第一章「発生する条件」 Act.2「公園・・・突っ走る少女、構う少年 学園小説relationship
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Act.2「公園・・・突っ走る少女、構う少年」
翌日。 綾香たち三人は、朝から市街地の会場で行われていた即売会へ向かい、半日かけて目的の本を手に入れた。趣味を同じくする友人たちと過ごす、非常に充実した時間だった。
その帰り道のことだ。 「公園に寄ってほしいんだ。写真を撮りたいから」 突然、綾香が言い出した。文化祭で展示する作品の撮影を手伝ってほしいという。 綾香が所属する写真部は、彼女を含めて部員が三名しかいない。そのため、友人に手伝いを頼むのは彼女にとって日常茶飯事だった。 いきなり思いつきで行動し、周囲を巻き込む。それが綾香という少女の「通常」であることを知っている二人は、特に文句も言わず、彼女の頼みを引き受けた。
三人が向かったのは、数年前に整備されたばかりの整然とした公園だった。 入り口付近にはナツツバキの木が植えられ、その周囲を低い植込みが囲んでいる。中央には近代的なデザインのオブジェが置かれ、そこが綾香の狙っていた撮影ポイントだった。
しかし、目的の場所に辿り着いた途端、三人は絶句した。 「……何、これ」 オブジェの周囲を彩っていたはずの低木が数本、根こそぎ掘り起こされ、地面に乱雑に放り出されていたのだ。 掘り起こされてからそれほど時間は経っていないようだったが、連日の猛暑のせいで、剥き出しになった根は乾き、緑だった葉は無残に萎れ始めている。
「ひどいことする人がいるもんだね」 眼鏡をかけた萱原美樹(かやはら みき)が、不快感を露わにして目を細める。 「どうしよう。とりあえず、日陰に移しておこうよ」 律子の提案に、綾香は短く「うむ」と頷いた。彼女はすぐに、萎れかけた樹木を抱え、直射日光の当たらない大きな木の影へと運び始めた。
「よし、帰ろう。あとは管理の人が何とかしてくれるよ」 作業を終えた綾香は、努めて明るい声で二人を促した。
同日、午後八時。 水瀬家のリビングでは、両親である弘明と晶子が各々の時間を過ごしていた。 食卓では、部活動を終えて帰宅した稔之が、黙々と夕食を口に運んでいる。
「綾香、遅いわね。また律子さんのところに寄っているのかしら」 「……本屋じゃないか」 几帳面そうな顔立ちの父・弘明は、新聞から目を離さずに短く答える。 「もう、そろそろ揚げてしまわないと、明日のお弁当に使えないじゃない」 母・晶子が台所へ立ち上がるが、二人とも娘の帰りが遅いこと自体にはさほど懸念を抱いていないようだった。
だが、稔之だけは違った。 (……またかよ。あいつ、一体何考えてんだ) 内心で舌打ちをしながら、稔之は茶碗を置いた。 アパートに戻った後、美樹に電話で今日の出来事を聞き出していたのだ。嫌な予感がしてすぐに着替え、自転車を公園へと走らせる。

夜の公園に居ると聞いて
夜の街を自転車で走る関谷稔之。
綾香の、周囲の想像を絶する突飛な行動には、これまで何度も煮え湯を飲まされてきた。 小学生の頃、崖の途中に光る石を見つけ、勝手に登って降りられなくなったこと。 中学生の頃、「綺麗な女性」を見かけて遠い地区まで尾行し、自力で帰れなくなったこと。 稔之の部屋の照明が気に入ったからと言って、強引に一晩借りていったこと。
迷惑だ、ついていけない。そう思いながらも、結局は放っておけず、怒りながらも助けてしまう。幼い頃から水瀬夫妻に本当の息子のように育てられてきた恩義がある。そして何より、自分の隣にはいつも綾香がいた。
公園に辿り着いた稔之の目に飛び込んできたのは、街灯の下、一人で泥だらけになっている綾香の姿だった。 彼女は家からスコップを持ち出し、あの放り出されていた低木の植え戻し作業を一人で行っていたのだ。 公園の土は固く締まっている。スコップを突き立てるたびに、綾香の細い腕に鈍い衝撃が走る。Tシャツは汗で重く肌に張り付いていた。
「何ダルいことやってんだよ」 稔之は不機嫌さを隠さずに声をかけた。 「……木を直しているの。明日の朝じゃ、夜の間に完全に萎れちゃうから。ここを撮りたいのに、写せなくなるのも嫌だし」 綾香は作業を止めずに、大きな声で返した。
一度言い出したら聞かない。彼女の執着の強さを一番知っているのは稔之だった。 稔之は深くため息をつくと、綾香の手から無造作にスコップを奪い取った。 「……貸せ」 勢いよく土を掘り起こす。バスケ部で鍛えた力では、綾香が苦戦していた地面も面白いように掘れた。 抜かれた木と同じ数の穴が、またたく間に出来上がる。綾香は驚いたように目を丸くしていたが、すぐにしゃがみ込み、植穴に木を戻し始めた。 彼女は写真の構図を気にしてか、木の向きを何度も細かく調整している。 稔之は何も言わず、その横から次々と土を戻し、固めていった。
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それを見守り加勢する関谷稔之。
作業が終わる頃には、夜の公園に水道の音だけが響いていた。道具を洗い、自分の自転車にロープで括り付ける。 傍らでは、綾香がバケツで最後の水をやっている。納得のいく形に修復できたのだろう。彼女の表情には満足げな色が浮かんでいる。
その時、公園脇の街灯がふいに綾香の姿を強く照らし出した。 木々を見つめる彼女の横顔。 その光景を目にした瞬間、稔之の胸の奥に、得体の知れない強い、鈍い痛みが走った。 「……っ」 稔之は唇を歪め、固く瞼を閉じた。心の内側に広がりそうになる何かを、力任せに押し殺す。 突発的なその「痛み」を振り払うように頭を振り、無愛想に言い放った。 「……急いで帰るぞ」 「ありがとう。助かったよ」 背後からかけられた綾香の声に、稔之は心臓を跳ね上げ、顔を逸らしたまま自転車を漕ぎ出した。
帰り道、稔之は意識的に自転車の速度を落とし、後ろを走る綾香のペースに合わせた。 家に着き、それぞれの玄関へと消えていく。
自室のドアを閉めた瞬間、稔之は思い出した。 「……あ、裕美に電話するの忘れてた」 二年生になってから付き合い始めた隣のクラスの彼女、神崎裕美。 放課後に電話をかける約束をしていたのだ。 慌てて時計を確認するが、もうかけるには遅すぎる時間だった。 「……最悪だ」 稔之はベッドに倒れ込み、天井を仰いだ。
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