深みと儚さの間に | 【短編小説】

キッチンカー営業の日。
12時を回ると、途端に公園内に来る人が増える。
私から見ても、この公園の中に、このキッチンカーが停まっていることは、明らかに異様に見えるのだが、人の目に留まっているのかいないのか、イマイチわからない。
客足は、イマイチ伸び悩んでいる。キッチンカーを1日出して、提供するコーヒーが、毎回2桁行くかどうかという日もあり、この営業をしている意味があるのか、悩むこともある。
この意味を解き明かそうとしても、無駄なことは、わかっている。

暇な日は、人間観察をしている。そこで、出会った人々の中で、とても気になる存在がいた。
12:05になると、ふらっと公園を訪れて、12:50には立ち去っていく。同じ時間、同じ場所で、休憩している青年がいるのだ。
その青年にとってのこの時間は、仕事の合間の休憩なのか、それとも休日なのか。
ベンチに座って本を読んでいるか、スマホを眺めているようだが、この時間、多くの人がしている飲食をしている姿を一切見たことがない。
なんだか無性に気になる存在で、いつか話しかけてみたいと思っていた。
が、キッチンカーから声をかけるのは、そう簡単なことではない。
まず、第一に、怪しまれる要素しかないのだ。
困っている時。
そこは、黒猫の出番である。
黒猫は、首をかしげながらも、困った時にはたいてい私の思うように動いてくれる。ものすごい働き者なのだ。

この日も、黒猫が、公園の周りを散歩していた。
私の念を受け取ってか、青年が腰を掛けているベンチの方へと向かっていく。
キッチンカー営業の宣伝云々よりも、貴重な一瞬を見逃さないよう、目を凝らす。
私のようなおじさんが、黒猫と同じことをしたものなら、人の近くに行くだけでも、驚かれてしまうに違いない。
何一つ荒波を立てずに、するーっと人の近くに入り、寄り添うことのできる黒猫を、この時以上に羨ましく見つめることはないのだ。
青年が立ち上がり、こちらに向かって来るのが見え、怪しまれないように、急いで手元のコーヒードリッパーに視線を移した。
気づくと、青年の姿が、既に自分の前にあった。
「あの…この猫は、おたくの仔ですか?」
青年は、足元にいるらしい、黒猫を指差しながら尋ねる。
「あっ。はい。そうです。何か…この仔がしちゃいましたか?」
おたくの仔か?と問われると、悪いことをしてしまったように感じるのは、なぜだろう。
咄嗟に、黒猫が、この青年に悪いことをしたことにしてしまった。その瞬間、黒猫が不機嫌になっている様子が想像できた。
「あっ、いえ。そんなことではなくって。この仔、毎日見かけるので、どこの仔かな?と思っていたんです。なんだか導かれるように、着いてきてみたら、こちらにたどり着きました。」
「そうでしたか。」
なんでもないことなのに、ほっと安堵した。
「せっかく立ち寄っていただいたので、試飲いかがですか?普段は、こういう店で喫茶店を営業しているので、もしよければ、遊びに来てください。」
小さめな紙コップに、先ほど淹れたコーヒーを少し入れ、名刺サイズの🍀nanohana cafe🍀の案内カードを手渡した。
青年は、すぐにお店案内カードに目を移し、裏面の地図を見ていた。
「ありがとうございます。夜も営業してる日があるのですね。この近くにある、ミュージックバーに、たまに行っているので、その時に寄ってみます。」
「はい、ぜひ。お待ちしてます。音楽、お好きなんですか?」
「そうです。聴くのも好きですし、実際に弾いたりもしてます。趣味の範囲で、にはなりますけど。」
「本当ですか?聴いてみたいですねぇ。自分楽器弾けないので、聴かせてほしいです。あっ…そろそろ休憩終わる時間ですかね。」
人は、自分の知らないところで、行動のルーティンを知られていることを、あまり好ましく思わないであろう。少し言葉を濁そうとしたが、うまい言葉が見つからず、そのまま言葉にするしかなかった。
休憩が終わるということで、青年とは別れた。
青年が言っていたミュージックバーは、喫茶店の近くにあるような話しぶりだったが、私はどこにあるのか、知らない。あの場所を拠点にし始めてから、しばらく経つが、まだまだ分からないことだらけである。
ーあっ……何をしている人なのか、聞くの忘れた。
大事なものが抜け落ちることがある。
私の人生とは、だいたいがそのようなものだと思うことにした。

気づくと、新たな年が始まって、2週間が経過した頃。
新しい年を迎えたからと言って、何か大きな変化があるわけではない。日常は、これまでと変わらずに時を刻んでいく。
日常に追われると、ささいな出来事も、記憶の片隅へ流れてしまう。
青年との出逢いも、すっかりセピア色になりそうだった。

夜営業のために、お得意さんへ発注していた食材が届いた。
小型バイクに乗り込んだ、身長の小さな女性が、てきぱきと作業をしている。食材を受け取った後も、小型バイクにセットされたボックスの中には、食材が残っているように見えた。
「うちの他に、どこかへ寄るのかい?」
「あ、最近ありがたいことに、お得意さんが増えたんです~。二つ先の路地にあるバーに、チーズを届けなくてはならなくって。いつも、ありがとうございますっ。またよろしくお願いしますね~」
そう言って、女性は、会話を早々に切り上げて、バイクに乗り、去っていった。
ー 二つ先の路地に、バーがあるのか・・・。
夜営業では、アルコール類も提供している兼ね合いで、おつまみを準備する必要がある。
ランチよりも、いろいろな味を少量ずつ楽しむことが出来るようにしているのが、この店の特徴だ。
ゆっくりと準備をしていたら、ひとり目のお客さんがやってきて、その後ひとり、ふたりと店内に入ってくる。
あっという間に、店内には常連客5名が揃った形だ。
これだけ常連客のみんなが揃って来店されることは、なかなかに珍しい。
ー今夜は、ちょっとだけ忙しいみたいだな。
少しだけ覚悟を決めて、おもてなし業に取り掛かる。
テーブル席が埋まった頃、新たにひとりのお客さんがやってきた。ギターケースを肩に下げている。初めて来店される方だろう。
「いらっしゃいませ。空いている席へ、どうぞ。」
お水とおしぼりを持って、お客さんの後を追いかけていく。
この後ろ姿に、見覚えがあった。
ーあの日、キッチンカーから見送った後ろ姿。
「あっ。来てくださったんですね。しかも、楽器をご持参で。」
嬉しくなり、声をかけた。
「覚えていてくれて、ありがとうございます。年明け、ちょっとばたばたしていて、ようやく来られました。この後、ミュージックバーにも顔出そうと思っていたので、楽器と一緒です。一人前に持ち歩いているように見せて、自宅で好きに弾いている感じなので、大した曲は弾けないんですけどね。」
「お時間あったら、弾いていってくださいよ〜。ここに来るお客さん、そういうの好きなので。」
そう言う自分が、一番興味を持っていて、青年が弾くギターの音を聴いてみたいと思っている。
この青年も、まんざらではなさそうだ。
「何か、召し上がられますか?」
「はい、ぜひお願いします。軽く食べて、飲んでいきたいです。おすすめありますか?」
「それでは、クラフトビールと、本日のおすすめ晩酌セットはいかがでしょう?おつまみは、おまかせなのですが、もし苦手なものや、アレルギーなどありましたら、お知らせください。」
「あ、特にないので、おまかせで。」
「かしこまりました。少々お待ちください。」
忙しくなってくると、常連さんが自らドリンクを運んでくれたりする。
今日も、例外なく、提供する料理に気を取られ、ドリンクの注文に入る余裕がなかった。
最近になり、よく来てくれるようになった女性も、もともとの常連さんの動きにつられて、ドリンクの準備をしてくれている。
一応、私に確認をしてくれたから、青年に親切に届けてもらうよう、優しくお願いした。
ドリンクの提供は済んでいるようだが、女性は自分の席に戻っていないようだ。青年と女性がなにやら楽しそうに会話を続けている。
厨房に入っているため、会話内容を聞き入るわけにはいかないが、どうやら、音楽に関する話をしている様子だ。
ようやく晩酌セットの準備が整い、青年へ提供できる。
「大変お待たせいたしました。本日の晩酌セットです。今日は、5種類のおつまみをご用意しております。左から、アスパラガスのペペロンチーノ風。カプレーゼ。合鴨のロースト。コンビーフのポテトサラダ。サーモンのカルパッチョ。となります。この後のお時間も、どうぞお楽しみくださいね。」
メニューを伝える際、噛まずに言えたことで、なんだか誇らしく感じた。
厨房に戻り、青年の様子を見る。食事をしているところを初めて見た。次々に口へ運んでいる様子を見て、胸をなでおろした。
この店の空間になじんだ様子の青年は、常連客に囲まれていた。
ー音楽をやると、私も、モテるのだろうか。
人気者になりたい私は、いっそ、自分も音楽を始めてみようかと思った。それが、いかに安易な考えをしているのかと恥じる結果になることが想像でき、すぐに脳内で取り下げた。
「マスター!ちょっと、いいかな?」
パン職人の男性に呼ばれるがまま、急いで客席の方へと向かう。
そこには、ギターを持った青年と、店内にいた客全員が並んでいた。
青年がギターを奏で始めた。
ギターの優しい温かみのある音色と共に、常連客は、ひとりひとり小包を抱えている。
「今日は、みんなで、マスターのお祝いに来たんだよ。ほら。この間、誕生日だったんでしょう?」
確かに、よく聞くと、青年が奏でている曲は、誕生日を祝う日に流れてくる、アノ曲だ。
音楽が流れる中で、プレゼントを受け取った。
パン職人で、取引先でもある同年代の男性からは、私が自分時間を楽しむためのウィスキー。
いつも来てくれるパパさんとその息子さんからは、キッチンカー営業の日に寒くないようにするためのネックウォーマー。
急遽予定を空けて来店してくれたらしいママさんからは、私ではなく、黒猫に、遊び道具の猫じゃらし。
最近来てくれるようになった女性からは、お店に飾れるように、ミニブーケ。
涙が出そうになるほど、嬉しかった。
「なんか、すみません。こんなことがあるなんて、想像していなくって。ありがとうございます。」
この店の主人公は、お客さん一人ひとりだと思っていた。
私にスポットライトの光が当たる日が来るとは…。
お祝いのセレモニーが終わると、何事もなかったかのように、この店の日常に戻る。
あの一瞬は夢だったのか?と疑うが、目の前には、私のために選んでくれたプレゼントが並び、ギターの音色が余韻として残っていた。
「ここ、めっちゃいい場所ですね。来ている方も、のびのび楽しまれているというか…。まるで、自分の家にいるかのように、過ごされていますもんね。」
青年が、カウンターの先にいた私に声をかけてくれたことに気づき、店がまだ営業中だったことを思い出す。
「私自身も、楽しくやらさせてもらってます。でも、今日は、まさかこんなことがあるなんて、思いもしていませんでした。演奏、ステキな演出でした。ありがとうございます。」
「お料理も、お酒も、美味しかったです!自分も、まさか初めて立ち寄ったお店で、演奏することになるなんて思っていなかったですけどね。今日、楽器を持ってきておいて、良かったと思いました。まさかこんな日になるなんて。人生、何があるか分からないものですね。」
「本当に、生きていたら、いろんなことが起こりますから。それにしても、そのギター、とても味があるように見えます。私楽器に詳しくないのですが、音に深みがあるというか…」
沈黙の後、青年は静かに語り始めた。
「実は、このギター。父親の形見なんです。父親は、無類の音楽好きで、家では、常に何かの音楽が流れていました。父は、いろんなジャンルの曲を聴いていたみたいなんですけど、母がヘビーな音楽を好まなかったみたいで、割と穏やかな曲調のものを聴く機会が多かったですかね。その影響で、自分の人生に、音楽はなくてはならないものというか…。ただ、自分が演奏することはなかったんです。聴くもののイメージだったので。」
少しずつ、青年の声のトーンが沈んでいく。
この間を切り替えるかのように、お冷のグラスに入っていた氷が、カラリと音を立てた。
「でも、ある日、父が交通事故に遭って。病院に運ばれたのですが、そのまま…。家族みんな悲しみいっぱいで、途方に暮れていたんですが、このまま悲しんでいても、父が喜ばないな…と、思うようになりました。そんな時に、父の部屋を片付けていたら、このギターを見つけて。自分が小さい頃に、父がギターを弾いてくれていたことを思い出して、始めてみようかな、と。そこからなので、弾き始めてからまだ2年とかですし、完全に独学です。でも、このギターだけは、大切にしたいですし、弾き続けられるように、メンテナンスもしたいと思っています。前に話した、ここの近くにあるミュージックバーも、このギターが入っていたケースに店舗の名刺が入っていたから、行ってみたんです。きっと生前の父も行っていたんだろうなあ〜と想像しながら、通っています。」
ひとつのギターに、1人のひとの生きてきた証が詰まっていた。それこそが、感じた深みの正体なのだろう。
言葉の余韻として残っている、この感情は…。
散った後の桜の木を見て、桜の儚さに思いを馳せ、まだ桜を見ていたかった…と思う感覚と似ているような気もする。
青年の話を聴きながら、変わらない、当然のことなんて何一つないけれど、突然失われた時に、ようやく日常の大切さを知ることがある。
いかに、日常が、奇跡の連続であるかも思い知るのだ。
「当たり前のようにある日常は、実は当たり前のものではなくて。でも、それを知っている人こそ、いろいろなものをそぎ落として、大切なものに、それぞれの貴重な時間をかけることができるのでしょうね。突然お願いされて、即興で演奏できるあなたは、本当にすごい才能を持っています。」
「自分、そんな才能あるなんてことは、ないと思います。でも…今いただいたお言葉、ありがたく受け取ります。また来させてください。」
「一人ひとり、持っているもの、抱えてきたもの、乗り越えてきたものが異なりますし、全く同じ人生を歩んでいる存在はいません。せっかくなら、辛いことばかりではなく、楽しい道を選んで行きたいものですよね。」

青年は、この後ミュージックバーに行くそうだ。
黒猫も、いつの間にか近くに来ていて、一緒に見送るために店の外に出た。
路地裏には、街灯が少なめだから、夜空がより綺麗に見える。
空気はヒンヤリしているが、今夜だけは、身体の中からホカホカしていて、お見送りも長くできそうだ。
「彼には、これからも、音色を鳴らし続けてほしいよね。彼が奏でる音を聴きたい人はいるのだから。ねぇ?みーちゃんも、そう思うでしょう?」
…みゃあ?

静かで、澄んだ空気。
漆黒の空に輝く、無数の星たちが見える。
たくさんある中のひとつの星が、格段の輝きを放ち、歩いていく青年を見届けていた。
深みと儚さの間に
《了》
月1開店している🍀nanohanacafe🍀。
これまでの物語は、下記マガジンに収容しております。
noteの街に、こそっと生まれた不思議な喫茶店で起こるお話の集合体。ご入店の合言葉は、「 #なんのはなしですか 」です。
▼直近の物語は、こちら▼
*--*--* Special Thanks *--*--*
マスターのモデルは、いつものこの方。
お誕生日、おめでとうございました。
本日の特別ゲストは、この方。
慧さんから、第1回noteクリエイターフェスへの応援を受け取りました。
サポーター登録だけでなく、グッズもポチっていただいて!!
その節は、本当にありがとうございました。
RaMからのささやかなプレゼントとして、創作物語のひとりのキャラクターとして参加していただきました。
慧さんは、どことなく、RaMと感じ方が似ているような気がしています。
でも、推し活や趣味にかける熱量は、RaM以上で、その行動力には感服です。
今回、店主がちょっと気になる男性客として、キャラクター設定させていただきました。そして、しっかり演奏までしてもらっています。
この度は、応援くださり、本当にありがとうございました。
*--*--*--*--*--*--*--*--*
最後までお読みくださり、ありがとうございました。
こちらでは、温かいコーヒー☕を準備して、あなたのご来訪をお待ちしております。
またお会いできたら、うれしいです。
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