娘が失明した日、私は誰のために泣いていたのか
今週も読んでくださりありがとうございます。
親として、子どもにできることは何だろう——。
そのように考えることってあると思います。
しかし、子どもと過ごす毎日。
つい忘れてしまいがちではありませんか?
今回は、わが家のアイドル・ネコむすめにゃーが失明した日から、私が子どもとどう向き合ってきたかを綴ります。
少し重いテーマになりますが、読んでくださった人を悲しませたいわけではありません。
過去の自分に向けた“前に進むための道標”として書いていきます。
悲しい話の中にある温かさが、どこかで誰かの背中をそっと温めることに繋がれば幸いです。
途中から有料にしています。
最後まで読むと、暗い悲しみの中で、それでも前を向いて生きていこうと考えた私の思考の変化がわかってもらえるかと思います。
みなさんにとっても自分と子どもとの距離感を考えるひとときになればと思います。
ちょこっと自己紹介を
元保育士の4c5と申します。
障害児とそのきょうだい児を育てる母です。
子どもと過ごす中で気づいた小さなことや心が動いた瞬間を言葉にしています。
子育てや暮らしの中の“あたりまえ”にあるあたたかさを、読んだ人の心にも少しだけ届けられたら嬉しいです。
詳しくはこちら
娘の病気
2022年、コロナ禍真っ只中の8月。
ネコむすめにゃーが1歳8ヶ月のとき、ある病気がわかりました。
7月の終わりに体調不良が続き、何度も病院に行ったけど原因がわからず不安が募っているところでした。
目に異変を感じ、眼科に行ったところ大きな病院を紹介されました。
小さな体でたくさんの検査を受け、やっとわかった病名。
「まさかそんな病気ではないだろう」と見ないフリをしながら頭の片隅にあった、まさかすぎる病名でした。
目の前が真っ暗
言葉通りのことが起こるんだというどこか他人事のようにふわっとした感覚でその病名を聞いていました。
大きな大学病院で本格的に治療を始めるために受診したとき、主治医はこう言いました。
「視力を失わないためにまずは〇〇の手術をしましょう」と。
眼球の病気ではなかったので、まさか失明するとは思っていなかった私。
主治医からそう言われるまで失明するかもしれないとは1ミリも思っていませんでした。
それでも主治医が失明を回避するためと言っていたので、結局大丈夫なんだと思っていました。
ここから先は、私にとっても思い出すのが少し苦しい時間です。
読んでくださる方にも、心の準備をして読んでほしくて、有料にしています。
ネコにゃーの身に起きたこと、そして私が揺れながらも歩いてきた道のりを、 静かに綴りました。
ネコにゃーに起きたことで私は悲しい思いをしますが、それは本当にネコにゃーの悲しさだったのでしょうか。
私が起こってもいない未来を悲観し、勝手に思い描いた未来がもう来ないという現実に萎んでしまっていたのではなかったか。
私が私として悲しむことが果たしてネコにゃーのためになるのかと考えたとき、
ネコにゃーの親としてやらないといけないことが何なのか、
顔を上げて考え始めることができたような気がします。
続きでは、子どもの病気や障害に直面したとき、
親がどんなふうに“自分の悲しみ”と向き合えばいいのか、
私がたどった道のりを通してお伝えしています。不安や悲しみで押しつぶされそうなとき、
どうやって顔を上げればいいのか——
そのヒントを受け取ってもらえると思います。
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