【Re:write】第50話 賢者の実験と、再起の狼煙
―絶望を、書き換えろ。
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村の喧騒から離れた、森の開けた場所。
草は踏み荒らされていた。
土の上に、赤銅の細い線が何重にも這っている。水晶の柱。歪んだコイル。錬金術の釜。
継ぎ目から、白い蒸気が短く漏れた。
使う側への配慮だけが、設計から抜け落ちている。
「――フフフ。ついに、この時が来たね!」
エラーラの声が、木立に跳ねた。
「名付けて、『疑似精神干渉発生装置(メンタル・ジャマー)マークII』。あの鉱山の『歌』の波形データを基に、出力を100分の1に抑えた、安全かつ不快な精神攻撃を再現する、画期的な発明さ!」
「……要するに、『頭痛ましん』ってことか?」
ドレイクが、喉の奥で低い音を鳴らした。
「その通り!」
エラーラは即答した。
「そして、栄えある最初の被験者(モルモット)は、君だ、ドレイク!」
水晶のロッドが、ドレイクの眉間に向けられる。
「なんで俺なんだよ!」
「君が、この中で一番、精神的に図太そうだからさ!」
「褒めてねえだろ、それ!」
「君が耐えられなきゃ、他のメンバーはもっとダメってことだろ? 最高のサンプルじゃないか!」
エラーラは胸を張った。
ドレイクの顔が、ゆっくりカイへ向く。
「おい、カイ。お前の仲間をどうにかしろ」
カイは手元の羊皮紙に計算式を走らせたまま、視線を上げない。
「エラーラの提案は、合理的だ」
ドレイクの顔が、露骨に渋くなった。
「てめえら、グルか!」
「ドレイク、君の精神的な頑健性は、この試験の貴重な基準点(ベンチマーク)となる。協力に感謝する」
「感謝すんな。止めろ」
「記録には残す」
「残すな!」
ミミが、アリアの袖を小さく引いた。
「ドレイクおじちゃん、かわいそう」
「かわいそうで済ませるな!」
エラーラが、レバーに手をかけた。
レバーは途中で一度引っかかった。
エラーラは両手で押し直す。
ガチン。
赤銅のコイルが、低く唸った。
水晶の内側に、細い光が走る。
キィィン……。
音は小さい。
小さいのに、歯の根に触れてくる。
ドレイクの肩が固まった。
指が、こめかみに食い込む。
「……ぐっ。……きやがった」
喉の奥で、声が潰れた。
「頭の中で、ゴブリンがハンマーを振り回してるみてえだ……!」
「よし! カイ、アリア、ミスト! やりたまえ!」
カイの視線が、アリアへ移った。
「アリア、ミスト。作戦通り、『静寂の盾(サイレント・フィールド)』を展開しろ」
「はい」
アリアが息を吸った。
瞳を閉じる。
傍らで、ミストが霧の微粒子を散布する。
白い粒子が、足元からゆっくり立ち上がった。
一行の膝。腰。肩。
順に包んでいく。
竪琴はない。
あの日の光景だけがある。
ミミが、水辺で笑っていた。
ウンディーネの髪から、小さな水滴が落ちていた。
陽を含んだ水面が、まぶたの裏で揺れる。
アリアは、その熱量を束ねた。
言葉ではなく、温度として。
ミストへ静かに流し込む。
霧のフィールドが、薄い膜のように張った。
空気の肌理が変わる。
ドレイクの首筋から、力が抜けた。
「……ん?」
彼は自分の頭を、両手でぺたぺた触った。
「……おお、消えた! 頭の中のゴブリンが、帰っていきやがった!」
「成功だ! フィールド内の干渉波、98.7%の減衰を確認!」
エラーラが跳ねる。白衣の裾が遅れて揺れた。
「やったぞ、カイ!」
カイの視線は、水晶板に固定されたままだった。
数値が、細かく上下している。
「……いや、まだだ」
声は低い。
「フィールドの強度が安定しない」
空気が、わずかに重くなった。
「アリアの感情の揺らぎが、そのまま防御率の低下に直結している。これでは、実戦では綻びが生じる」
アリアの視線が落ちる。
銀髪が頬にかかった。
「ごめんなさい、カイさん……。私……」
「謝るな」
靴音が近づく。
カイの掌が、アリアの肩に置かれた。
布越しに、重さが伝わる。
熱も。
「君の心は、複雑で豊かだ。だからこそ、機械のように一定にはならない」
アリアは顔を上げた。
「……だが、君には、俺がいる」
霧の粒子が、二人の間を通り抜ける。
「俺が、君の心の『調律師』だ。忘れたか?」
アリアの唇が、わずかに開いた。
「君が揺らげば、俺が支える。君が音を外せば、俺が修正する」
カイの声は変わらない。
平坦で、短い。
「二人で、一つのシステムだ」
アリアの指が、胸元で止まった。
呼吸が一つ。
次の呼吸は、少しだけ深かった。
霧の膜が揺れる。
さっきより、細かい震えが少ない。
カイは水晶板を見る。
「再試行する」
「はい」
アリアの瞳に、もう影は落ちていなかった。
ただ、揺れの止まった水面のような光が残っている。
◇
夕闇。
一行は、再び廃鉱山の入り口に立っていた。
太陽は、稜線の向こうに沈みきっている。
坑口の縁だけが、黒く残っていた。
奥から水音はしない。
小石が落ちる音も、戻ってこない。
昨日と同じ方向から、風が抜けた。
湿った鉄の匂いを運んでくる。
ドレイクが、喉を鳴らした。
「……本当に、行くのかよ」
「ああ」
カイが顎を引く。
「理論は実証された。ここからは、実践だ」
アリアの足元に、霧が薄く広がる。
ミストの中心部が、淡く脈を打った。
エラーラは装置の小型水晶を確認し、ドレイクは剣帯を締め直す。
カイは、坑道の奥を見た。
昨日の失敗。
撤退の足音。
届かなかった手。
それらは、もう顔に出ていない。
必要な数値だけが、彼の中で沈んでいる。
「……ウンディーネを、迎えに行く」
誰も返事をしなかった。
靴底が、砂利を噛む。
一歩。
次の一歩。
足音は、坑道の黒へ吸い込まれていく。
霧の白だけが、しばらく入口に残った。
頭上には、光の点が一つ。
森の開けた場所から見ると、一行の背中はもう小さかった。
やがて坑口の縁に隠れ、砂利に残った靴跡だけが、夕闇の底で冷えていった。
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