【理学療法士】複雑な解析の前に、研究デザインの足元を固めたい
― 疫学の基礎と因果推論をつなぐ一冊に出会う ―
🔶 学会で増えてきた「複雑な研究」
最近、学会発表を聞いていると、複雑な統計手法や、これまであまり耳にしたことのない研究デザインを目にする機会が増えたように感じます。
研究手法は日進月歩です。

新しい解析手法や研究デザインが登場し、それによって今まで見えなかった現象に迫れるようになること自体は、もちろん歓迎すべきことです。
臨床研究も、公衆衛生研究も、医療データの活用も、時代とともに進化していく必要があります。
その意味で、新しい方法に挑戦する姿勢はとても重要だと思います。
ただ、その一方で、少し立ち止まって考えたくなる場面もあります。

✒️筆者紹介
理学療法士/修士(リハビリテーション学・公衆衛生学)
回復期リハビリ病院では病棟主任・教育主任を歴任。脳卒中後の機能回復と栄養管理の臨床・研究に携わる。
リハビリテーション医学の科学的根拠を追求すべく、大学院にてリハビリテーション学の修士号を取得。さらに、臨床研究・疫学・統計解析の実力を体系的に習得するため、公衆衛生学修士(MPH)を取得し、医療データの分析にも軸足を置く。
医療リアルワールドデータ活用人材プロジェクト 東京大学履修コースで、医療の現場から得られる大規模データを用いた実証研究に取り組む。 臨床と疫学をつなぐ視点から、介入効果の可視化と医療政策への応用を目指している。
現在は、臨床現場を離れ、医療研究開発センターのスタディーマネージャーとして新たな挑戦を始める。
🔶 その結論は、どこまで信頼できるのか
研究で大切なのは、複雑な解析を使うことそのものではありません。
🔷その研究から得られた結論に、どの程度の信頼性がおけるのか。
🔷別の研究者が同じように検証しようとしたときに、再現可能なのか。
🔷その研究デザインで、本当にその問いに答えられているのか。
ここが重要です。
ときには、発表を聞きながら、
「よりシンプルな解析では明らかにできなかったから、複雑な手法を使ったのだろうか」
と勘ぐってしまこともあります。
もちろん、複雑な手法そのものが悪いわけではありません。
複雑な問いには、複雑な方法が必要になることもあります。
しかし、研究の信頼性は、解析手法の高度さだけで決まるものではありません。
🔶研究の強さは、デザインの足元で決まる
むしろ、研究の土台となる部分がどれだけ丁寧に設計されているかが重要です。

たとえば、対象サンプルをどのように得たのか。
そこに選択バイアスは入り込んでいないか。
データはどのように測定されたのか。
事前に交絡因子をどこまで同定し、それを研究計画にどう反映したのか。
こうした基礎的な部分が曖昧なままでは、どれほど洗練された統計手法を用いても、結論の信頼性には限界があります。
研究デザインやデータ収集の段階で生じた歪みを、後から高度な解析で完全に取り除くことは難しい。
ウルトラC(古い…。さすが昭和)のような解析方法が、研究計画の弱さをすべて救ってくれるわけではありません。

🔶 新規性は「難解さ」だけではない
研究では、新規性が求められます。
それは当然のことです。
ただ、新規性を求めるあまり、必要以上に難しい方法を選ばなければならないと思ってしまうこともあるのかもしれません。
しかし、新規性は「聞いたことのない解析手法」を使うことだけにあるわけではありません。
シンプルな問いを、丁寧なデザインで、誠実に検証する。
対象者の選び方、データの取り方、交絡因子の考え方、解析計画の透明性を大切にする。
その積み重ねもまた、研究の大きな価値です。
科学は、反証されながら強くなっていく営みです。
↓↓ 反証可能性について記事にしています
だからこそ、他者が検証できること、再現できること、批判的に吟味できることが大切です。
🔶 いまこそ、疫学の基礎に立ち返る
臨床研究や医療データ研究に関わる人ほど、統計手法だけでなく、研究デザインそのものを学ぶ必要があると思います。
記述なのか。
予測なのか。
因果なのか。
まず、自分たちが立てている問いの種類を整理する。
そのうえで、どの研究デザインが適切なのかを考える。さらに、交絡、選択バイアス、情報バイアスがどこで入り込むのかを検討する。
↓↓ バイアスの調整について、詳しく書いています
この順番を飛ばしてしまうと、どれほど高度な解析をしても、研究全体の見通しが悪くなります。
現代的な因果推論も、決して基礎を飛び越えた先にあるものではありません。むしろ、疫学の基本的な考え方をより明確にし、研究デザインをより丁寧に考えるための道具だと感じます。
🔶そんな人に手に取ってほしい一冊
こうした問題意識を持つ人に、ぜひ手に取ってほしい本があります。
『疫学のデザイン入門:健康科学への因果的アプローチ』です。
本書は、研究デザインを軸に、疫学の基礎と現代的な因果推論を学ぶための入門書です。
「医学に欠かせない疫学的思考の基礎」ということで、
つい最近も、「ジローさんの専攻していた「疫学」って何ですか?」と同僚に聞かれました。リサーチセンターで働いていても、まだ「疫学」の響きはよく浸透しているわけではありません。
臨床研究者、医療専門職、学生にとって、疫学の基本から因果推論へ進むための橋渡しになる一冊だと思います。
🔶 この本で学べること
『疫学のデザイン入門』は、因果に近づくための実践的な入門書
『疫学のデザイン入門:健康科学への因果的アプローチ』は、単に疫学の用語や研究デザインを説明する本ではありません。
この本の大きな魅力は、観察された関連をそのまま受け取るのではなく、そこから「できるだけ因果に近づけていくためには、どう考えればよいのか」というノウハウが丁寧に書かれている点です。
疫学や臨床研究では、リスク、オッズ比、発生率など、さまざまな関連の指標が登場します。本書では、そうした指標についても丁寧に整理されています。
詳しすぎて途中で迷子になるほどではなく、かといって表面的すぎるわけでもない。このボリュームをしっかり理解できれば、疫学的な研究を読むうえでかなり大きな土台になると思います。
一方で、数式はそれなりに出てきます。
初めて読む人にとっては、少ししんどく感じる場面もあるかもしれません。
私自身も、すべての数式を最初からすらすら理解できるわけではありません。
ただ、私も、わからない数式はAIに簡単に説明してもらいながら読み進めることが多いです。
そう考えると、数式に対するハードルはかなり下がっていると思います。
これまでは「数式が出てきたから」といって、そのまま読み飛ばしていた部分があったのかもしれません。
しかし、実際には、式や簡単な計算例があることで、抽象的な説明にリアリティが生まれます。単に「式が多いから難しそう」と逃げてしまうのは、少しもったいないと感じました。
特に印象に残ったのは、バイアスに対する考え方です。
研究では、交絡、選択バイアス、情報バイアスなど、さまざまなバイアスが問題になります。ただし、重要なのは「何でもかんでも調整すればよい」ということではありません。
対処すべきバイアスは何か。
推定に大きな影響を与えないバイアスは何か。
何を調整すべきで、何を調整すべきではないのか。
この見分け方は、もっと広く共有されてほしいです。
臨床研究をみていると、「とりあえず多変量解析で調整しました」という説明を目にすることがあります。
しかし、因果推論の視点では、調整すればするほどよいわけではありません。
場合によっては、調整することで逆に推定を歪めてしまうこともあります。
この本では、そうした因果推論の基本的な考え方が、研究デザインとつながる形で説明されています。
疫学の入門書として読むこともできますが、単なる入門にとどまらず、因果推論の専門書へ進むための橋渡しにもなる一冊だと思います。
研究を読む力を高めたい人。
臨床研究の計画を立てる人。
統計解析の前に、研究デザインの考え方を学び直したい人。
そして、「関連」と「因果」の違いをきちんと理解したい人。
そういう人にとって、『疫学のデザイン入門』は、かなり実践的で価値のある一冊になると思います。
本書は、その道筋を丁寧に示してくれる一冊です。
🔶複雑な解析に進む前に
新しい手法を学ぶことは大切です。
複雑な解析に挑戦することも、もちろん必要です。
しかし、その前に、自分たちの研究の足元を確認することも同じくらい大切です。
この問いは、記述なのか。予測なのか。因果推論なのか。
この対象者の集め方でよいのか。
このデータの取り方でよいのか。
この交絡因子の整理でよいのか。
そして、この研究デザインで、本当に知りたいことに答えられるのか。
こうした問いに立ち返ることが、研究の信頼性を支えるのだと思います。
複雑な解析の前に、研究デザインの足元を固める。
そのための基礎体力をつける本として、『疫学のデザイン入門:健康科学への因果的アプローチ』は、多くの臨床研究者や医療専門職にとって価値のある一冊になるはずです。
🔶独学が難しいひとに
私も所属する医学研究・パブリックヘルスに特化したオンラインスクールmJOHNSNOW。

輪読会では、これまで『What if』を取り扱ってきましたが、8月からはこちらの書籍を進めることになりました。
輪読会の開始まであと1か月ありますので、事前にしっかり読み込み、内容を理解したうえで参加したいと思います。
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独学では限界を感じる。でも、大学院に進むほどの覚悟まではまだ持てない。そもそも本当に自分が興味を持てる分野なのか、もう少し確かめてみたい。
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🔸おわりに
複雑な統計手法や新しい研究デザインを学ぶことは、これからの臨床研究において間違いなく重要です。
ただし、その前提として、研究の問いをどう立てるのか、対象者をどう選ぶのか、データをどう測るのか、どのバイアスに注意すべきなのかという、疫学の基礎的な視点を持っておく必要があると思っています。
複雑な解析に進む前に、まず研究デザインの足元を固める。
関連を、できるだけ因果に近づけて考える。
そのための基礎体力をつけたい人に、この本に限らず、疫学を勉強してみてはいかがでしょうか?
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