わたしいきてる〜第3話 ぴーちゃん意識不明重体〜検査結果
ぴーちゃんが検査から戻ってきてすぐ、私は診察室に呼ばれた。画面にはぴーちゃんのレントゲン写真が写っている。
「ひらりちゃん、頭の中、出血しています。
出血範囲が広いので、ここでは処置できません。今からドクターヘリで大学病院に運びます。亅
ぴーちゃんを小さい頃から診てくれている小児科の先生は、撮った写真を見せながら説明をしてくれた。
レントゲンに写し出されたぴーちゃんの脳は、その4~5分の1ほどが白い影で覆われていた。
しかし、その写真を見ても、医学に素人の私は、ぴーちゃんが今どれほど重篤で、どれほど緊急なのか、これから何をどう治療するのかはわからなかった。
ただ、急いで大学病院で処置しなければならないということだけは確かに理解できた。
午後4時にドクターヘリがヘリポートに到着するとのことだった。
私は家族に状況を報告して、荷物をスーツケースに入れて運んで来てくれるようにとお願いした。
小さいころから私の子どもたちも、妹の子どもも、体が弱く、月に1回の入院生活を強いられていた我が家にとって、入院準備は手慣れたものである。家族全員が入院に必要なものを熟知しているので、とてもありがたい。
『入院になったから荷物持ってきて!』
だけですべて通じる。
しかしながら、せっかく持ってきて来てもらった小型のスーツケースは、ドクターヘリには乗せられないということだった。
そのため、その入院セットのスーツケースは、家族に大学病院に車で運んで来てもらうことになった。
その病院にはヘリポートがなく、再度救急車に乗り込み、救急車でヘリポートへ向かうというので、救急車に同乗する小児科のドクターにバトンタッチされた。
偶然にもその同乗した小児科医が私の出身高校の先輩だったことが、私を少し安心させた。
「ご家族や親戚に脳の病気になった人はいますか?」
病院の診察室で聞かれたことと全く同じことを救急車の中でも聞かれた。
我が家には誰も脳の病気になった人はいないし、親戚にも思い当たる人はいない。
「うーん。いないと思います。」
私を気遣ってくれる話し方や彼女のやさしさが、私を逆に不安にさせる。私は共通の知り合いの話などをして、救急車の中の静かな空気をかき混ぜた。私は、緊急という状況の中で、変なテンションになりつつあった。
5分ほどして、救急車はヘリポートへ到着した。皮肉なことに、そのヘリポートがある場所は、1週間前にぴーちゃんとがっちゃんと一緒に来た花火大会の会場だった。
1週間で、自分達の状況によって同じ場所がこんなにも変わるのだなと屁理屈ぶって、私の脳は現実逃避し始めた。
4話へ続く
