Shooting Star
なぜ疲れている時ほど余計なことを
考えてしまうのだろう?
特に疲れた日の仕事帰り、歩いているだけでも
身体はしんどい。なら、せめて頭を空っぽにして脳みそだけでも休ませればいいものだ、本来は。
なのに、余計なことを考えて頭も忙しくなり
よけいに、疲れる。
そもそも余計なことを考えることは、
自分はもちろん誰からも、頼まれてない。
自分で止められるだろうって?
それができないから困るのだ。
忙しさで疲れてると、
何かが間違えているような気になり、
いろいろと考えるのかもしれない。
そんな疲れている時、聴きたくなるのが
ディランの声だ。
決して癒しの声なんかじゃないし、
そもそも、歌に癒しなんて求めてない。
そう言えば、昨年の大みそかの仕事帰りも
ディランを聴いていた
順調に進んでいて疲れなんて感じてない時は
自分のことなんてあまり考えないが、
何か不具合があり、疲れ果てている時ほど
内省的になる。
表現者もそうだ、ブレイクして壊れそうな時
つまり忙しすぎて自分を見失いそうになってる
時に、内省的な作品が出たりする。
あれは何なのだろう?
ディランの不思議なのは、内省的なことを歌っているにも関わらず、そんな自分を突き放しているかのように聴こえること。
必要以上に自意識過剰になってる自分を
開き直りながらも引っ叩いてるような
気がしてくるのだ、あの声は。
今夜流れ星を見て 自分のことを考えた
自分が変わってないかどうか
君の望む人間になれたかどうか
目印を見過ごしたのだろうか
君にしか見えない境界線を越えてしまったのか
今夜流れ星を見て 自分のことを考えた
