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グループホーム日記 🏠 介護力の限界を誰が決めるのか――決めないという選択が、いちばん人を苦しめる

介護の現場では、
時々こんな言葉が使われる。

「もう、介護の限界ですね」

けれど、
その「限界」は、
いったい誰が、いつ、
どこで決めているのだろう。



介護力の限界は、
 自然に訪れるものではない


介護力の限界は、
・急にやってくるものでも
・利用者さまの状態だけで決まる
 ものでもない

多くの場合、

 誰も決めないまま、
 先送りにされた結果として
 ある日“限界”になる



決めるべき人が
 決めていない現場


本来、介護力の限界を判断するには、
・現場での観察
・職員の力量
・医療との連携
・家族の理解

を総合して、

 「この状態を、
 この体制で引き受けられるか」

を整理しなければならない。

けれど実際には、
・家族には伝えない
・職員にも示さない
・医師には薬で調整してもらう

という形で、

 判断そのものが回避される



判断されないまま
 起きること


介護力の限界が明確にされないと、
・薬で抑える
・行動制限を検討する
・「仕方ない」で片づける

という対応が増えていく。

これは、
介護力が足りないのではなく、

 介護力の“引き受け範囲”が
 定義されていない

状態だ。



一番振り回されるのは
 誰か


判断が宙に浮いたままになると、
・職員は不安定な対応を強いられ
・家族は説明されないまま委ねられ
・医療は調整を繰り返す

そして、

 利用者さま本人だけが、
 状態を揺さぶられ続ける



「限界」は、
 守るために決めるもの


介護力の限界は、
・逃げ
・放棄
・責任回避

ではない。

本来は、

 人を守るために決める線

だ。
・ここまでは引き受ける
・ここからは体制を変える
・そのために家族と話す

その線があるから、
ケアは安定する。



決めないリーダーが
 生むもの


リーダーが限界を決めない現場では、
・判断は現場に丸投げされ
・現場は疲弊し
・最後は「問題のある利用者」に
 なる

でも、
問題なのは利用者さまではない。

 決断が不在だったこと

それだけだ。



結びに

介護力の限界は、
自然に現れるものではない。

 誰かが、
 引き受ける覚悟をもって
 言葉にしなければならない

それをしない限り、
現場は揺れ続ける。

わたしは、
「限界」という言葉が、
人を切り捨てるためではなく、
人を守るために使われる現場でありたい。

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