【ファンタジー小説】『今日も魔女の住む森で』第三話 魔女の図書館と魔女の日記
第三話 魔女の図書館と魔女の日記
疲れ切っていたぬいぐるみたちがようやく起きたのは、次の日の朝でした。魔女はまだ苦しそうに目を強く閉じて弱く息をしていました。
ヒグマとシロクマはキッチンへ向かい、魔女のスープを作り始めました。
このスープには魔法の力を回復させる効果があるはずだからです。
魔女からレシピを貰って、二匹のクマが初めて作った料理がこの魔女のスープでした。
それ以来、毎日毎日スープを作り続けていますが、魔女はできたものを飲むたびに、
「なんか違う、なんでだろう?」
と首を傾げるのでした。
レシピ通りに作っている二匹のクマは「どうしてだろう」と落ち込み、料理を全くしない魔女にも理由はさっぱりわからないのでした。
ぬいぐるみたちは魔女の顔を取り囲み、協力してスープを魔女の口へと流し込みます。
「ありがとう」
という魔女の声は弱々しいままでした。
次の日も、ぬいぐるみたちは魔女にスープを与え続けましたが、魔女が元気になる様子はありませんでした。
それどころか今では何を話しかけても魔女の口から返事が返ってくることはありません。
ただ苦しそうに息をして、ほんの少しだけスープを飲むだけでした。
ぬいぐるみたちは心配で居ても立っても居られません。
何かをしなければいけません。
今すぐに。
ぬいぐるみたちが思いついたことは、街に出てお医者さんを連れてくることでした。
魔女の「紫の霧のペンダント」があれば魔女の森を出てもぬいぐるみたちにかけられた魔法が解けることはありません。
問題は人間の言葉を話すぬいぐるみが、弱っている魔女を助けてほしいと頼んでも信じてくれるお医者はいないだろうということでした。
しばらくしてヒグマが突然立ち上がり手を叩きました。
「そういえば、魔女にはおねえちゃんがいるって前に聞いたことがあるよ!」
シロクマも嬉しそうに立ち上がります。
「魔女のおねえちゃんなら私たちのこと信じてくれるよね!」
ウサギはぴんっと耳を立てて、得意げにぴょんと跳ねます。
「僕のダッチオーブンカートで街にいこう!エンジンとハンドルもつけたんだ」
フクロウはぼそりと呟きます。
「魔女のおねえちゃんの居場所がわかればいいけど……」
そうです。
ぬいぐるみたちは魔女のおねえちゃんがどこに住んでいるのか知らないのでした。
すると今度はフクロウが突然、羽をバサバサとやりだしました。
「きっと図書館の『魔女の日記』なら知っているはずだよ!」
ぬいぐるみたちの顔にぱっと笑顔が戻り、我先にと玄関から走り出て図書館へ向かいました。
森の小道を進んでいくと、大きな石造りの古い洋館のような魔女の図書館が見えてきました。
重厚な扉をギィッと押し開けると、古い紙とインクの、少しホコリっぽいけれどどこか落ち着く匂いがふわりと漂ってきました。
中に入ると、巨大な本棚がズラリと並んでいます。
そこには歴代の魔女たちが集めた本でいっぱいです。
科学、天文学、量子力学から、料理、なぞなぞ、ゲームの攻略本までそろっています。
もちろん魔法に関する本も。
その中に『魔女の日記』がいます。
初代の魔女から代々受け継がれるうちに、積もり積もった魔力と思い出によって命が宿った古い本です。
歴代の魔女たちの秘密が記されている彼女は、今の魔女からも「絶対に日記の内容を誰にも見られないように」ときつく言われているので、魔女以外に姿を見せることはありません。
しかし、さみしがり屋の彼女は、すごく存在アピールしてきます。
パタパタとページをめくって音をたてたり、わざとぬいぐるみたちの足元に本を落としたり。
『ぬいぐるみたちと遊びたい……お話ししたい!』
でもうっかり日記の中身を見られたらと思うと怖くて姿を見せられません。
もしそんなことになったら大好きな魔女が恥ずかしい目に遭うし、魔女の威厳に関わるからです。
ぬいぐるみたちも、そんな不器用で恥ずかしがり屋な彼女の存在には気づいていて、「日記ちゃん」と呼んで密かに親しみを持っていました。
「おーい。日記ちゃん!」
ヒグマの声が図書館に響き渡ります。
『ぬいぐるみたちが来た!』
この日は特に山火事で怖い思いをした後なので、ぬいぐるみたちが図書館に来たことが嬉しくてたまりません。
いつもよりも大きな音でパタパタしますが、我慢して姿は隠したままです。
でもなんだかいつもとぬいぐるみたちの様子が違います。
シロクマは今にも泣きだしそうなのを必死にこらえて叫びました。
「日記ちゃん! お願い、出てきて! 魔女が大変なの。
このままだと、もしかしたら死んじゃうかもしれないの!」
これまで何代もの魔女たちとの「出会い」と「別れ」を見送ってきた彼女にとって、いまの魔女を失うことは、もう二度と経験したくない一番の恐怖でした。
「……えっ? 魔女が、どうしたの?」
シロクマの悲痛な叫びに、『魔女の日記』はたまらず本棚の陰から顔をのぞかせました。
ぬいぐるみたちは彼女のもとへ走り寄り、山火事から森を守って魔女が倒れてしまったこと、魔女を助けるためにおねえちゃんの居場所を知りたいことを早口で説明しました。
魔女が大切な存在であるのは『魔女の日記』にとってもみんなと同じでした。
『魔女の日記』は一生懸命に魔女のおねえちゃんのことが書かれたページを探しました。
実は彼女、目は表紙についているため自分のページを読むことができません。
その代わり、書き込まれたときの「感情の温度」を頼りにページを探り当てるのです。
「あったよ! ここ、おねえちゃんへのすごく強い感情の匂いがする!」
『魔女の日記』は自信満々に、みんなに見えるようにそのページを開きました。
でも、そのページにはおねえちゃんの悪口しか書かれていません。
「ちょっと待って。まだあるはずだから」
『3月9日、またおねえちゃんに冷蔵庫のプリンを食べられた!絶対に許さない!』
『8月29日、おねえちゃんのいびきがうるさくて眠れなかった!』
おねえちゃんについて書かれたページはいくつもありましたが、そのほとんどはやっぱり悪口でした。
みんなの心が折れかかったとき、ついにまともに読めるページにたどり着きました。
ぬいぐるみたちは顔をぎゅうぎゅうに寄せ合って読み進めます。
日記の題名は『おねえちゃんの結婚式』でした。
『おねえちゃんが街の人間と結婚して森の家から出ていって、一人で暮らさなければいけなくなったこと』
『おねえちゃんが毎日作ってくれていた美味しい魔女のスープがもう飲めなくなって、たくさん冷凍保存しておかなかったことをすごく後悔していること』
『さみしくてたまらなくて、ヒグマとシロクマとウサギとフクロウのぬいぐるみを抱きしめて大泣きしたこと。そうしたら、涙に濡れたぬいぐるみたちが急に温かくなって、本当に生きているように動き、話すようになったこと』
そしてそのページには小さい紙が一枚折りたたまれて挟まっていました。
ヒグマがその紙を開くとそこにはこう書かれていました。
『ごめんね。寂しい思いをさせちゃうね。
でも、街の大きな時計台の下の薬局兼住宅に来ればいつでも会えるし、私もホントたまぁ~には森に帰ってくるから大丈夫。がんばれ!!』
ぬいぐるみたちは、おねえちゃんの居場所がわかって大はしゃぎです。
そんななかシロクマだけがうつむき気味に黙っています。
周りの歓声が遠のいていくように、シロクマの頭の中は一つの疑問でいっぱいになっていました。
シロクマの様子に気づいたフクロウがふわりとシロクマの頭に止まりました。
(魔女が魔法で命を吹き込んだんじゃないとしたら……わたしたちの命は、いったいどこから来たの)

