すのみ。普段は部活動の関係で登校時間が異なる二人だが、テスト期間中だけはこうして連れ立って歩くことがある。
二人はノートを見ながら、最寄りの駅へと歩いていく。 寄り添うように見える二人の姿は、傍目には恋人同士のようにも映るだろう。だが、二人を繋いでいるのは、それよりもずっと簡潔で、しかし深い家族のような縁だった。
二人の父親は大学時代からの親友同士。同じ会社に勤め、家族ぐるみの付き合いはもう十年を優に超える。三年前、稔之の父が海外へ単身赴任することになった際も、父同士の約束で、稔之は水瀬家の向かいにあるアパートで一人暮らしを始め、食事は水瀬家で摂るという形がとられた。昨晩も、稔之は当たり前のように水瀬家の食卓で夕飯を共にしていたのだ。
「体育科の範囲は七十二ページまでだから多分、三行目の間接話法が出ると思う」 「了解。時間までに頭に叩き込む」
駅に辿り着き、滑り込んできた電車に二人は乗り込む。 間もなく、電車は市街地の中心にある駅へと到着した。ホームに降り立つと、稔之は同じクラスの友人を見つけ、綾香の方を向いて軽く頷くと、雑踏の中へ軽快に消えていった。
入れ違いに、ホームの隅で待っていた中津律子(なかつ りつこ)が、静かに綾香の方へ歩み寄ってくる。 「おはよう」 「おはよう、律っちゃん。範囲のプリント見せて」
付属中時代からの友人である律子は、丁寧に折り畳まれたプリントを差し出しながら、綾香の横顔を観察していた。 律子から見ても、綾香は美少女の部類に入る。色白ですらりとした手足、整った顔立ち。校内でも密かに憧れる男子生徒は多い。しかし、当の綾香は恋愛事には全く興味がなさそうだった。

特徴的な紫の瞳とストレートヘア
中一から高二の今まで、綾香が浮いた話をしているのを律子は聞いたことがない。 その理由は、綾香の少し偏った趣味にあるのか、あるいは先程まで隣にいた稔之の存在ゆえなのか。律子から見ても、綾香が稔之をどう思っているのかは、全く分からなかった。
『確かに、みなちゃんが関谷君を意識しているようには見えないけど……』
律子が心の中で呟いた時、ふいに綾香が律子の方を見た。 「どうしたの?」 「えっ、あ、ううん。明日のこと、どうしようかなって思って」
慌てて話題を逸らす律子に、綾香は不敵な笑みを浮かべた。 「ああ、明日ね。××さんの描いている本、絶対に欲しいんだ。人気があるサークルだから、朝一から行って会場の前で並ぼうよ」
英語の暗記よりも目を輝かせ、趣味への情熱を燃やす綾香。 「うん、私もそうしたい」 綾香の注意が完全に逸れたことに、律子は内心ほっとした。
「よし、明日が楽しみ。だけど、まずはテスト頑張らないと」 やる気を増した様子でプリントに目を落とし、二人は再び暗記に没頭しながら、校門をくぐった。
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