Q.E.D. ただいま、わたし 〜足先から心をほどく夜がある〜
外に出ると、何事にも一生懸命になってしまう。
その熱量のまま、駆け抜けようとしてしまう。
それが、良いこととされる場面もある。
けれど、その度に、わたしの中の何かがぽたぽたとこぼれ落ちていき、わたしの心が、少しずつ空っぽになっていくことを、本当は知っている。
我が家は、駆け抜けて、エネルギーを使い切ったわたしが、静かに「わたし」へ帰ることのできる、唯一の場所。
この我が家で、どうしたら、わたしのこぼれ落ちてしまったものを取り戻すことができるだろう。
その問いの答えは、案外、自分の足先にあるものなのかもしれない。
週末を控えた平日の夜。
喧騒の日常で、すっかり防御体制となってしまった心を平穏に戻すために、ソファに座り、足先へ視線を下ろす。
そこには、戦闘モードを経て、すっかりくすんでしまった足先があった。
そのくすみは、まるで、今のわたしの心を映しているようにも見える。
素肌で、なににも覆われていない足の爪には、少しだけ魔法をかける必要がある。
それは、週末へと向かっていくための、繊細で、きらびやかな魔法だ。
その瞬間に気になるカラーを数本選び、脳内でイメージを膨らませていく時間。
ネイルボトルの蓋をひねって持ち上げ、余分な液を落とす時間。
足の爪にそっと色をのせ、重ねていく時間。
これらの時間を、じっくりと静かに重ねることで、わたしの呼吸が、少しずつ、整っていく。
こうして、我が家に帰り、安心できたわたしは、「わたし」の心を、そっとやさしく迎えにいくのだ。
色と輝きを重ねるほど、じっくりと過ごす時間が必要になる。
じんわりと過ごす時間で、少しずつ満たされるうちに、眠りに誘われる。
ネイルを乾かしながら、ソファに転がる。仰向けで目をつむると、気持ちよく眠りに落ちていく。
そんなひとり時間が、わたしにとって必要な「余白」となり、翌日からを生きる糧になっていくのかもしれない。
時間をかけて、好みのカラーを纏って輝いたわたしの足先は、今にもスキップしそうなくらい、なんだかうれしそうだ。
未来のわたしを、きっといい場所へと連れて行ってくれることだろう。
安心の我が家で、日常の戦闘モードをほどいて、「わたし」へ帰る。
明日が、ほんの少し楽しみになる。
そんな夜を抱えながら、これからも日々を暮らしていく。
ただいま、わたし。
(本文:945字)
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