私がイメージしていたアジアの市場——プサー・ルー・トム・スメイ【海外での記憶#28|カンボジア編-05】

シェムリアップ観光中心部から東へ。
国道6号(NR6)に出る。
観光の看板は減り、飲料や通信の大看板が続く。路肩には修理屋と小型トラック。生活系の広告とクメール語(カンボジア語)が増える。観光客の気配は薄い。都市近郊の日常が前に出る通りだ。

そこにひときわ目立って人だまりが見えた。赤い屋根がいくつも連なる大きな塊。Phsar Leu Thom Thmey(プサー・ルー・トム・スメイ)。
かなり大きな市場という印象。Eバイクを停めて、そこから脇の通りへ入る。最初に見えたのは食材の一角だった。


雨あがり。水たまり。足元はぬかるみ、湿りを含んだ空気。
細い路地にはスクーターがそのまま流れ込んでくる。歩行者と同じ幅を使う。排気が抜けるすぐ横で、肉が吊られたまま売られていた。台の上には切り身、骨付き、皮付き、そのまま豚の頭も。日本ではスーパーの奥に隠れている「生の工程」が、雨上がりの屋外で、目の高さにむき出しで並んでいた。その横をスクーターが横切る。
この交じり合った秩序は、中心の観光市場ではあまり見ない空気だ。
ここでは、日本で見慣れた清潔に整えられた売り場のルールは役に立たない。排気と肉、泥と現金、人の声と刃の音が同じ線上にある。それでも流れは乱れない。
——この混ざり合いに、私は「アジアの市場」を見たと思った。


干し魚が焦げ茶色の束で積み上がり、米は大袋で量り売り。果物は色の塊で置かれている。通路は狭い。立ち止まればすぐ人が詰まり、背中が当たる。前の流れに合わせて歩き続けた。
値段は言い値。呼びかけはクメール語、数字は指。短い言葉と短いやり取りが聞こえる。私はこの呼吸にのみこまれていく。
ここは街の台所だが、「地元の買い出し」だけでは収まらない。
「生きる」がむき出しで並んでいるように見えた。
排気ガスと吊るした肉、干し魚。
ぬかるみと米袋、秤。
背中があたる人の流れと現金、指で回る取引。
混ざり合いが秩序になる。
——自分もこの流れに乗ってみた。

もう日は暮れていた。
帰り際、看板の門の近くの軒先でバナナを買うことにした。欲しいのは三、四本だけ。けれどここは房売り前提だ。英語は通じない。身振り手振りで「房の一部だけ」を示し、指で本数を伝える。断られる。
しかし、売り手が見せた数字を本数で割って単価を概算し、その額に約三割上乗せして札を出す。うなずき。房から数本をもぎ取り、袋なしでそのまま手に渡される。
英語も値札も要らない。ここでは相場と所作が通じる。雨上がりの湿気の中、この市場の呼吸、「生きる」がむき出しで並んでいる市場に私なりの手応えを感じた。
結局、屋根の中へは入らなかった。
外周の、雨上がりの細い通りだけをたどった。それでも、市場の呼吸、シェムリアップの日常は十分に伝わってきた。

Phsar Leu Thom Thmey。
NR6に面した市場だけに、荷の出入りは速い。肉・魚・野菜、干し魚、米袋と秤、道具・布・糸、そして金の区画まである。生活に必要なものが半歩の距離で連続している。
そして観光市場にはない、シェムリアップに住む人々の呼吸に合わせた並び方と距離感。この市場は暮らし、生きるを優先のまま動く。
通じない言葉の代わりに通じる仕草、所作があり、腹の速度で取引が回っていた。
市場を出ると、NR6の風。袋なしのバナナは軽いのに、手のひらには確かな重みが残った。
ここで見たのは、
「地元の買い出し」では言葉が足りない。
——「生きる」がむき出しで並ぶ市場だと思った。
*これは2017年当時の記録です。
追記|
|いまのプサー・ルー・トム・スメイ|
いまも場所は変わらず、中心部の東、国道6号(NR6)沿い。中心からおよそ3km、幹線に面しているから荷の出入りが速い。市場の性格は観光より暮らし寄りのまま。英語は片言レベルで、値付けは地元基準(安め)。通路は狭く、バイクがそのまま入って買い物する「地元流」は引き続き普通に見られる。
営業時間は区画や屋台次第で幅があり、案内では6:00–18:00、別の情報では3〜4時台に動き出して20:00頃までとされる。生鮮は早朝が厚く、朝食の屋台(バイ・サッチュルークや麺、揚げ物、甘味)が充実するのもこの時間帯。
市場は、青果・肉・魚・香草、乾物とスパイス、惣菜、衣料と布地+仕立て、靴や日用雑貨、携帯アクセサリーや小型電化、化粧品に加えて、中央〜奥にかけて金(ゴールド)アクセサリーの区画が続く。支払いは現金が主流でリエル(カンボジア通貨)。USドルが使える店もあるが、USドルで払うとおつりはリエルで返ってくることが多い(相場は店側のレート)。
NR6自体は「プノンペン—シェムリアップ—西部方面」を結ぶ幹線。新空港開業の影響で動線がやや変わりつつあるが、ここは相変わらず「街の台所」。観光客の立ち寄りは以前より増えたとしても、並び方と距離感は暮らし優先のまま。朝に行けば、その差ははっきりわかる。
|カンボジアで私が訪れた他の市場|

プサー・チャー(オールドマーケット/シェムリアップ)
観光エリアと地元混在市場。中心部ど真ん中。朝は生鮮、日中は土産や衣料、雑貨が前面に出る。値札は目安で、基本は値切り前提。舗装や通路幅が整っていて雨でも動きやすい。

メイド・イン・カンボジア・マーケット(キングスロード・アンコール内)
シェムリアップの観光市場。地元作家やブランドのクラフトに絞ったエリア。手仕事・オリジナル品が中心で、価格は観光相場。見やすく静か、ギフト選びに強い。フードコートや飲食店を含む複合施設(キングスロード)と一体で滞在しやすい。

カンダル・マーケット(プノンペン)
近隣住民の生活市場+観光ホテル圏内。朝は青果・精肉・魚、昼以降は日用品、夜は簡易屋台や電飾系の雑貨が増える。路地が狭く、人とバイクが混在。観光ホテルが点在するエリアのローカル市場のため、旅行者も通るが、基本は近隣住民の生活市場。プサー・ルー・トム・スメイ市場の小型版に近い。

セントラル・マーケット=プサー・トマイ(プノンペン)
観光寄り市場。アールデコのドームが象徴の表玄関。通路が広く、明るく、清潔感がある。アクセサリー、時計、土産、衣料など観光客が回りやすい並びで、価格は観光相場寄り。

ロシアン・マーケット=トゥール・トンポン(プノンペン)
観光目的と地元混在市場。迷路のような区画に、布・衣料・土産から工具、バイク部品までが同居。暑く混む時間帯も多いが、探す楽しさがある。値切りは基本。旅行者と地元利用が混在。
ざっくりと、オールド=「観光×地元の交差点」、メイド・イン・カンボジア/キングスロード=「選び抜いた工芸と飲食の複合」、カンダル/ロシアン=「生活寄り〜混在型」、セントラル=「観光に優しい表玄関」。
その中でプサー・ルー・トム・スメイは、観光導線から半歩外れた生活ど真ん中の総合市場として際立つ、というのが一般的な見え方といえるだろう。
参考資料:
ウィキペディア/シェムリアップネット ほか。
海外での記憶
#29|朝の大空に乗る——ルクソール熱気球(Alaska Balloons)|エジプト編-08【進む→】
#27|中は日本、外はインド——Megu Cafe|インド編-05【戻る→】
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