【ファンタジー小説】『今日も魔女の住む森で』第二話 赤く染まる森と小さな勇気
第二話 赤く染まる森と小さな勇気
夏のある日、その日は一日中強い風が吹いていました。
風は夜になってもおさまらず木々を揺らして吹き荒れています。
魔女と二匹のクマが夕飯に、「じっくり煮込んだデミグラスソースのふわふわハンバーグ」を食べているときも、怖いぐらいに風が窓や扉を叩くのでした。
夕飯が終わって食器を片付けているときに、シロクマが戸棚に肘をひっかけてしまいました。
「痛いっ」
肘の布が破れて綿がのぞいています。
「魔女に縫ってもらわなくちゃ」
シロクマが魔女の部屋を訪れたとき、魔女は経営しているネットショップの会計作業に追われていました。
「忙しそうだね」
シロクマは邪魔しないように部屋を出ていこうとしました。
するとすぐに魔女のやさしい言葉が返ってきました。
「大丈夫だよ。どうしたの、こっちにおいで」
シロクマは魔女の膝の上にちょこんと座ると、破れてしまった肘を見せました。
「すぐ手術しなくちゃね」
と言って、魔法の砂を破れた肘にふりかけました。
するとキラキラと輝く砂がスルスルと紫色の光る糸に変わり、痛むこともなくあっという間に布を縫い合わせて元通りに直してくれました。
「ありがとう」とシロクマが魔女に抱きつくと、魔女も「お休み」とシロクマを抱きしめるのでした。
真夜中のこと。
魔女の家の屋根裏で寝ていたヒグマとシロクマは動物たちの叫ぶような鳴き声で目を覚ましました。
耳を澄ましてみると、荒れ狂う風が森をザーザーと揺らす音に交じってたくさんの動物たちが、何かから逃げるように走り回っている足音が幾重にも重なって聞こえます。
二匹のクマたちは不安な気持ちになりました。
こんなこと今まで一度もなかったからです。
ヒグマはベッドから出て窓から外を覗きました。
そこには、見たこともない恐ろしい光景が広がっていました。
森の夜空があちこちから上がった炎で真っ赤に染まり、強風に舞った火の粉が雨のように降り注いでいました。
「大変!山火事だ!」
「わたし、魔女に知らせてくる!」
シロクマが屋根裏を飛び出すと、ヒグマもすぐに後を追いました。
ヒグマとシロクマが魔女の部屋へ飛び込むと、すでに着替えを済ませていた魔女にぶつかって二匹とも尻もちをつきました。
「お前たちは外に出たらだめだよ。ぬいぐるみだからすぐに燃えるからね」
ヒグマとシロクマはそのふかふかの手で魔女のスカートを引っ張ります。
「どうなるの?」
「どうするの?」
魔女は二匹の頭を鷲掴みにして持ち上げながら言いました。
「どうもならないよ。ただ木に逃げてもらうだけ」
そう言うと魔女はクマたちをソファーに座らせました。
そして、おびえるクマたちを安心させるように、二匹の頭をポンポンと優しく二回叩いて家を出ていきました。
ヒグマとシロクマは急いで窓の縁にしがみつき、外の様子をうかがいます。
赤く染まった不気味な夜空に向かって、魔女が両手を天高くかざしました。
彼女の指先から鮮やかな紫に輝く砂が溢れ出し、夜の森の木々へと降り注ぎました。
すると木々があくびをして体を伸ばしながら、魔女と話し始めました。
「やあ魔女さん。こんばんは」
「こんばんは。実は一つお願いがあって。山火事の炎から逃げてもらえる?」
木々は本当にゆっくりと話し、山火事と聞いて驚くリアクションも本当にゆっくりとしていました。
「大変だ!どうりで暑いわけだ、みんな逃げろ」
木々が低い叫び声とともに地鳴りを響かせ、炎から必死に、しかしゆっくりと逃げていきます。
けれど、このスピードでは炎から逃れることができないのは明らかでした。
魔女は魔法に力を込めて木々の動きを後押しします。
地鳴りはさらに大きくなり、驚いた野生の動物たちはパニックになり、完全に逃げる方向を見失ってしまいました。
窓際で様子をうかがっていたヒグマとシロクマは、
「動物たちを助けなきゃ」と外に飛び出しました。
勢いよく駆け出したクマたちは、ちょうどそこにいたウサギとフクロウに出合い頭にぶつかり、四匹は尻もちをつきました。
ぬいぐるみたちはお互いの無事を確認すると、動物たちを助けるべく力強く立ち上がりました。
外は焦げた匂いが立ち込め、炎の熱が肌に感じられるほどに迫ってきています。
「こっちだよ!こっちだよ!」
四匹は小さい体を大きく振って、動物たちを一生懸命誘導しました。
ときどき火の粉がチリチリと体を焦がしますが、そんなのお構いなしに頑張ります。
「お前たち、なにやってるの!ここは大丈夫だから家の中にいなさい!」
その魔女の声は苦しそうでした。
ぬいぐるみたちは驚きました。
魔女のそんな声を聞くのは初めてだったからです。
そのとき一瞬風向きが変わり、炎がウサギを襲いました。
「アチチ!」
ウサギは炎が燃え移った背中を必死に地面にこすりつけます。
チリチリと自分の毛が焦げる嫌な匂いがウサギの恐怖を掻き立てます。
「あつい!あつい!このままじゃみんな燃えちゃうよ」
フクロウは自分の羽が焦げるのもかまわずに火のついたウサギに覆いかぶさり、なんとか火を消し止めることに成功しました。
ヒグマとシロクマは魔女のそばへ駆け寄りました。
魔女は汗びっしょりになり、煙を吸って激しく咳き込んでいます。
魔法の輝く砂を操る指先は激しく揺れ動き、明らかに砂の勢いも輝きも弱くなっていました。
空へ放たれた紫の砂は、木々に届く前にただの黒い灰になって風に消えてしまいます。
ヒグマは魔女の手を引っ張り、「逃げよう!」と叫びました。
すると魔女はヒグマの手を振り払い、
「この森がなくなったら、お前たちの住むところがなくなっちゃうじゃないか」と言うのです。
夏の夜の強風が森を吹き抜ける音、炎から逃げる木々の低い唸り声と地響き、そして舞い狂う火の粉と動物たちのパニックになる足音。
炎の中で魔女の放つ魔法の砂が儚くきらめく中、ぬいぐるみたちは小さな身を焦がしながら、無我夢中で走り回りました。
夜の明けるころ。
ようやく炎は勢いをなくし、木々は安堵のため息を漏らしました。
ぬいぐるみたちは立っているのもやっとの魔女のスカートの裾をみんなで必死に引っ張って家へ戻りました。
「お前たち、こんなに焦げちゃって…」
ベッドに横たわる魔女の声はとても弱々しく、目は閉じられたままでした。
やがて魔女の寝息が聞こえてきました。
ぬいぐるみたちは、「起きるころにはきっと元気になっているはず」と、そんなふうに思うと何だか安心して眠くなってきました。
「ねぇ、シロクマの毛って焦げるとすごく目立っちゃうね」
ウサギはそう言うと、櫛でとかしてシロクマの焦げた部分を取ってあげました。
ぬいぐるみたちはお互いの体を櫛でとかしているうちに、いつしか眠りにつきました。

