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【連載⑦】マッキンゼー流のロジックで、離職率60%の絶望施設を再生させた話 【第7章】「J-CKP 30」の正体

著:高坂涼介(社会福祉法人いちご会)
介護職員の働きやすい職場環境づくり内閣総理大臣表彰及び厚生労働大臣表彰 厚生労働大臣奨励賞受賞・介護労働安定センター理事長表彰 最優秀賞(日本一)受賞

👇前の記事:【連載⑥】第6章:「いい人を、採ってくれた」

「J-CKP 30」の正体

物語を、誰でも回せる型に変える

なぜ、型にするのか

ここまで、1つの法人で起きたことを書いてきた。
80人を歩き、CKPという翻訳術にたどり着き、会議を変え、父と対峙し、採用を設計しなおした。

だが、それだけなら、ただの一施設の体験談で終わる。

「あなただからできたんでしょう」と言われて、終わりだ。

僕が本当に伝えたいのは、体験談ではない。

型だ。

誰が、どの現場でやっても、同じように回る型。

それを、この章でぜんぶ開く。

その型に、名前をつけた。
『J-CKP 30』

最初は、ただの我流だった。

J-CKP 30 を、分解する

「J」は、仁。
人を大切にする、心。

「C・K・P」は、第三章で書いた。
ちょっと・変えて・ぱくる。
一流の理論や他社の知恵を、現場流に翻訳して、すぐ使える形にする変換術だ。

「30」は、第4章の30分会議。
だらだら報告する場を、決める場に変える、時間と決定の規律だ。

そして、最も大事なことを言う。
C も K も P も 30 も、それ単体は、ただの道具だ。

第一章を思い出してほしい。
CKP も30分も持たない、数字だけの「効率のメス」は、初日のLINEの前で、無残に敗けた。

逆に、仁だけあってCKPも規律もなければ、第6章の父がそうだった。
基準のない優しさは、迎えた本人を、いちばん苦しめた。

仁が、CKP と規律に進むべき方向を与える。
CKP と規律が、仁を、現実を動かす力に変える。
どちらが欠けても、組織は灯らない。

J(仁)が、すべてを統べる。
これが、J-CKP 30 の設計思想の、ぜんぶだ。

仁がなければ、CKPは効率のメスになる。

規律がなければ、仁は感情論になる。

この2つが噛み合ったとき、組織は初めて、動き始める。

第1の歯車 『聴く』

仁が最初に手を動かすのは、分析ではない。
傾聴だ。

具体的には、現場の「声にならない声」を、匿名のアンケートで集める。
ここに、勘どころが3つある。

1つ。設問の順番。
最初に「この職場の良いところ」を書かせる。
次に「働きやすいと感じる点」を。
不満と要望を聞くのは、いちばん最後だ。

先に良い点を言葉にしてもらうと、人の防御が下りる。
その状態で初めて、本音の不満が出てくる。

『承認から入って、改善で出る』
この本で何度も出てきた型を、設問の設計そのものに埋め込む。

2つ。配る前に、語る。
アンケート用紙を、黙って配ってはいけない。
配る前に、リーダー自身が、本気で語る。
この職場を、本当に良くしたいんだ、と。

3つ。目的を、置き換える。
「評価のため」でも「不満を集めるため」でもない。

『いい人を採るために、この職場の良いところを教えてほしい』

そう、はっきりアナウンスする。
脅威が消える。
自分の声が、未来の仲間を選ぶことに使われると分かると、人は、正直に書きたくなる。

――――――――――――――――――――

初めてアンケートを配ったのは、2020年6月だった。
「どうせ何も変わらない」という空気は、あった。

わかりきっていた。それが普通だ。

何年も声を上げても何も変わらなかった職場で、突然アンケートを配られても、信じろという方が無理だ。

でも、その空気の中でも、1人だけでも本気で書いてくれる人がいれば、それでいいと思っていた。

全員を変えようとしていなかった。その1人のために、全力でやる。

その積み重ねが、やがて2人になり、5人になり、73人になっていった。

朝礼を止めて、僕は、集まった職員の前に立った。
「みなさんに、1枚書いてもらいたいものがあります」
シーンとなった。

「この職場を、もっと良くしたいんです。正直に言うと、いい人に来てほしいんです。でも、いい人に来てもらうには、この職場の本当のよさを、自分たちが知らないといけない。だから、まず教えてほしいんです。ここの、いいところを」

「書いてもらった内容は、全部、ぼくが読みます。そして、全部に、返事を書きます」

配った後、まだ誰も書いていない。

当然だ。
最初はそういうものだ。

でも、73名が回答してくれた。

意外に出してくれる、という印象だった。

開いてみると、出るわ出るわ、不満の嵐だった。

「上司に言っても無駄」
「言っても解決してくれない」
「頑張っても頑張らなくても給与は一緒」
「評価されているのかわからない」
「リーダーを日中に見ない」
「従業員が疲れきっている」
「笑顔がない」

これは、悪い会社の典型だ。
現在地は、「悪い会社」だった。

でも、73人が声を出してくれた。それ自体が、希望だった。

第2の歯車 『全件、応える』

聴いて、終わりにしない。

これが、型が回り続けるかどうかの、分かれ目だ。

宣言は、しなかった。

「全部に返事を書きます」と言ってから書いたのではない。

ただ、書いた。書き続けた。

宣言してから動くより、動いてから気づかれる方が、信用になる。

言葉より先に、事実がある。

それが、組織への誠実さだと思っていた。

「あ、全部に返事が来てる」と気づいた職員が、次のアンケートに本気で書いてくれる。その循環が、型を動かす。

集まった声には、1件残らず、書面で応える。

個別の意見に、個別の対応策を返す。

ここに、絶対に外さない鉄則がある。

できるか、できないかを、白黒はっきりさせて、伝える。

保留は、絶対にしない。

「検討します」で濁さない。

やれることは「やる」、やれないことは「やれない、なぜなら」と理由をつけて返す。

できない、という答えも、立派な答えだ。

許されないのは、宙づりにすることだけだ。

――――――――――――――――――――

73名の声の中に、こんな声があった。

「休憩室が暗くて、休んでいる気がしない」

小さな声だ。でも、これに返事を書いた。

「ご意見、ありがとうございます。休憩室の照明を見直します。来月中に、対応します」

実際に、電球を替えた。

翌月、その職員とすれ違ったとき、こう言われた。

「あ、明るくなりましたね」

「ありがとうございます。教えてくれたから、できました」

この一往復が、大切だ。

「言ったら、動いてくれた」という実績が、積み上がっていく。
小さな積み重ねが、「言っても無駄」という絶望を、「言えば変わる」という確信に変えていく。

大きな制度改革より、こういう小さな約束を守り続けることの方が、組織を変える力が強い。

――――――――――――――――――――

なぜ、そこまで保留を嫌うのか。

保留こそが、声を殺すからだ。

第4章の、決まらない会議。

第5章の、問いに答えられなかった父。

あれの正体は、ぜんぶ「保留」だった。

人は、一度「言っても、宙づりにされる」と学ぶと、二度と本当のことを言わなくなる。

逆に、白黒つけ続けると、職員はこう学ぶ。

ここでは、声を出せば、必ず答えが返ってくる、と。

だから、また声を出す。

第3の歯車 『翻訳して、仕組みにする』

声を聴き、応えると約束した。では、その不満を、どう解くのか。
ここで、CKP が動く。

人を大切にする経営の大学院で、毎月、学び続けた。
一流の理論。

よその会社の、うまくいった事例。

その学びを、アンケートで出てきた不満に、当てる。

そして、そのまま持ち込まない。

いちご会の規模に、現場の手触りに合うように、ちょっと変えて、ぱくって、入れる。

ここで大事なのは、個人の頑張りで解かない、ということだ。

仕組みにする。

評価制度を職員と一緒に作ったのも(第4章)、採用を一から設計しなおしたのも(第6章)、ぜんぶ、これだ。

人が変わっても回り続けるように、仕組みに落とす。

「頑張っても評価されない」という声が出れば、評価制度を設計する。

「情報共有ができていない」という声が出れば、会議の仕組みを変える。

「上司に言っても無駄」という声が出れば、全件応答の仕組みを作る。

声と、仕組みが、対応している。

だから、職員も「自分の声が、反映された」と実感できる。

翌年、また聴く。
2020年6月、2021年2月、その次の年、その次の年。

同じアンケートを、回し続けた。

聴く、応える、翻訳して仕組みにする、また聴く。

この四つが噛み合って、1つの輪になって、回り続ける。

J(仁)が真ん中にあって、その輪の全部を、静かに統べている。

これが、J-CKP の全体像だ。

型が、人を離れるとき

型が、本物の型かどうか。

それを試す方法は、1つしかない。

自分以外の人間が回せるか、だ。


2025年4月、施設長の座を、自分で育てた後継者に譲った。

そして、事務長に戻った。

引き継ぎの最後に、後継者にこう言った。

「仕組みは、全部ここに書いてある。でも、1つだけ、書けないものがある」

「何ですか」

「仁だ。人を大切にする心。それだけは、あなたが自分で持ち続けるしかない。仕組みは道具だ。道具を使う人間の心が、どこを向いているかで、同じ道具でも全然違うものになる」

後継者は、少し考えてから言った。

「わかりました。忘れないようにします」

その言葉を聞いて、渡せたと思った。

――――――――――――――――――――

後継者は今、同じ原則でこの輪を回している。

声にならない声を聴き、全件に応え、白黒をつけ、保留をせず、学びを翻訳して仕組みにする。

僕がいなくても、回っている。

J-CKP 30 は、僕の才能ではなかった。

型だった。

だから、譲れた。

譲れたという事実こそが、「これは再現できる」という、何よりの証拠だ。

92件の、長所

2022年12月、職員たちが、この職場の「長所」を書き出したことがある。
出てきたのは、92件だった。

「離職率が低い」
「皆で決めることができる」
「職員を大切にしている」
「一人ひとりの意見を尊重してくれる」
「上下に溝がない」
「笑顔がある」
「休みが取れる」
「言えば、変わる」

読みながら、入職した日のことを思い出した。

あの73名のアンケートに並んでいた言葉。
「笑顔がない」「言っても解決してくれない」「従業員が疲れきっている」

その風景が、型のゴールだ。

それが、真逆になっていた。

60.3%が辞めていった絶望の現場で書かれた言葉では、ない。

これは、9.1%まで下がった現場で、職員自身の手で書かれた、風景だ。

型が、ここまで連れてきた。

あなたの現場で、明日

最後に、あなたに渡したい。
J-CKP 30 を始めるのに、立派な制度も、予算も、肩書きも要らない。

最初の1回転は、紙1枚で始まる。
匿名のアンケートを、1枚、用意する。

設問は、良いところから。不満は、最後に。

そして、配る前に、あなた自身が、本気で語る。

「この職場を、良くしたいんだ」と。
「いい人を迎えるために、いいところを教えてほしい」と。

それが、J-CKP 30 の、最初の1回転だ。

あとは、応える。

白黒をつける。

保留しない。

学びを、現場サイズに翻訳して、仕組みにする。

そして、また聴く。

仁さえ、真ん中に置き続ければ、この輪は、あなたの現場でも、必ず回り始める。

「全員に届かなくていい」と思えたとき、肩の荷が下りた。

介護の現場で「全員を変えよう」と力めば力むほど、空回りする。

変化は、いつも1人から始まる。

1人に届けばいい。

その1人が、また次の1人に伝える。

それが組織だ。

最初の1人を探しながら、アンケートを配り続けた。

あなたの現場にも、その1人は必ずいる。

まだ声を上げていないだけで、変化を待っている人が、きっといる。

「言っても無駄」と思い込んでいるだけで、本当は誰かに聴いてほしい人が、いる。

J-CKP 30 の最初の1回転は、全員に向けなくていい。

その1人に向けて、今日から回し始めてほしい。

――――――――――――――――――――

では、この型は、身内の自己満足ではないのか。

本当に、外から見ても「本物の成果」だったのか。

次の章で、その答えを書く。

国が、この現場を、どう認めたか、の話だ。

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▶ 次の記事:【連載⑧・完】第8章・エピローグ:国が、この現場を、認めた日

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