和らぐ時間は、1杯のコーヒーから |【短編小説】
ピピピピピピ・・・・・・・・
自分の枕元で、アラームが鳴りだす。
時刻は、早朝4:30。
「もう、朝か。」
身体がやや重い。
なんとか目を覚まして、急いで身支度をする。
昨日の疲れが、まるで取れていないが、今日だからこそ来店するであろうお客様のために、準備を始める。
本日のモーニングセットは、チーズトーストとミニサラダ、ホットコーヒー。
コーヒーの準備をしていると、扉が開いて、「おはよう~」という男性の声がした。
開店時間をややフライングで入ってきたのは、この喫茶店🍀nanohana cafe🍀の物件の管理会社の社長と、キッチンカーなどの手配をしてくれたり、アドバイスをくれる笹木さんだ。
ふたりは、いつもの席に着席するなり、
「今、こんな事業を始めようとして、でも秘書からは、少し慎重に、って言われているんだよね」
「でも、実は、意外とうまくいきそうな予感がしているんでしょ?」
なんて、ビジネストークに花を咲かせている。

仕事ができる人たちの朝は早い。
全く話に付いて行くこともできないのだが、今日ばかりは、そうも言っていられないようだ。
提供するモーニングセットを急いで準備して、テーブルまで運んでいくと、明らかにふたりからの視線が向けられていることに気付く。
「お待たせしました。本日のモーニングセットです。え~っと・・・それで、なんのはなしでしたっけ?」
「ハハハ。君、しっかりしてくれよ~。だから、昨日は、どうだったんだい?って聞いてるの。」
社長の問いへの返しを考えている時間が長かったのか、すかさず、笹木さんが言葉を発して間をつないでくれた。
「相変わらず、コーヒーは美味しかったけどね。」
「わざわざ来てくださって、ありがとうございました。まあ・・・そうですね。初回だから仕方ないなと思いますが、もちろん赤字ですよね。」
自虐的に答えながら、昨日一日のことを思い返していた。

昨日は、キッチンカーとしての出店初日だった。
朝から緊張していて、アラームが鳴るより先に目が覚めてしまった。
緊張感が、黒猫にも伝わってしまっていたのか、揃って朝が早かった。
ここで二度寝をしてしまったら、むしろ寝坊してしまいそうだ…と思い、早めに準備を済ませることにした。
毎週水曜日、朝10時から夕方16時までのキッチンカー営業。
キッチンカーの出店初日について事前に告知をしたのは常連さんだけで、他には宣伝もしていなかった。看板ネコの黒猫を連れて行った。珍しいのか、一度目を配ってくれる人が多かったものの、そう簡単に、お客さんはやってきてくれない。
公園にやってくる人の様子から、キッチンカーがあることへの抵抗は感じられなかったものの、やはり、突然誰かわからない人から、コーヒーを買おうとはならないのかもしれない。
ましてや、徒歩10分圏内には、かの有名なコーヒーチェーン店や、低価格帯で美味しいコンビニもあるエリアだ。
個人でやっていくには、なかなかの激戦区だったことに、キッチンカーを出店してから初めて気づいた。
ランチタイムに差し掛かった頃。
公園には、お昼休憩を取るサラリーマンの姿も増えてきた。誰かと一緒にいるというよりも、どちらかと言えば、おひとり様が多い。
イヤホンをして何か聞いていたり、スマホをいじりながらコンビニのサンドイッチを食べていたり、目をつぶって仮眠をしているような人もいた。
ここの公園の付近では、みんな、それぞれの時間を過ごしていることが分かった。
もしかしたら、自分やキッチンカーの存在に気付いてくれている人もいるのかもしれないけれど、ひとりでキッチンカーにいると、自分の無力さに心が折れそうになる。
さっきまで隣にいてくれた黒猫も、この無為な時間に飽きてしまったのか、どこかに行ってしまった。
「さて。どうしようかな・・・」
こんな独り言を話しても、おそらく誰にも聞こえていないことだろう。
お客さんが見えない中で、遠くから歩いてくる人たちがいた。
その中のひとりは、まさにこのキッチンカーでお世話になっている人。
「笹木さん!」
しっかりと姿が見えた時には、孤独から解放されたような気がして、ほっと一安心した。
よく見ると、笹木さんは、1人ではなかった。職場の部下の方を3名も連れてきてくれていた。
笹木さんが、片手を挙げながらこちらに近づいてきて、連れてきた男女に紹介してくれている。
「この人が淹れてくれるコーヒーは、おいしいんだよ。休憩にぴったり。たまに目が覚めるほど苦めにブレンドしてくれていることもあるけど、今日はどうかな?」と笑いながら、人数分のコーヒーを注文してくれた。
「ご注文くださり、ありがとうございます。本日のコーヒーは、コロンビア産の豆をメインに使って、独自にブレンドしたものです。コロンビアのコーヒー豆は、アロマ感が強めだと感じます。ちょっとした安らぎの時間を過ごすにはピッタリではないかと思って、セレクトしました。どうぞごゆっくり。」
緊張が表情に出ないようにと意識していたが、つい声が上ずってしまった。
そのことに気付いたのは、笹木さんだけで、微笑みを返された。他の人たちは、順番にコーヒーを受け取り、近くのベンチに向かって歩いて行った。
どうしても、コーヒーを飲んでくれた方の感想が気になってしまう。
笹木さんたちの会話こそ聞こえないものの、ベンチに腰を掛けて、コーヒーを飲んでいる姿は確認できる。笹木さんたちの様子を窺うと、穏やかに談笑していて、貴重な休憩時間の邪魔にはなっていなかったように見えた。
笹木さんたちの様子を遠目で眺めていると、ひとりの男性客がやってきた。
「ホットコーヒーを1つ、お願いします。」
先ほどまで、公園のベンチで昼寝をしていたらしきサラリーマン。言葉少なめの注文で、あまり親しげに話さない方がいいのかもしれない、と思いつつ、目覚ましのコーヒーとして、選んでくれたのなら嬉しい。
「本日のコーヒーです。午後もお気をつけて行かれてください。」
コーヒーを受け取り去っていく男性の背中に、エールを贈った。
昼休みが終わると、小さなお子さんを連れたママさんたちが、公園にやってくる時間帯となった。
「あら。あそこで、コーヒーを販売しているのね。」「行ってみようかな。」と興味を持ってくれたことは、とても嬉しい。
「ねぇ~!ママ!あそこに猫ちゃんいるよ〜。見に行ってもいい?」
そんなかわいい子どもたちの声につられて、ママたちがコーヒーを注文してくれた。
子どもたちの興味は、あっという間に、黒猫から公園の遊具に移っていったが、子どもたちが遊んでいるのを見ながら、コーヒーを手にしたママさんたちの会話は盛り上がっている。
少しずつ日が傾き始め、公園に来る人もまばらになってきた。
午後の時間、キッチンカーの前にいてくれた黒猫の効果も手伝って、この日提供したコーヒーは、10杯だった。

キッチンカーを笹木さんのところに戻した後、店に戻った。
とにかくヘトヘトで、店に戻った後の記憶があまりないのが、正直なところだった。
キッチンカー営業の振り返りもせずに眠ってしまったから、思い返せたのも、社長たちがモーニングに来てくれたおかげだ。
初日にしては、ほどほどに良い結果だったのかもしれない。
ただ、まだ改善の余地あり、というのが、実際やってみての印象としては強い。
この店を始めた時、お客さまを迎える努力は怠ってはならないということを思い出した。
険しい顔、悲しい顔をして来店されても、店内を包むコーヒーの香りで、ふわっと表情がほぐれ、肩の力が抜けた女性の姿が忘れられないのだ。
そんな姿を見ることが出来るのは、アロマを提供することで得られる特権だと思う。
常連さんも、はじめましての方も。
暮らしの中の、たった1秒でもいいから、和らいでほしい。
自分にできることは、この店やキッチンカーで、そんなきっかけの種を蒔き続けること。
相変わらず、自分ではなく、誰かの安らぎのためって思ってしまうのだな…と気付き、不意に笑みをこぼしたところを、すかさず社長にキャッチされ、「何を笑っているんだい?」と声をかけられた。
「昨日1日のことを思い返していました。正直、キッチンカーは向いていないのではないか、と昨晩は思っていたのですが、違いますよね。まだ、何にも努力していなかったです。見てもらえる努力をしていないのに、見てほしいなんて、わがまますぎますね。」
「最初から売れることはない、ということ。君なら知っていると思ったけどなあ。」
社長は、痛いところをついてくる。この視線の鋭さは、出会った時と変わらない。
「まあ。あまり気負わずに、続けてみればいいんじゃない?1回やっただけで、そこまでの気付きがあったなんて、伸びしろあるよ。駐車場代は、こちらでなんとかしてあげるからさ。」
社長と打って変わって、ほめて伸ばしてくれるタイプの笹木さんがいてくれることが、救いだった。
珍しく、モーニングの時間帯に、他のお客さんが入ってきた。
あまり聞かれて良いものではないのかもしれないと思い、深いことを相談できずにいると、ふたりとも仕事があると話し、店を出て行った。
気にかけてもらって、店に顔を出してくれるだけでも、心強いものだ。
モーニングの提供を終えると、1時間程客足が途絶える時間がある。
ランチの準備をしながら、次のキッチンカーで提供するコーヒーの品定めをした。
何が出来るかを考える時が、自分は一番楽しいのかもしれない。
未来に出会えるだろう、「和らぐ時間」を思いながら感じる珈琲豆の香りは、これまで以上に深かった。

和らぐ時間は、1杯のコーヒーから
《了》
読書の秋。文学の秋。
ということで(?)、サクッと創作してみました。
月1開店している🍀nanohanacafe🍀。
これまでの物語は、下記マガジンに収容しております。
noteの街に、こそっと生まれた不思議な喫茶店で起こるお話の集合体。ご入店の合言葉は、「 #なんのはなしですか 」です。
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