63曲目:3つのジムノペディ【音楽レビュー|見どころと考察】
こんにちは。今回は「精神科のおすすめするクラシック」としてよく名が上がるサティの名曲を聴いていきましょう。個人的にはマツ◯ンサンバIIとかゴール◯ンボンバーも聴く抗うつ剤だと思っているのですが、ジムノペディは頓服薬とは違い、常飲前提の抗うつ剤みたいなイメージ。もはやBGM?
概要:元ネタはギリシャの祭事?
エリック・アルフレッド・レスリ・サティ 作品番号なし
「3つのジムノペディ」(1888年)
ジュ・トゥ・ヴでも知られるサティは音楽界の変わり者。彼の楽曲には変わったタイトルがいくつも存在する。例を上げると「犬のためのぶよぶよした前奏曲」「壁掛けとしての前奏曲」、バレエ音楽「本日休演」など。……気になりすぎる。
そういえば、ジュ・トゥ・ヴの意味も「あなたが欲しい」だったものね。
・まさかのモチーフ
さて、この聞き馴染みのない「ジムノペディ」という単語は、別に音楽用語ではない。ジムノペディアという(辞書みたいな名前の)お祭りが由来である。古代ギリシャのスパルタにおいてアポロン神(太陽の神)やバッカス神(ワインの神)を讃えるために開かれるお祭りのようだ。詳しいことはわかないが、裸の青年がバカ騒ぎするらしい。
サティはジムノペディアの様子が描かれた壺を見てインスピレーションを受けたようだ。今回のサムネが壺(※ただし、モチーフはジムノペディアではない)なのはそういうわけ。
・オンフルールのお家にて
サティが生まれた街、オンフルール。ここには木造の風情ある町並みが保存されている。セーヌ川の加工にもほど近い沿岸部には、サティの生家(サティが12歳まで住んでた)が残されており、現在は資料館として開かれているようだ。ここに置かれた白いピアノが自動演奏で奏でているのがジムノペディである。
感想:だんだんと浮遊していく3段階
本項の小見出し、第◯番の後に書かれている文章は譜面にも載っている指示である。段々と苦痛の種類が変化していく様子を味わいながら聴いていくことにしよう。
・第1番:ゆっくりと苦しみをもって
3/4拍子、ニ長調(勝手に短調だと思ってた)
多分最も有名なジムノペディ。人工的な水面に雫が落とされていくかのように、非常に規則的な左手。ズンチャー……ズンチャー……と繰り返されていくこの音型は全体の8割以上に出現する。18小節目までの左手パートは2つを繰り返す形になる。

音楽が発展していくと左手の音程にも変化が出てくる。それでも音楽は非常にシンプルだ。余計な音は容赦なく削ぎ落とされ、あまねくすべての音が実直に聴衆の心の中に入り込んでくる。寂しげで空想的な音楽だが、低音によってうまいこと繋ぎ止められている。

この曲には脅かしポイントもないし、テンポも常に一定。だが、何も変わらないというわけでもない。21小節目2拍目からは実質ハ長調(第2楽章と同じ)になり、左手の和音にも重みが増す。ここでの印象は、一人で勝手に思索の沼にハマって狂っていく感じ。それでも一定のテンポは保たれ、研ぎ澄まされた感性がそこにむき出しになっている。
39小節目で一度区切りがつけられた後、40小節目からはもう一度最初と同じ音楽が出現する。A-B-A-B’ のように進行していくが、違いは最後だけ。何かが霧散していくような噛み切れない和音だが、楽譜を見ていくと第2楽章にシームレスに続く連結部的な意味合いも見えてくる。

どこか高尚で人を寄せ付けない第1番。弾き手の裁量次第でその音楽の温度感はいかようにも変幻していくが、やっぱり世間的には「怖い」という感情に襲われるらしい。
ので、ちょっとググってみた。

うーん、世知辛い……
でも、きっと第3番まで聴いてみれば印象が変わるかもしれない。まだこれはジムノペディの序盤に過ぎないのだから。
・第2番:ゆっくりと悲しさをこめて
3/4拍子、ハ長調
構成はあまり変わらないので省略。左手は相変わらずズンチャーを繰り返している。第1楽章と比較して異物感のない導入。よくある曲とは違い、楽章間に大きな変化はない。それを退屈と批判するのか、近代的と賛美するのかは人それぞれだと思う。
音は先程よりも高くなり、左手の和音は総じて高い音域にある。音楽も次第にシンプルなものとなり、リアルでも胸にズドンと響く振動は低減する。苦しみが肉体から離脱し、浮遊した魂が呆然と肉体を見下ろしているかのような分離感。痛みのない苦しみ、実感のない悲壮感。それはある意味幸せなのかもしれないが、ハッピーエンドではない。
・第3番:ゆっくりと厳粛に
3/4拍子、イ短調(てっきり長調だと思ってた)
明白に何かが変わった気がする。和音の中に潜む物悲しさは薄れ、柔らかい光が当てられたような救いが見られる。しかし、明らかな低音が出てきたことで、胸の奥にどっしりと乗っかった実感のある苦しみが再発した。単体で聴いてもやっぱり孤独感のある曲であるように感じる。
苦しみに押しつぶされそうな第1楽章とは異なり、そこには確かな苦しみと向き合う人間の強さも見いだせる。どこかしなやかで物悲しい、着実な生への自覚。身の丈にあった生き方を納得して受容していく心情の変化にも感じられた。
……まあ、ジムノペディアで騒ぐ男たちがそんなメランコリックなことを思うはずがないのだけれど(そういうユーモアの可能性も)。
どんちゃん騒ぎのジムノペディア。もう見ることのできない景色は壺の側面に組み込まれ、我々はそれを捉えることしかできない。その失われた熱気や祭りの後の寂しい感情に近しい思いを、この曲には感じる。
参考音源
ちょっと前にコメ欄で教えてもらったロシアのピアニスト、イリーナ・メジューエワ。筆者の知るジムノペディとはまた違う色彩が広がる。なんだか温かく、柔らかい。冬のペチカみたいな演奏だ。
今回参考にした音源。ジムノペディとグノシエンヌの全曲を演奏したもの。楽譜のシンプルさも込みで鑑賞するのもよし。三拍子の取り方に独特な揺らぎがあって面白かった。
おしまいに
昔、何かの少女向けアニメでこの曲が登場したのを思い出しました。お嬢様系の先輩がジムノペディを弾いてポトフを主人公にごちそうする……みたいなお話だったかなぁ。可愛いアニメの中で奏でられたあまりに異質な曲。少女ながらに「ええ……怖ぁ……」と怯えた記憶が残っています。
それでも年を取って人生の経験が増えるとともに、ジムノペディの良さがわかってきたような気がします。この音楽の嗜好性の変化はアダージェットの時もそうでした。年代ごとの好きな曲リストを作って比較するのも面白そうですね。
・参考文献
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