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玄関の先はまだ


子どもの頃、らくがき帳に理想の間取りを描いては夢を膨らませていた。

今思えば、確かにあれは紛れもなく間取りだけれど、当時「間取り」という言葉は知らなかったと思う。どこかで見たことはあったかもしれないが、幼き筆者があれを間取りと理解していたかは怪しい。間取りの概念も分からずに、マイホームの夢を広げていた私は、かなり天才だったと思う。

どういう家を描いていたかは、よく覚えていない。ただ、描くのはいつだって一人用の家だった。たぶん何かのアニメキャラを見て、自立した女の子に強烈に憧れたのだと思う。
家事を完ぺきにこなし、学校の勉強は抜群にできる。趣味はお菓子を作ってみんなに食べてもらうこと…などなど。「大きくなったらこんなお姉さんになりたい」そんな夢が、あの日描いた“間取り”には込められていた。

その当時、“間取り”と一緒に、そこに住む女の子の一日のタイムスケジュールまで書いていた気がする。朝五時に起きて散歩をするという妙に健康的な一日の始まり。三食自炊を前提としながら、「公園で遊ぶ」時間もばっちり組み込まれていた。あの女の子には、一日が三〇時間くらいあったに違いない。

楽しんで描いていた“間取り”だけれど、友だちと絵を描く時は決まって無難な女の子の絵を描いていた。夢の“間取り”を友だちに披露したことはない。子どもながらに、大きすぎる夢を語ることには恥じらいがあったのだ。幼き私の“間取り”は部屋の片隅にひっそりとしまわれた。

誰かに“間取り”を見せるのは、いつだって怖い。
中学生の頃、親に将来の夢を語る時には「友だちがなりたいらしい」ということにした。
高校生の頃、周囲の期待に応えたくて描いた”間取り”は、私には豪華すぎた。案の定大学受験で挫折した私は、“間取り”を描けなくなった。
大学に入ると、とりあえずの“間取り”を描くことを覚えた。理想よりも現実が投影された“間取り”は、誰にでも安心して見せられたけれど、お気に入りにはなり得なかった。

優等生な“間取り”に物足りなさを覚えたのは、社会人になってしばらく経ってからのことだ。
「一度きりの人生、貪欲に生きよう」というメッセージをどこかで見て、心が震えた。自分の思う理想の“間取り”を、自分にしか描けないような“間取り”を、描いてみたいと思った。

大人になってから理想の“間取り”を描くのは思いのほか難しい。現実を知っている自分が、理想を語る自分の邪魔をするから。でも少しずつ、あの頃のように自由な“間取り”を描けるようになりつつある。

今描いている“間取り”の全貌を見せる勇気は、まだない。だけど、玄関くらいは見せても良いかなと思っている。



#なんのはなしです家

ギリギリセーフ!(ですよね?!)よろしくお願いします!



▼今描いている“間取り”の玄関

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彩野リィ 最後までお読みいただきありがとうございました!「面白ぇ女」と思っていただけたらスキ❤️やコメント、シェアのほど、よろしくお願いします。チップは私の執筆のおとも・マウントレーニア カフェラッテにさせていただきます!🙇‍♀️

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