第四章「変わる未来・彩賀亮哉登場」Act.1「立華大学付属高校文化祭」 学園小説relationship
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Act.1「立華大学付属高校文化祭」
十一月下旬の連休初日。 市内中心部に位置する立華大学付属高校は、文化祭を楽しむ人々で普段にはない熱気に包まれていた。 本館へと続くメインストリートには白いテントの模擬店がひしめき合い、生徒や他校生、近隣住民が入り乱れて賑わいを見せている。
その西側中央部。 二年生体育科の模擬店では、頭にタオルを巻き、サイズの合わないエプロンをジャージの上に着た関谷稔之が、鋭い視線を鉄板に注いでいた。 金串を器用に使い、固まり始めたたこ焼きを次々とひっくり返していく。
「稔、初めてにしちゃ上手いな」
隣でパック詰めを終えた中田伸道が、人の良さそうな笑みを浮かべて話しかけてきた。 調理に集中し、無言を貫く稔之に、中田は苦笑いしながら続ける。
「でもな、その顔、客商売としちゃどうなんだよ。さっきの小学生、お前が怖くてビビってたぞ」

たこ焼きを焼く関谷稔之と、隣で笑う中田伸道。
「……るせーな。これ、タイミングが難しいんだよ。失敗したら意味ねーだろ」
稔之が不機嫌そうに片眉を吊り上げたとき、交代のクラスメイトが駆け寄ってきた。二人は店の隅でブレザーに着替えると、喧騒の中へと繰り出した。
メインストリートに出た途端、中田がニヤリと笑って振り向く。 「ほら、あそこに女子校の連中がいるだろ。声かけてみねーか?」
視線の先には、ベンチに座ってこちらを意識している二人連れの女子生徒がいた。長身の稔之と中田は、雑踏の中でも否応なしに目を引く。 だが、稔之は一瞬だけ彼女たちを一瞥すると、すぐに視線を地面に落とした。
「……俺は、遠慮しとくわ」
短く呟き、唇を固く結ぶ。かつての失敗や、自分を縛る罪の意識が、彼を軽薄な交流から遠ざけていた。 中田は一瞬、真剣な眼差しで親友の横顔を見つめた。稔之が何を抱えているのか、その一部を知る中田は、すぐにいつもの温厚な表情に戻った。
「そうか。じゃあ、これ持っていけよ」
中田はクラスメイトからビニール袋を受け取り、稔之に手渡した。中には温かいたこ焼きが二人分入っている。 「中田?」 「いいから行けよ。お前の分だ」
中田はすでに女子生徒たちの方へ歩き出していた。 稔之は黙って、その背中に感謝しつつ、別館の方へと歩き始める。
綾香への想いを自覚してから、三ヶ月。 稔之はこれまで通り、彼女の家に通い、家族として接し続けていた。 少々のことでは崩れない「平行線」の関係。だとしたら、今まで通り、誠実に日常を積み上げていくしかない。 体育館の方から、どこか音程の外れたバンド演奏が聞こえてくる。それを耳に響かせながら、稔之は別館の階段を上っていった。
別館三階、物理室。 写真部の展示会場は、暗幕と黒いベニヤ板で区切られた、静謐で濃密な空間になっていた。 受付に座る綾香と堀田は、来客に応対する部長・西谷武久の姿をぼんやりと眺めている。
西谷は、女子大生風の来客に礼儀正しい笑顔で説明を続けていた。 童顔ながら落ち着いた物腰。展示されている作品の多くは彼の人物写真だ。激情とは無縁な西谷の性格からは想像もつかないような、生命力と迫力に満ちた作品が並んでいる。
「……ねえ、何で西谷君のお客さんって女の人が多いんだろうね?」 綾香の素朴な疑問に、堀田が額の汗を拭いながら小声で答える。 「それは……写真じゃなくて、西谷君自身が目当てなんじゃないですかね」 「むー。確かに優しそうだもんね」
西谷が客を出口まで見送ると、綾香は大きく深呼吸をした。 「水瀬さん、少し外の空気を吸ってきたら?」 西谷が穏やかに歩み寄ってくる。 「ううん、大丈夫。それより西谷君こそ疲れてない?」 「ははっ、好きなことをしてるから平気だよ」
その時、入り口に背の高い人影が現れた。稔之だ。 「ちーっす」
無愛想な挨拶に、西谷と堀田は一瞬まごついた。 「関谷君。写真、見に来てくれたの? ありがとう!」 綾香が慌てて立ち上がる。 その瞬間、稔之は綾香の制服の裾に目を留め、不機嫌そうな声を上げた。
「何だよお前、スカート汚れてんじゃねーか。みっともねえな」
言うが早いか、稔之はブレザーの内側からエチケットブラシを取り出し、綾香に投げ渡した。 「あ、ありがとう。……ここで取ればいいかな」 「こんな所でやるんじゃねーよ。トイレ行ってこい!」 「そんなに怒らなくても……」
綾香は顔を赤らめ、小走りに廊下へと出て行った。
二人のやり取りに呆然としていた西谷だったが、すぐに冷静さを取り戻した。 「……前に水瀬さんが言っていた、公園の写真を見に来たんだね。こっちだよ」
西谷は稔之を、奥まった展示スペースへと案内した。 「悪いな、西谷」 照れくさそうに笑う稔之。西谷は初めて、彼の「普通の高校生」らしい表情を見た気がした。
実のところ、西谷は稔之が得意ではなかった。 かつてレンズ越しに感じた、あの圧倒的な「殺気」。 綾香からは「面倒見が良い」と聞いているが、西谷はその内側に眠る激情に、本能的な警戒心を抱いていた。
「まあ、座ってゆっくり見ていきなよ」 西谷に椅子を勧められ、稔之は腰を下ろした。 正面には、あの公園の写真。 「あいつ、変わってるだろ。苦労してんじゃねーの?」 稔之が西谷に問いかけた。 「まあね……」
西谷の苦笑に合わせ、稔之も薄く笑う。 だが、西谷には聞こえた気がした。 (だけど、そんな綾香を一番近くで見守っているのは俺だ) という、稔之の強烈な自負が。 一瞬、その独占欲めいた気配に反感を感じたが、西谷はすぐに思い直した。 (……余程、彼女のことが大切なんだな)
そこへ、綾香が戻ってきた。 「あ、見てるね。どうだった?」 「……まあ、普通だな」 「それだけ?」 「俺は写真のことはよく分かんねーし」
無愛想に戻る稔之を見かね、西谷が助け舟を出した。 「水瀬さん、屋上に出て休んできなよ。……関谷と一緒にさ」
西谷は、稔之が持っているビニール袋に気づいていた。その不器用な心遣いを察し、場を譲ることにしたのだ。 「え、でも……私だけ休むわけには」 「いいから、行ってきなよ」
西谷が背中を押すと、稔之は西谷の耳元で小さく囁いた。 「サンキュ。西谷、これ……礼だ」
稔之は西谷のポケットに何かをねじ込むと、肩で風を切るように教室を出て行った。 怪訝そうにポケットからそれを取り出した西谷は、内容を確認した瞬間、全身を硬直させた。
それは、市内にある『超・硬派ストロング筋肉ジム』の「一ヶ月・地獄の特訓無料体験チケット」だった。 裏面には「※初心者お断り。血と汗を流す覚悟のある者のみ」という物々しい注意書きが並んでいる。
(……僕が、こんなところで筋肉を鍛えるとでも思っているのかッ!) 西谷は、文化系部員としての矜持を込めて、心の中で絶叫した。手が小刻みに震える。

「地獄の特訓」無料体験チケットを手に驚愕する西谷武久。
「あの……西谷君? 大丈夫ですか?」 堀田が恐る恐る尋ねる。 「え? ああ……」 「午後からは有志バンドの出番ですよね。僕もクラスの展示がありますし、受付はどうするんですか?」
「大丈夫……当てはあるから」 すっかり冷静さを取り戻した西谷は、スマホを取り出し、とあるクラスメイトにLINEを送った。
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