グループホーム日記 🏠 介護力の限界を誰が決めるのか――決めないという選択が、いちばん人を苦しめる
介護の現場では、
時々こんな言葉が使われる。
「もう、介護の限界ですね」
けれど、
その「限界」は、
いったい誰が、いつ、
どこで決めているのだろう。
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■ 介護力の限界は、
自然に訪れるものではない
介護力の限界は、
・急にやってくるものでも
・利用者さまの状態だけで決まる
ものでもない
多くの場合、
誰も決めないまま、
先送りにされた結果として
ある日“限界”になる
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■ 決めるべき人が
決めていない現場
本来、介護力の限界を判断するには、
・現場での観察
・職員の力量
・医療との連携
・家族の理解
を総合して、
「この状態を、
この体制で引き受けられるか」
を整理しなければならない。
けれど実際には、
・家族には伝えない
・職員にも示さない
・医師には薬で調整してもらう
という形で、
判断そのものが回避される
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■ 判断されないまま
起きること
介護力の限界が明確にされないと、
・薬で抑える
・行動制限を検討する
・「仕方ない」で片づける
という対応が増えていく。
これは、
介護力が足りないのではなく、
介護力の“引き受け範囲”が
定義されていない
状態だ。
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■ 一番振り回されるのは
誰か
判断が宙に浮いたままになると、
・職員は不安定な対応を強いられ
・家族は説明されないまま委ねられ
・医療は調整を繰り返す
そして、
利用者さま本人だけが、
状態を揺さぶられ続ける
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■ 「限界」は、
守るために決めるもの
介護力の限界は、
・逃げ
・放棄
・責任回避
ではない。
本来は、
人を守るために決める線
だ。
・ここまでは引き受ける
・ここからは体制を変える
・そのために家族と話す
その線があるから、
ケアは安定する。
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■ 決めないリーダーが
生むもの
リーダーが限界を決めない現場では、
・判断は現場に丸投げされ
・現場は疲弊し
・最後は「問題のある利用者」に
なる
でも、
問題なのは利用者さまではない。
決断が不在だったこと
それだけだ。
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■ 結びに
介護力の限界は、
自然に現れるものではない。
誰かが、
引き受ける覚悟をもって
言葉にしなければならない
それをしない限り、
現場は揺れ続ける。
わたしは、
「限界」という言葉が、
人を切り捨てるためではなく、
人を守るために使われる現場でありたい。
