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【連載⑥】マッキンゼー流のロジックで、離職率60%の絶望施設を再生させた話【第6章】「いい人を、採ってくれた」

著:高坂涼介(社会福祉法人いちご会)
介護職員の働きやすい職場環境づくり内閣総理大臣表彰及び厚生労働大臣表彰 厚生労働大臣奨励賞受賞・介護労働安定センター理事長表彰 最優秀賞(日本一)受賞

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【連載⑤】第4章・第5章:会議を「決める場」に変える

「いい人を、採ってくれた」

 基準のない採用を、設計しなおす


「面接したら、その日から採用」

第5章の終わりで、再設計の2本の柱を立てた。

1本は労務改革。
もう1本が、採用改革だった。

人がいない。現場が回らない。
介護統括が教えてくれた痛みだ。

だから、まず採用を見にいった。
そこで見たのは、こういう光景だった。

面接に来るのは、人材紹介会社か、理事長 (父)の紹介だった。
父は、徹底した性善説の人だ。
どんな人にも良いところを見る。
だから、その人がいちご会に合わなくても、介護ができそうになくても、「いい人だよ」と言って、連れてくる。

入ったあと、その本人がどれだけ苦労することになるか。
そこは、見ていなかった。

父の性善説は、罪ではない。
むしろ、あの夜の電話の「人を大切にする経営をしたい」という願いと、同じ根から出ていた。
ただ、基準のない優しさは、迎えた本人を、いちばん苦しめる。

いちご会の側も、人がいないから、面接では良いことばかり言う。
きつい部分、暗い部分は、伝えない。

面接の記録票は、なかった。
書類選考も、なかった。
面接をしたら、その日から採用だった。
基準が、なかった。

――――――――――――――――――――

ある日、入職三ヶ月の職員から、話がしたいと申し出があった。
個室に入ると、その人は、静かに言った。

「面接のとき、希望休は好きに取れると聞きました。でも実際は、1日もまともに取れません。聞いていた話と、違います」

誤魔化しではない。
採用の現場で、そもそも正確な情報が伝わっていなかった。

その人は、その月の末に辞めた。
採用の壊れ方が、そのまま、離職の壊れ方になっていた。

良いことばかり言って暗い部分を伝えずに採る。
入った人は「聞いていた話と違う」と気づく。

そして、辞める。

採用を直さないかぎり、いくら現場を直しても、底の抜けたバケツに水を注ぐようなものだった。

採用の門を、自分に移す

最初に手をつけたのは、四つだった。
1つ目、面接票をつくる。
そして、面接の窓口を、理事長と施設長から、僕に移す。

2つ目、人材紹介会社への掲載を、止める。
紹介料に見合う人が、来ていなかったからだ。

3つ目、派遣会社に、求人を依頼する。
4つ目、Indeed と契約する。

道具をつくり→門を握り→高いだけで効かないチャネルを切り→安くて手の届くチャネルを開く。

順番は、明快だった。

とりわけ「門を、自分に移す」が、要だった。

その日のうちに一人で採否を決めていた壊れた門を、まず僕が握る。

組織は、頭から腐る。
だから、頭の蛇口を、自分で締めた。

さらに、書類選考を導入した。
会う前に、見る。

当たり前のことが、ここには、なかった。

席を、指定しない

面接そのものも、つくり直した。
求職者が来たら、面接会場へ案内する。

このとき、1つだけ、仕掛けを置いた。
席を、指定しない。

入口に一番近い席が、下座だ。
案内されて、その下座に自然に座れるか。
それだけで、その人が上座・下座という社会の常識を体で知っているかどうかが、わかる。

質問では、人は飾る。
振る舞いは、飾れない。聞かずに、見る。

面接の中身も、変えた。
リーダー候補には、行動面接を使った。
これまでの仕事で最も苦労した経験を、どんな状況で、どんな役割で、どう動き、どうなったか。

状況、行動、結果を、順に掘っていく。
マッキンゼーで叩き込まれた、事実で詰める問い方を、介護の採用に翻訳して持ち込んだ。

やったことがある、と、できたでは大きく異なるからだ。

この面接チェックシートの原型は、薬局チェーンの薬剤師採用で使っていたものだ。
それを介護版に、ちょっと変えて、ぱくった。

CKP は、ここでも効いていた。

――――――――――――――――――――

面接には、もう1つ、仕掛けを加えた。

感動エピソードを、渡すことだ。

それを読んでもらい、感想を聞く。
泣けるかも採否の判断だ。

また、法人理念について問う。
この問いへの答えに、その人の価値観が、にじみ出る。

「共感した」と言う人が、どこに共感したのかを聞く。
「疑問に思った」と言う人が、どこを疑問に思ったのかを聞く。

理念と合わない人は、入った後に苦しむ。
理念と合う人は、入った後に育つ。

だから面接は、能力の確認だけでなく、価値観の照合の場でもある。

採否は、もう、その日には決めない。

きつい部分を、先に、全部伝える

最も大事にしたのが、「説明必須事項」だった。
給与の締め日と支払日。賞与。交通費の条件。有給の発生時期と繰越。残業代の単位。シフト。夜勤。土日祝の出勤。

これらを、面接の場で、必ず、全部、説明する。
説明したら、チェックを入れる。
承諾か、拒否か、記録する。

これは、あの「良いことばかり言って、暗い部分を伝えない」の、真逆だった。

「夜勤は月に4回から6回入っていただきます。シフトの都合によっては7回になることもあります。これは、ご承諾いただけますか?」
「はい、大丈夫です」

「ありがとうございます。書類にその旨を記録させてください」

この一往復が、後のトラブルを防ぐ。
入職前に伝えた。相手も承諾した。その記録がある。

期待と現実のギャップを、入る前に、つぶしておく。

きつい部分を先に全部言えば、求職者が逃げるのではないか、と思うかもしれない。

逃げる人は、逃げた方がいい。
ここで長く働けない人を無理に採っても、本人が苦しむだけだ。

きつい部分を聞いてもなお「やります」と言う人が、本当に来てほしい人だ。

不採用の人にも、頭を下げる

採用を設計しなおすとき、もう1つこだわったことがある。
採らない人を、どう扱うか、だ。

応募者には、アンケートも書いてもらった。
その中に、こんな問いを入れた。

「岐阜県の良さを、県外の人に紹介する文章を、六十文字以内で書いてください」

資格や経歴の裏で、その人の人柄と、前向きさと、書く力が、にじみ出る。

そして、不採用にする人にも、きちんとした手紙を出した。
理事長名で、選考のお礼を述べ、お預かりした書類は責任をもって廃棄すると伝え、ご本人とご家族の健康を祈る。
そういう、一通だ。

断った方を敵にしない戦法だ。

――――――――――――――――――――

面接票の最後には、「私たちの期待」を、はっきり書いた。

入居者様に満足いただけるよう努力する人。
責任感をもって自ら行動できる人。
ルールを守れる人。
仲間とのチームワークを大切にできる人。

誰でもいいから採る、のではない。

この理念に共感する人と、出会いたかった。

父は、性善説で、誰の中にも良いところを見た。
だから、誰も、ふるいにかけられなかった。
僕がやったのは、その優しさを否定することではない。

優しさに、1本の基準を足すことだった。
理念に合うかどうか。

ふるいは、それ1本でいい。

現場からの「いい人を、採ってくれた」

仕組みは、つくった。
だが、現場は、まだ本部を信じていなかった。

第4章で書いたとおり、現場には「本部は楽そうでいいよね」という空気があった。
本部が、本当に採用をやっているのか。
正しく見極めて、採っているのか。
現場は、疑っていた。

だから、ぼくは毎月のリーダー会議で、数字を open にした。
応募が何件あって、書類選考を何件して、面接を何件して、何人を採り、何人を見送ったか。
全部、見せた。

採用を、ブラックボックスから、ガラス張りに変えた。
視えれば、疑いは、薄れていく。
先が
見えると安心する。耐えることができる。

――――――――――――――――――――

しばらくして、現場の側から、その言葉が来た。
リーダー会議が終わったあとの廊下で、ベテランの介護士がさりげなく言った。

「高坂さん、最近入った○○さん、いいですよね。ちゃんとしてる」

「そうですか」

「前は、採用してもすぐ辞めるか、そもそも問題ある人が来てたから……。最近は違う。いい人を、採ってくれてますよね」

その言葉が、じわっと来た。

採用の数字を並べてもらっても嬉しくなかったかもしれない。
でも、現場の人間から「いい人を、採ってくれた」と言われたとき、手応えは本物だった。
その後、変化はさらに続いた。

採用が変わると、現場が変わる。
現場が変わると、また人が集まる。

そのことを、一番よく表しているのが2人の職員の話だ。
1人目は、後進として僕が育てた施設長だ。
もともと生活相談員として入社した。真摯に仕事に向き合い、特養の管理者へとキャリアアップし、2025年から僕の後継として施設長を任せている。

この人は、職員の紹介で来た。
採用を変えた結果として育った職員が、さらに「いい人を連れてきてくれた」のだ。

2人目は、ユニットリーダーの職員だ。
以前は従来型の特養で働いていた。
流れ作業のような介護に疲れ果て、「これは、介護じゃない」と感じていたという。

そのとき、いちご会の求人を見た。
目に飛び込んできたのは「入居者の夢を叶えるプロジェクト」という言葉だった。

「これをやりたい」

その一念で応募してきた。
入社後、一般職員として現場で経験を積み、今はユニットリーダーとして、入居者の夢を叶えるプロジェクトを自分のユニットで実践している。

この2人に共通することがある。
法人理念を、自分の言葉として持っている。

採用とは、理念に共鳴する人を見つける作業だ。
「この施設が向いている方向に、一緒に歩けるか」

それだけが、本当のふるいだった。

新しく入った人が、3か月たっても辞めずにいる。
半年たっても、いる。
1年たっても、いる。

「本部は楽そう」と言っていた現場が、
「本部が、いい人を採ってくれた」と言っている。

本部不信が、本部への感謝に、反転していた。

――――――――――――――――――――

数字も、後から、それを証明した。
2020年度、43人を迎えた。

そして、22か月にわたって、入職1年未満で辞めた人は、ゼロだった。

一人あたりの採用単価は、11万円以上、下がった。

この数字を、他の会社の採用担当者や経営者に話すと、たいてい驚かれる。

「22か月で1年未満退職ゼロ? どんな特殊な選考をしたんですか?」

特殊なことは、何もしていない。
ただ、正直にやっただけだ。

きつい仕事はきついと伝える。
夜勤は過酷だと伝える。

「明るく楽しい職場」とだけ書いた求人に群がった人ではなく、「それでもやりたい」と言った人だけを迎えた。

それだけのことが、定着率を変えた。

採用の「正直さ」が、離職を防ぐ最初の一手だった。

だが、本当の手応えは、その数字ではなかった。
良いことばかり言って、暗い部分を伝えず、その日のうちに採っていた法人が、きつい部分を先に伝え、席も指定せず、不採用の人にも頭を下げる法人に、変わった。

そして、入った人が、辞めなくなった。

採用とは、人を選ぶ技術ではない。

出会った人に、入る前から誠実であるための、設計だった。

もう一度、整理しよう。
いちご会の採用に「特別なコネ」はない。

「業者に高いお金を払っている」わけでもない。

やったのは、5つのことだけだ。

面接の権限を自分に持つ。
席を指定しない。
きつい部分を先に全部伝える。
採用しなかった人にも丁寧に返事を書く。
採用の数字を現場と共有する。

これだけで、現場から「いい人を採ってくれた」という声が来るようになった。

採用は、会社の顔だ。

入る前から、その施設の誠実さが伝わる。

誠実な採用が、誠実な職員を呼ぶ。

その循環が、いちご会の文化をつくっていった。

あなたの施設の採用は、誠実か。

「良いことばかり言って採る」採用が続くかぎり、「聞いていた話と違う」退職が続く。

きつい部分を先に伝え、それでも「やります」と言う人だけを迎えてほしい。
そういう採用に変えるのに、お金はかからない。
面接票一枚と、勇気があれば足りる。

――――――――――――――――――――

「きつい部分を先に伝えたら、応募者が来なくなるのでは?」という不安は、実際には起きなかった。

むしろ、正直に伝えたから「それでもやりたい」と言って来た人が、ちゃんと根付いた。

あなたの次の採用から、今日変えられる。

次の章では、ここまでの再設計を1つの型にまとめた「J-CKP 30」の全体像を書く。

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▶ 次の記事:【連載⑦】第7章:「J-CKP 30」の正体

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