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転けるところを見守れる、親でありたい

こんにちは。

今日は、長女・ネコむすめにゃーのことを書いていきます。

まだまだ葛藤の中にいますが、娘のためになることを一番に考えながら、
今日も書いていきます。


ネコにゃーの現状

幼稚園年長のネコにゃーが視力を失ってから4回目の夏を迎えます。

ネコにゃーの病気については、有料記事になりますが、こちらをどうぞ。

今、ネコにゃーは歩くこと、できます。

歩くこと「は」と強調したのは、少々疑問符が残るからです。

立ち上がって、足を前に出して進むことはできます。

しかし、スッとはできませんし、とても危なかしいです。

でも、歩けるか、歩けないかで言えば、歩けます。


歩みの道のり

ネコにゃーは、そもそも、生後9ヶ月で立ち上がり、歩き始めました。

1歳9ヶ月で視力を失うまで、歩き歴1年でした。

とっとこ走るのはまだできなかったけど、
ほぼ走ってるよね?!というくらいには活発な子でした。

それが、1歳9ヶ月で手術をし、諸々あって1ヶ月は意識なく鎮静、さらに1ヶ月の安静で、全筋力が衰え、首まで座らない新生児のような状態になりました。

それからリハビリを経て、1年後くらいにまた歩けるようになりました。

全筋力が衰え、リハビリを余儀なくされたけど、
同時に視力を失っているので、
何をどうすればいいのかという理解ができず、
リハビリに時間がかかったのかな?と私は思っています。

同じ中途失明の視覚障害の子どもでもネコにゃーより動ける子はたくさんいます。

失明と新生児のように何もできなくなったタイミングが同じだったこともあり、
リハビリが進まなかったのだと思います。

なので、4年経った今、「歩けている」ということだけでも
ネコにゃーは十分頑張れていると思っています。


先日、公園で

ネコにゃーが歩くときは、だいたい誰かが手を繋いでいます。
「こっちだよ〜」
と手を引きながら歩きます。

立つこと、歩くことが昔はできていたのもあり、
歩行の獲得ではなく、リハビリなので、
立ちあがらせてから手を引いて前に進む練習をしてきました。

何よりも怖さがあるので、ネコにゃーが自ら立ち上がってどこかへ行こうとすることはほとんどありません。

それでも、支援校での生活もあり、最近は手を離して、
近くにいる人の声を頼りに自分で前に進めるようになってきました。


休日、家族で公園に行った時のこと、
いい天気だったので、絶好のお散歩日和でした。

「歩く?」と聞くと、やる気がありそうだったので、
広い公園でひたすら歩いていました。

「こっちだよ〜」
「ゴーゴー」

と言うと、こちらに向かって歩いてきます。

だいぶ一人で歩けるようになったし、
声のする方に曲がることもできるようになり、
「できることが増えたな〜」なんて目を細めていた時ーー。


突然の転倒

急にネコにゃーは震え出し、そのまま体を固くして転けそうになりました。

「危ない!」となって、すぐさま抱え、バタンとこけることはありませんでした。


よく見ると、見えている人には気にならないくらいの小さな窪みに
足がハマって、力の入れ方が急に変わったために
バランスが取れなくなってしまい、
ビックリして転けたようです。


「ギリギリ受け止められてよかったー!」


別の場所で遊んでいた夫が慌てて飛んできてそう言いましたが、
私には、少々違和感がありました。


転けないことがネコにゃーにとって良いことなのだろうか…?


再び歩き始めてから、バターンと転けたことはこれまでないと思います。

むしろ、転けないようにと、家の中では床の物を退け、
平なところばかり選んで歩かせてきました。

果たして、それで良かったのか?

これから先、もっともっと歩けるようになったら、
転けずに生きていくのは不可能に近いです。

全部の障害物を退けて平らなところだけを歩くなんて、無理です。

だったら、転けないように配慮するのではなく、


転けそうになった時にどうするか、どう転けるか

それを教える必要があるのではなかろうかと思ったのです。


ネコにゃーに必要なこと

今回、バランスが悪くなった時、ネコにゃーは咄嗟に全身に力を入れ、
カチカチのまま転けようとしていました。

「歩いていたら転けることもある」と伝えていったとしても、
いつか、顔を怪我するような転け方をするのではないかと思ったのです。

転けそうになったときにうまく受け身をとるとか、コロンと丸くなるとか、
そういう体の使い方を伝えていく必要があるなと感じました。


最初に歩けるようになった時は、コロンコロン転けながら歩き方を身につけていきました。

リハビリの中でも、転けながらも「自分で歩きたい」という気持ちがないと、やはりうまく歩くことは難しいなと思いました。


無理やり「さぁ〜転けろ〜」と転ばすことはかわいそうだけど、

「転ける練習」

がこれから必要かな?とPTの先生に相談しています。


終わりに

ネコにゃーみたいな境遇の子だけでなく、誰にでもそうだけど、
わかっていて「転ける練習」をさせるというのは
近くにいる大人はとても辛いです。

実際に歩いていて転けるだけでなく、比喩的に使うつまずきだって、
なかなか望むことはできません。

だけど、転ばないように全てを守って生きていくわけにはいきません。


ネコにゃーが私の目の前で、変な転け方をした様子を見て、

大なり小なり、心を鬼にして、子どもがつまずく様子を見守る必要性を

深く感じました。


ネコにゃーも、長男ののほほん兄さんも、転けることを見るのは辛いです。

でも、親が手を出さずに、そこから自分で立ち上がる姿、

また、歩き出す姿をそばで応援できる存在であることが

大切だなと思いました。


このnoteを書いたのはー

4c5
元保育士。
いまは親として子どもと向き合う日々。
視覚障害児とそのきょうだい児を育てる母です。
子どもと見つけた小さな気づきや、心が動く瞬間を言葉にしています。
子育ての「あたりまえ」に潜むやさしさを、 読む人にもそっと持ち帰ってもらえるように書いています。
大切にしたいものを、大切にできるように。
みなさんへのお手伝いができるように。

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何よりも励みになります。

ありがとうございました😊


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